「悪人が死んで、なぜか後ろめたい」──M.W. クレイヴン/ボタニストの殺人上/法と正義のジレンマ

部下がミスを繰り返すとき、「なぜこの人は叱られても変わらないのだろう」と思ったことはないでしょうか。あるいは、ニュースでひどい言動が報じられた人物を見て、「罰せられて当然だ」という気持ちが湧いたことは。誰もが心の奥に持っている「正義感」と、組織のルールや法の原則の間で、私たちはしばしば小さな葛藤を抱えます。

M.W. クレイヴン著『ボタニストの殺人 上』は、その葛藤を極限まで拡大してみせます。本書の連続殺人犯「ボタニスト」は、単なる悪役ではありません。読者をある倫理的な罠に引き込む、非常に巧みに設計されたキャラクターです。読み終えたあと、「自分はいま何を感じたのか」と問い直したくなる、そんな読後感を持つ一冊です。

Amazon.co.jp: ボタニストの殺人 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫) : M・W・クレイヴン, 東野 さやか: 本
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標的はすべて「嫌われた人」たち

ボタニストと呼ばれる暗殺者は、押し花と詩を添えた犯行予告を送りつけたあと、その予告通りに標的を毒殺していきます。衝撃的なのは、誰が狙われるかです。

テレビの生放送中に討論番組の出演者が突然倒れ、そのまま息を引き取る。その人物は、公共の場で差別的な発言を繰り返していた、社会から強い嫌悪を集める人物でした。続く標的も、汚職が取り沙汰される政治家、悪質な陰謀論を拡散し続けるインフルエンサーなど、いずれも「こういう人は一度痛い目を見ればいい」と思われがちな顔ぶれです。

現代のインターネット社会で「キャンセル」の対象になるような人物が、文字通り命ごと「キャンセル」されていく。著者はこのシナリオを、意図的に設定しています。

「共感してしまう自分」という不快感

ここで本書の巧みさが現れます。最初の被害者が生放送で倒れる場面を読んで、多くの読者がある種の後ろめたさを感じます。なぜなら「ざまあみろ」という気持ちが、無意識のうちに湧いてしまうからです。

普段は冷静で論理的な判断を心がけている管理職の方でも、この感覚はおそらく避けられません。人は感情の生き物であり、自分が嫌いなものへの反発は本能に近いものがあります。だからこそ著者は、被害者を「誰もが嫌悪できる人物」に設定したのです。

これは「歪んだ正義感に基づくカタルシス」と呼べる現象です。ボタニストの行動に、完全には否定できない気持ちを覚えてしまう。その感覚そのものが、本書が仕掛けた倫理的な罠です。

「悪人を守れ」という命令の苦しさ

しかし物語はそこで終わりません。主人公ワシントン・ポーを含む捜査チームは、このボタニストを逮捕するために全力を尽くさなければならない立場にいます。被害者がどれほど社会から嫌われた人物であっても、法執行機関は殺人犯を野放しにするわけにはいかないのです。

ここに本書が突きつける問いがあります。「裁かれるべき悪人」を殺した暗殺者を、なぜ警察が命がけで追い詰めなければならないのか。その答えは一見明らかに見えますが、読み進めるうちに単純ではなくなってきます。

職場に置き換えれば、こういう局面に近いかもしれません。「明らかに問題のある行動をした人物」に対して、組織のルールや手続きに従って対処しなければならない。感情的には「もう放っておけばいい」と思いたくなっても、管理職としての立場がそれを許さない。そのジレンマは、本書のポーが直面するものと構造的に似ています。

私刑(じけい)がなぜ危険なのか

ボタニストの行動は、「ビジランティズム」と呼ばれる私刑の考え方に基づいています。法や制度を通さず、個人の判断で罰を下すという発想です。

一見すると、腐敗した政治家や差別主義者を処罰する行為は痛快に見えます。しかし著者は、その先にある問題を丁寧に描きます。誰がその「悪人」を定義するのか。ボタニストにとって標的は「罰せられるべき存在」ですが、その判断基準は誰にも検証されていません。

組織のマネジメントでも、同じ危険があります。「こいつは問題がある」という個人的な確信だけで動けば、それはただの独断です。手続きを踏み、証拠を確認し、複数の視点で検討する。面倒でも、それが組織の信頼を守る唯一の道です。本書はミステリの形を借りながら、このことを静かに問いかけています。

「悪者」ほどリアルに描かれる皮肉

本書のもう一つの読みどころは、被害者たちが単なる「悪役の記号」として描かれていない点です。女性差別主義者も汚職政治家も、それぞれに固有の事情と歴史を持ち、複雑な人間として存在しています。だからこそ、読者は彼らへの嫌悪感と、殺されたことへの違和感の間で揺れ続けます。

人を「わかりやすい悪者」に単純化することの危うさ。それはSNS時代の炎上案件を眺めているときにも感じる、普遍的なテーマです。「あの発言はひどい」「あの人物は問題だ」という判断は、どこまで確かなのか。本書を読み進めるうちに、その問いは静かに大きくなっていきます。

「共感の倫理」を問う一冊

本書の連続毒殺事件は、単に誰が犯人かというミステリではありません。読者自身の「どこまで共感できるか」という感覚を試す、倫理的な実験装置です。

法と感情のどちらを優先するか。組織のルールと個人の正義感が対立したとき、どう振る舞うか。こうした問いは、部下の問題行動への対処や、会議での意思決定など、管理職の日常にも深く関わっています。ミステリを読みながら、自分の価値観を静かに点検できる一冊です。物語の面白さと思考の深さを同時に味わいたい方に、ぜひ手に取っていただきたいと思います。

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NR書評猫1260 M.W. クレイヴン ボタニストの殺人上

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