「うちのチームに導入した監視ツール、本当に必要だったのだろうか」。そんな問いが頭をよぎったことはないでしょうか。在宅勤務が広がって以来、部下の作業ログを取得するソフトウェア、入退室の記録、画面キャプチャのシステムが職場に増え続けています。管理する側の自分も、導入時に少しだけ後ろめたさを感じた――あの感覚の正体は、いったい何だったのでしょうか。
アントニー・ロウエンスタインの『パレスチナ実験場』は、その問いの根っこへと一気に連れていってくれる一冊です。著者はオーストラリア出身の調査ジャーナリストで、パレスチナ、インド、メキシコ、フィリピンなど世界各地の取材を経て、現代の監視テクノロジーがどのようにして市場に出てくるのかを克明に記録しました。本書が問題にするのは、単なる中東の紛争史ではありません。私たちの職場やスマートフォンに入り込んでいるテクノロジーが、どこで、誰を対象に、どのようにして「実験」されたかという、ひどく身近な話です。
IT企業の中間管理職として、新しいツールの導入提案を受け、部下に説明し、会社に稟議を上げる立場にある方は、本書のある章で必ず手が止まると思います。「製品の信頼性の証明に、本当にそのコストが払われていたとしたら」――読後にそう感じたとき、部下との信頼関係や家族との対話を見直す、思わぬ視点が生まれてくるのです。
「実験場」という言葉が意味する、経済の論理
本書のタイトルにある「実験場」という言葉は、比喩ではありません。著者が丹念な取材を通じて明らかにするのは、パレスチナの占領地が文字通り、兵器・監視システムの研究開発施設として機能してきたという事実です。
軍の検問所、分離壁に沿った巡回ルート、住宅密集地における捜索作戦――これらすべてが、民間テクノロジー企業にとっての「フィールドテスト環境」として使われてきました。開発室の中でシミュレーションするのではなく、実際の人間に対して使うことで初めて得られるデータ、そのデータが製品の商品価値に直結するという構造です。
重要なのは、ここに「悪意ある個人」がいるわけではないという点です。企業は利益を追求し、軍は安全保障の名のもとに予算を確保し、政府は産業振興の観点から輸出を後押しする。それぞれが「合理的に」行動した結果として、占領が一つの産業システムとして成熟してしまった――著者はこの構造を「占領の軍事産業化」と呼びます。個人の悪意より、システムの論理のほうがずっと根深い問題を生む。この指摘は、組織で働く人間には他人事ではありません。
顔認証システム「ブルーウルフ」が示すもの
本書の中でも特に衝撃的な具体例として取り上げられているのが、パレスチナのヘブロンに導入された顔認証システムです。
軍の検問所を通過する住民の顔が、本人の同意なく無差別にスキャンされ、巨大な軍事データベースと照合されます。このシステムによって、誰がどこを通過したか、いつ、何回、誰と一緒にいたかが記録されていきます。移動の自由は事実上、データベースへの登録状況に依存することになります。
テクノロジーの仕組みだけを見れば、空港のセキュリティゲートや、企業の入退室管理に使われているものと、基本的な原理は変わりません。違いは「誰が対象で、誰が管理するか」という権力の非対称性にあります。同意のない人々の生活空間でデータを収集し、それを製品の「実績」として世界市場に売り出す――この流れが一つのビジネスモデルとして確立されている、と著者は指摘します。
管理職として部下に何らかの記録ツールを導入するとき、自分が「管理する側」にいることの意味を改めて問い直す契機が、この章にはあります。信頼を基盤にした関係と、監視を基盤にした管理は、表面上は似ていても、本質的には異なるものです。
「実戦証明済み」という売り文句の裏側
本書が告発する最も不気味な事実の一つが、イスラエル製の軍事・監視製品が国際市場で「バトル・テステッド(実戦証明済み)」というキャッチコピーとともに販売されているという点です。
フィールドテストを経た信頼性、というのは製品の訴求力として確かに機能します。問題は、そのフィールドが誰かの生活空間であり、テスト対象が合意を持たない人々だったという事実です。製品カタログには載らない、コストの外部化がここにあります。
ビジネスの文脈で言えば、これはある種のコスト転嫁です。開発・検証のコストを、最も抵抗力の低い集団に引き受けさせることで、製品の競争力を高める。プレゼンテーションの場で「実績があります」と一言言えるようにするために、見えないところで何が起きているか――IT製品の調達・導入に関わる立場の人間として、サプライチェーンの上流に何があるかを意識する習慣は、本書を読んで初めて芽生えるかもしれません。
組織の論理が個人の判断を上書きする構造
著者が丹念に描くのは、悪人の不正行為ではなく、善意の専門家たちが「組織の論理」に従って動いた結果として、巨大な抑圧システムが維持されているという構造です。
エンジニアは技術的な課題を解くことに集中し、営業は市場拡大を目指し、管理職は部門のKPIを達成しようとする。その一つ一つは、どこかの組織で毎日起きていることです。システム全体を俯瞰する視点がなければ、自分がどんな構造の一部になっているかに気づけない。本書が中間管理職にとって特に示唆深いのは、この点にあります。
部下に指示を出すとき、会議で提案を通そうとするとき、私たちは「組織の論理」と「個人の判断」のはざまに常に立っています。部下から信頼を得るために必要なのは、組織の指示を正確に伝える能力だけでなく、自分が何のためにその指示を伝えているかを自分自身が理解していることです。著者が描く「善意の加担者」たちの姿は、そのことを静かに問いかけてきます。
遠い話を身近にする、ジャーナリズムの力
本書は、パレスチナという地理的・政治的に特殊な文脈を扱いながら、読むほどに「これは自分の話でもある」という感覚が強まっていきます。
それは著者の筆が、技術の細部と人間の声の両方を丁寧に拾っているからです。顔認証の仕組みを説明した直後に、実際にその検問所を通過した人々の証言が続く。数字と統計の裏に、生活がある。この構成が、テクノロジーの話を人間の話として読ませます。
IT企業に勤め、会議でデータを扱い、テクノロジーを使って業務を改善する仕事をしている方には、本書はひときわリアルに届くはずです。自分たちが日常的に使っている考え方の枠組み――効率化、最適化、スケール――が、別の文脈では何を意味しうるかを知ることは、視野を広げるだけでなく、職場での判断の質を上げることにもつながります。
部下との信頼関係を築くうえで最も大切なのは、自分がどんな価値観を持って仕事をしているかを、言葉だけでなく行動で示すことです。本書を読んで「何かが引っかかる」と感じた、その引っかかりを大切にすることが、管理職としての軸を育てていきます。
本書『パレスチナ実験場』は、告発文書であると同時に、テクノロジーと権力の関係を深く考えるための思考の道具です。遠い地の話として読み始め、気づけば自分の仕事と生き方を問い直している――そんな読書体験がここにあります。

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