昇進したばかりのころ、「ミスは許されない」という緊張感が一日中頭を離れなかった、という方は多いのではないでしょうか。部下の前では常に正解を持っていなければならない、判断を間違えてはいけない、と自分を追い込むうちに、いつしか仕事以外の自分が薄くなっていく。そんな感覚を覚えたことはありませんか。中間管理職という立場は、上からも下からも「完璧であること」を求められているように感じさせます。
プレゼンで一度失敗すると、次の発言が怖くなる。会議で的外れな発言をした記憶が、何日も頭に引っかかる。そういった経験を重ねると、「慎重に、完璧に」という姿勢がより強くなっていきます。けれどその慎重さが行き過ぎると、発言そのものを避けるようになり、結果として存在感が薄れていくという逆効果を招きます。
家庭でも同じことが起きているかもしれません。「父親として、夫として、ちゃんとしていなければ」という思いが強すぎて、弱音を吐けない。家族の前でも「完璧な自分」を演じ続けた結果、本音で話せる場所がどこにもなくなっていた、というのはよくある話です。今回ご紹介するジェシー・ゴールドの『医療者たちの燃え尽き症候群』は、そんな完全主義の罠と、それが人間のアイデンティティをいかに蝕むかを鋭く描き出しています。
「高い基準」はいつから「呪い」に変わるのか
向上心を持つことは、悪いことではありません。高い基準を持ち、常に質の高い仕事を目指すことは、むしろ評価されるべき資質です。ゴールドはこれを「適応的完全主義」と呼びます。失敗しても立て直せる柔軟性があり、高い基準が成長の原動力になっている状態です。
しかし、ある境界を越えると、完全主義は別の顔を見せ始めます。「不適応的完全主義」と呼ばれる状態では、ミスが単なる失敗ではなく「自己価値の完全な喪失」と結びつきます。失敗そのものより、失敗した自分が存在することへの強烈な恐怖が前面に出てくるのです。
この二つの完全主義は、外から見ると区別がつきにくいのが厄介です。どちらも「頑張っている人」に映ります。ところが内側では、前者が前向きな動力として機能しているのに対し、後者は自分を罰するための鞭に変わっています。その転落は、ある日突然訪れるのではなく、じわじわと、気づかぬうちに進んでいます。
「医師を続けること」が自分の存在証明になった研修医
本書に登場する30代の研修医は、強迫性障害(OCD)を抱えながら診察を続けています。頭の中には侵入思考が繰り返し押し寄せ、強迫的な行為を繰り返さなければ次の行動に移れない。心身は限界を超えていました。
ゴールドは彼に、一度現場を離れて治療に専念することを勧めます。しかし彼は、頑として首を縦に振りませんでした。
なぜか。休職することは、同僚や指導医から「弱い人間」「医療者として失格」という烙印を押されることを意味する。そしてそれは、病気そのものよりも恐ろしいことだと彼は信じていたのです。
医師であることが、すでに彼のアイデンティティそのものになっていた。
医師として機能できない自分は、人間としても価値がない。そこまで追い詰められていたのです。
「仕事=自分の価値」という方程式が人を壊す
医療従事者は、医学部への入学準備を始める十代のころから、すべてのエネルギーをひとつの目標に注ぎ込みます。遊びを犠牲にし、友人関係を後回しにし、「医師になること」だけを自分の中心に据えて生きてきた。
そうして手に入れた職業は、単なる仕事ではなくなります。努力の総決算であり、自己証明であり、存在意義そのものです。本書に登場する医科大学進学を目指す学生は、入学試験の最中にパニック発作を起こします。これは試験の難しさに圧倒されたのではありません。「この試験に失敗したら、自分には何も残らない」という恐怖が引き金を引いたのです。
ビジネスパーソンとて、同じ構造に陥ることがあります。長年かけて積み上げたキャリア、管理職という肩書き、チームへの責任。それらが「自分の価値の根拠」になりすぎると、少しのミスが人格への攻撃に感じられるようになります。部下の前で正解を持てなかった日に、ひどく落ち込む。それは仕事の悩みではなく、自己価値の崩壊感なのかもしれません。
限界でも「大丈夫」と言い続けることのコスト
ゴールドは本書の中で「プレゼンティーズム」という概念を紹介しています。欠勤の対義語として使われるこの言葉は、体や心に不調を抱えながらも出勤し、著しくパフォーマンスが下がった状態で働き続けることを指します。
不適応的完全主義に陥った人は、休むことができません。休む=負けることであり、自分の価値が消えることだと感じているからです。「大丈夫です」「問題ありません」という言葉の裏に、ギリギリの状態が隠されています。
管理職として気をつけていただきたいのは、このプレゼンティーズムは部下にも起きているという点です。「最近元気がないな」と思いながら放置していると、ある日突然、深刻な状態で相談を受ける羽目になります。完全主義が強い職場文化は、チーム全体にこの罠を広げていくのです。
休めない文化が、じわじわとチームを蝕んでいるかもしれません。
完全主義の罠から抜け出すために必要な問い
では、どうすれば不適応的完全主義の罠から抜け出せるのでしょうか。ゴールドが提示するのは、まず「自分のアイデンティティを職業以外の場所にも置くこと」です。
医師としてだけでなく、父として、友人として、趣味を持つ人間として、自分を定義する軸をいくつか持っておくこと。これは逃げではなく、精神的な安全網をつくることです。仕事でミスをしても、それはアイデンティティ全体の崩壊ではなく、複数の自分の一面がつまずいただけだと捉えられるようになる。
管理職として部下と向き合うとき、この視点は大きな意味を持ちます。「この仕事で結果を出す自分だけが自分ではない」と思えている上司は、失敗に対して柔軟に対処できます。そして、その姿勢がチームにとっての安心感になります。失敗を認め、軌道修正できる上司のもとで、部下は挑戦することを恐れなくなるのです。
「完璧な自分」より「正直な自分」が信頼をつくる
本書がもっとも印象的に伝えているのは、脆弱さを見せることへの勇気です。ゴールド自身も、精神科医として燃え尽きを経験し、セラピーを受けることに葛藤を感じたと告白しています。「ケアする側がケアされるのか」という自己否定感に苦しんだのです。
それでも彼女は向き合うことを選んだ。その経験があるからこそ、患者たちの苦しみに深く寄り添えるようになった、と本書は語ります。
部下との信頼関係も、同じ原理で動いています。完璧な判断をし続ける上司より、悩んでいることを正直に打ち明けられる上司の方が、長期的に深い信頼を得ます。「私もこれは難しいと思っている。みんなで考えよう」と言える管理職は、チームを孤立させません。
完璧でなければ価値がない、という方程式は、誰かが教えたわけでもなく、いつの間にか自分の中でつくり上げてしまったものです。その方程式を書き換える最初の一歩を、この本は手伝ってくれるはずです。

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