延命より「満足」を選ぶ勇気──抗がん剤をやめて歩き出した患者が取り戻したもの

「チューブに繋がれて、ただ生かされるだけの最期だけは嫌だ」

そう思ったことは、ありませんか。

病院のベッドに縛り付けられ、鼻や腕にチューブを差し込まれ、会話もままならないまま意識が遠のいていく……。日本では今、この光景が決して他人事ではなくなっています。

健康寿命と平均寿命の差は、女性で約11.6年、男性で約8.5年。つまり、人生の最後の約10年間は「不健康な状態」で過ごす可能性が高いのが現実です。

では、その10年間をどう生きるか。そして、どう死ぬか。

在宅緩和ケア医の萬田緑平氏が2025年11月に上梓した『棺桶まで歩こう』は、その問いに対して「延命より満足、治療より尊厳」という力強い答えを提示する一冊です。本書は刊行からわずか2ヶ月で8万部を突破し、医療関係者から一般読者まで広く読まれています。

この記事では、本書が伝えるポイントのなかでも特に重要な「超延命治療の放棄と自己決定によるQOLの最大化」に焦点を当てて、その内容を深く掘り下げます。「延命治療をやめる」という選択が、なぜ患者にとってより良い結果をもたらすのか。その驚くべき事実と、実践への道筋をお伝えします。

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1. 「生かされる苦痛」という現実──日本の終末期医療が抱える矛盾

まず、日本の終末期医療の現状から見ていきましょう。

日本は世界屈指の長寿国です。しかし、その長寿の陰には大きな矛盾が潜んでいます。

多くの高齢者が人生の最終章を、病院という管理された環境のなかで過ごしています。胃ろうや点滴、人工呼吸器といった装置に繋がれながら、患者本人が「もう十分だ」と思っていても、医療の力で「生かされ続ける」のです。

著者の萬田氏は、かつてその最前線にいた医師です。群馬大学医学部を卒業後、大学病院の外科医として手術・抗がん剤治療・胃ろう造設に従事してきました。しかし、体力の限界を超えてまで延命を図る現実に深い疑問を感じ、2008年に在宅緩和ケア医へと転身。以来、2000人以上の終末期患者を自宅で看取ってきました。

その経験から著者が語ることは、とても重くて、そして明快です。

「病院での超延命治療は、患者にとって最大の苦痛をもたらす」

延命治療の目的は「生存率を高めること」です。それ自体は否定できない医療の使命でしょう。しかし、その代償として患者が失うもの──日々の満足感、自分らしい時間、人間としての尊厳──は、あまりにも大きいと著者は訴えます。

2. 抗がん剤をやめた患者が「活力を取り戻した」衝撃の事実

本書で最も読者の心を揺さぶるのが、抗がん剤治療の中止に関する記述です。

一般的に、がん治療といえば抗がん剤を続けることが「当たり前」とされています。しかし著者は、臨床現場での豊富な経験から、こう指摘します。

抗がん剤の副作用によって体幹や体力が奪われ、歩行困難に陥るケースが多々ある。そして、治療をやめ歩いた結果、活力を取り戻した患者が存在する、と。

これは決して「治療を否定する」話ではありません。では、何が起きているのでしょうか。

がんに対する近代医学のアプローチは「がん細胞を叩くこと」に特化しています。これは確かに病巣を小さくする可能性があります。しかし同時に、抗がん剤の毒性は正常な細胞も傷つけ、患者全体の生命力を削っていきます。体は疲弊し、食欲は失われ、動く気力もなくなっていく。

つまり、「がん細胞を攻撃する」ことと「患者が満足して生きられる」ことが、必ずしも一致しない場合があるのです。

著者が提唱するのは、患者の全体的な生命力と日々の満足度を重視する緩和ケア的なアプローチです。病院という「アウェイ」な環境から、住み慣れた「ホーム」である自宅へ戻り、好きなものを食べ、好きなお酒やタバコを楽しみながら生き切ること。その結果として、免疫力が高まり、予後が改善する可能性すら示唆されています。

「治療をやめる=あきらめる」ではありません。苦しむ治療をやめることは、自分らしく生きることを選ぶということです。この言葉の意味を、ぜひ時間をかけて噛み締めてほしいと思います。

3. 「延命より満足」を選ぶためには何が必要か

では、「延命より満足」という選択を実現するためには、何が必要なのでしょうか。

著者はその答えとして「自己決定」の重要性を繰り返し強調します。

自己決定とは、自分の最期をどう過ごしたいかを、自分の意志で決めることです。具体的には、事前指示書(リビングウィル)に「胃ろうはしない」「心臓マッサージは不要」と書き残すことが、その第一歩になります。

しかし、ここで著者は非常に重要なことを指摘しています。

事前指示書に明確な意思を書き残していても、いざ呼吸困難や意識レベルの低下が始まると、家族が救急車を呼んでしまうことがある、と。「1分でも長く生きてほしい」「見殺しにできない」という家族の感情は、本人の意思を覆してしまう力を持っているのです。

