あなたは、部下からの報告をどこまで信じていますか。
「今期の遅延は、クライアントの要件変更が原因です」「チームのパフォーマンスが低いのは、採用人数が足りないからです」。こうした報告を受け取るたびに、「そうか、それは仕方がない」と受け入れてしまうことはないでしょうか。
じつは、この「受け入れ」こそが、管理職として最も危険な習慣の一つです。
世界最大のコングロマリットを14年半、58四半期連続で増益させ続けたハロルド・ジェニーンは、『プロフェッショナルマネジャー』の中でこう断言しています。「マネジメントにおける最高の芸術とは、膨大な情報の山の中から、揺るがすことのできない本当の事実を嗅ぎ分ける能力だ」と。この一言が、部下とのコミュニケーションに悩むあなたの見方を、大きく変えるかもしれません。
情報は組織の階層を通るたびに「歪む」
IT企業のプロジェクト現場では、情報は常に下から上へと流れていきます。担当者が状況を把握し、チームリーダーがそれをまとめ、あなたに報告する。さらにその報告が部長や役員へと上がっていく。
一見、合理的な仕組みに見えます。しかしジェニーンは、この情報の流れに根本的な問題があることを鋭く指摘します。
組織の階層を上がるほど、事実は変容する。
なぜなら、情報を伝える人間には必ず「感情」があるからです。悪い報告をするときは自分への批判を最小化したい。上司が気にしそうなことは強調して、都合の悪いことは薄めて伝えたい。こうした人間的な本能が、無意識のうちに情報を歪めていきます。自己保身、希望的観測、部署間の政治的な駆け引き――これらがフィルターとなり、あなたの手元に届く情報はすでに「加工された事実」になっているのです。
ITTのような世界57カ国に事業を抱える巨大組織において、ジェニーンが最も恐れたのもこの問題でした。情報が何十もの階層を通過する間に少しずつ変質し、経営トップが「見せかけの事実」に基づいて意思決定してしまう危険性です。
「見せかけの事実」と「本当の事実」の違い
ジェニーンは情報を二種類に分けて考えていました。「見せかけの事実」と「本当の事実」です。
見せかけの事実とは、一見もっともらしく聞こえるが、よく掘り下げると前提や根拠が揺らいでしまうものです。「市場全体が縮小しているから売上が落ちた」という報告がその典型です。これは事実のように聞こえますが、実際には意見です。「では競合他社も同様に落ちているのか」「自社の商品力に問題はないのか」「そもそもその市場縮小のデータの出所はどこか」と問い返せば、途端にその根拠が揺らぎ始めます。
本当の事実とは、どこから突いても動じない情報のことだ。
たとえば「先月の失注件数は23件で、うち18件は価格競争によるものだ。競合A社の見積もりは平均で自社より15%安い」という情報であれば、数字に根拠があり、複数の視点から検証できます。これが、ジェニーンの言う「本当の事実」に近い情報です。
管理職として求められるのは、部下から上がってきた報告を受け取った瞬間に、それが「見せかけの事実」なのか「本当の事実」なのかを感知するアンテナを持つことです。
問い詰める「執念」が、事業の真実を引き出す
では、本当の事実を引き出すためには何が必要か。ジェニーンが実践し、部下たちに求め続けたのは、知的好奇心と執念を持って問い続けることでした。
ジェニーンが毎月開いた経営会議は、「ジェニーン大学」とも呼ばれるほど緊張感のある場でした。100名以上の幹部が集まる中で、業績が振るわない事業部のリーダーは矢継ぎ早に問い詰められます。「その数字の根拠は何か」「誰が、どのデータをもとに弾き出したのか」「専門家はそう言っているが、その専門家の判断の根拠は何か」――一つ答えると次の問いが飛んでくる。
専門家の言葉でさえ、そのまま受け取ってはならない。
これは意地悪ではありません。問い詰めることで初めて見えてくるものがあるからです。たとえばあなたが「今月のバグ件数が増加しているのはテスト工程が不足しているためです」という報告を受けたとする。そこで一歩踏み込んで「では、テスト工程にかけられる時間が減った原因は何か」「開発初期の要件定義に問題はなかったか」「同じチームで前回のプロジェクトはどうだったか」と問い続けることで、根本にある問題が初めて姿を現します。問いをやめた瞬間に、思考は「見せかけの事実」の手前で止まってしまうのです。
「受け入れる上司」より「問い続ける上司」が信頼される
昇進したばかりのころ、多くの管理職は「部下を信頼する上司」を目指します。部下の報告をすんなり受け入れ、「わかった、任せるよ」と言える上司が理想的に見えるからです。
しかしジェニーンの哲学は、それとは真逆のことを示しています。本当に部下を大切にする上司とは、部下の報告に対して「なぜ?」「どのように?」と問い続け、本当の問題を一緒に掘り起こせる存在です。
部下の立場から考えると、実はこれが一番ありがたい上司です。自分が見逃していた問題を一緒に発見してくれる。都合の悪い事実から目を逸らさず、真の原因に向き合わせてくれる。こういう上司のもとでこそ、部下は本当の意味で成長できます。
問う上司が、部下の思考力を育てる。
ジェニーンは「信頼は、いい人であることからは生まれない。人格と有能さから生まれる」と述べています。部下に好かれようとして報告をそのまま受け入れるのではなく、真実を追いかける姿勢を見せることが、長期的な信頼の基盤になるのです。
明日から使える「本当の事実」確認の問い
ジェニーンの哲学を日常の管理業務に取り入れるために、具体的な問いかけのパターンを持つことが有効です。
部下から「○○が原因です」という報告を受けたとき、次の三つの問いをセットで使ってみてください。まず「その判断の根拠となるデータはどこから来ているか」。次に「その解釈と逆のことが起きているケースはないか」。そして「もし原因がそれでないとしたら、他に何が考えられるか」という問いです。
三つの問いが、見えていなかった事実を引き出す。
この問いかけは、部下を責めるものではありません。一緒に真実を探しにいく協力の姿勢として機能します。最初は戸惑う部下もいるかもしれませんが、繰り返すうちに部下自身が「報告する前に根拠を固めよう」と考えるようになります。これがチーム全体の思考レベルを引き上げる効果を生みます。
数字を常に多面的に見る習慣、専門家の言葉も一次情報に戻って確認する姿勢、そして問いをやめない執念。これらは一朝一夕に身につくものではありませんが、日々の報告を受ける場面で意識するだけで、少しずつ鍛えられていきます。
『プロフェッショナルマネジャー』は、情報の海の中で判断を下さなければならないすべての管理職にとって、実践的な羅針盤となる一冊です。40年前に書かれたにもかかわらず、ITプロジェクトの現場でも、日々の部下マネジメントでも、ここに書かれた原則が驚くほどそのまま通用します。「本当の事実を掴む執念」を持つ管理職と、そうでない管理職では、3年後の組織の質がまるで違ってくるはずです。ぜひ手に取ってみてください。

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