著者はこれを「穏やかな死を阻む最大の要因は、家族である」と断言しています。

これは家族への批判ではありません。愛情の深さゆえに生まれる、人間的な葛藤です。だからこそ、元気なうちから家族と終末期の意思決定について話し合っておくことが不可欠なのです。

家族がすべきことは、延命を強要することではなく、「がんばってるね」「ありがとう」と本人の人生を肯定する言葉をかけ、精神的な支えとなることだと著者は説きます。

4. QOLを最大化する「自分らしい生き方」の設計図

「延命より満足」という選択をするとき、具体的にどんな生き方が考えられるのでしょうか。

本書の事例から読み取れるのは、「自宅で、好きなものを食べながら、動ける限り動く」という姿です。

医療の管理下を離れた患者が自宅に戻ると、食欲が戻ることがあります。好きなものを食べられる喜びが生まれます。気の置けない家族や友人と言葉を交わし、庭の花を眺め、テレビを楽しむ。こうした「ささやかな満足」の積み重ねが、人の生命力を支えるのだと著者は言います。

QOL(生活の質)という概念は、医療の世界でよく使われる言葉です。しかし往々にして「痛みがないか」「食事が取れるか」といった身体的な指標で測られがちです。著者が本書で訴えるQOLは、もっと根源的なものです。

「今日、自分が満足できたか」

この一点こそが、最期まで人間が人間らしくある証だと、著者は2000人以上の看取りを経て確信しています。

抗がん剤の副作用で吐き気に苦しみながら病院のベッドに横たわることと、副作用から解放されて自宅で好きなものを食べながら家族と笑うこと。どちらがより「満足できる時間」かは、患者本人が一番よく知っているはずです。

自分らしい時間を選ぶことが、最高のQOLを生む。 本書はその当然の事実を、圧倒的な現場経験で裏付けます。

5. この本が投げかける問い──「あなたは、どう生き切りますか」

ここまで読んでくださったあなたに、改めて問いかけたいことがあります。

「延命より満足を選ぶ」というメッセージは、終末期を迎えた高齢者だけに向けられたものではありません。

東畑開人氏(臨床心理士・ベストセラー作家)は、本書を「極めて哲学的な本」と評し、「若いうちから死について考えることの必要性」を萬田氏との対談で議論しました。

死について考えることは、逆説的に、今をどう生きるかを考えることです。

「もし自分が末期がんになったら、どんな治療を選ぶか」「どこで、誰と、何を食べながら最期を迎えたいか」。こうした問いを40代・50代のうちから自分の中で温めておくことが、いざというときの自己決定を可能にします。

そして、その問いは家族との会話を生みます。「お父さん、もし倒れたら……」という話が、普段はしにくいかもしれません。でも本書を一冊、家族と一緒に読むことで、その会話のきっかけになるかもしれません。

延命より満足を選ぶ勇気は、今日の家族との会話から育まれます。

6. 萬田緑平という医師が、なぜ信頼できるのか

本書の主張は、場合によっては過激に聞こえるかもしれません。「抗がん剤をやめろ」「延命治療は苦痛だ」というメッセージは、従来の医療の常識とぶつかる部分があるからです。

しかし著者・萬田緑平氏は、最初から「治療に反対」だったわけではありません。

大学病院の外科医として長年、手術・抗がん剤・胃ろう造設という最前線の延命治療に携わってきた経験があります。その「中」にいた人間だからこそ、見えてきた矛盾がある。体力の限界を超えた患者が苦しむ様子を、何百件・何千件と目の当たりにした末に出た結論が、在宅緩和ケアへの転身であり、本書のメッセージです。

2000人以上の看取りという圧倒的な実績。延命治療の現場を知る外科医としての視点。そして自宅での穏やかな最期を支え続けてきた在宅医としての哲学。この三つが重なってこそ、本書の言葉には揺るぎない説得力があります。

産経新聞・京都新聞・週刊ポストなど多数のメディアが「尊厳ある最期について考えるための良書」として取り上げたのも、そうした背景があるからでしょう。

7. 読んでほしい方へ──本書が照らす光

最後に、本書が特に響くと思われる方を挙げてみます。

親の介護や看取りを経験した方、または近い将来にその場面が訪れそうだと感じている方に、ぜひ手に取ってほしい一冊です。「あのとき、救急車を呼ばなければよかった」という後悔を抱える方にも、本書は「あなたの選択は間違っていなかった」と語りかけるかもしれません。

また、自分自身の最期について真剣に考え始めた方にも。「ピンピンコロリ」という言葉を知っていても、それを実現するための具体的な思考の枠組みを持てていない方は多いでしょう。本書はその手がかりを与えてくれます。

そして、医療や福祉に携わる専門家の方にとっても、患者・利用者の「自己決定」をどう支えるかを考えるうえで、大きな示唆を持つ一冊です。

「延命より満足、治療より尊厳」。このシンプルな言葉に、どれほど深い意味が込められているか。ぜひ本書を通じて確かめてみてください。きっと、死に対する見方が、そして今日の生き方が、少し変わると思います。

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