部下のモチベーションが上がらない、離職者が後を絶たない、チーム全体に活気がない。こうした問題に直面したとき、あなたはどんな対策を打っていますか。給与を上げる、社内イベントを企画する、新しいミッション宣言を掲げる。しかし、それらの施策は一時的な効果しか生まず、根本的な解決にはつながっていないのではないでしょうか。上村紀夫氏の『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』は、医師でありMBAホルダーでもある著者が、3万件以上の産業医面談から導き出した組織診断の新しいフレームワークを提示しています。本書が教えてくれるのは、表面的な対症療法ではなく、土台から組織を診断する臨床的アプローチです。
なぜ多くの組織改革が失敗するのか
組織に問題が生じたとき、多くのマネージャーは目に見える症状に対処しようとします。チームのモチベーションが低いなら表彰制度を導入する、イノベーションが足りないならアイデアコンテストを開催する。しかし、こうした施策の多くは期待した成果を生み出しません。
その理由は、問題の根本原因を診断せずに処方箋を出しているからです。
上村氏は本書で、組織の問題に対して医師が患者を診察するような臨床的アプローチを提唱しています。医師は患者が「頭が痛い」と訴えたとき、すぐに鎮痛剤を処方するのではなく、まず問診や検査を通じて原因を特定します。頭痛の原因は脳の問題かもしれませんし、首や肩の凝りから来ているかもしれません。あるいは睡眠不足やストレスが原因かもしれません。
組織マネジメントも同じです。目に見える症状だけを見て対策を打つのではなく、まず土台から順番に診断していく必要があるのです。
個人活性ピラミッドという診断ツール
上村氏が提示する診断ツールが「個人活性ピラミッド」です。これは従業員が活き活きと働けるかどうかを決定する要素を、3層の階層構造でモデル化したものです。
最下層は心身コンディション。物理的および精神的な健康がこれに当たります。燃え尽きやストレス、疲労によってこの土台が損なわれると、上の層も不安定になります。
中間層は働きやすさ。人間関係、仕事の負荷、プロセスの公平性などを含む職場環境です。劣悪な雰囲気や過剰な負担はこの層を蝕みます。
最上層は働きがい。モチベーション、達成感、自己成長に関連する要素です。
このピラミッドの階層構造こそが、多くの人事施策がなぜ失敗するのかを説明する強力な診断ツールとなります。それは表層的な症状ベースのアプローチではなく、根本原因を順序立てて分析することを促すからです。
土台が崩れた状態で屋根は架けられない
本書が提示する最も重要な洞察は、ピラミッドの下層が崩壊している状態で上層の問題を解決することはできないという点です。
例えば、あるIT企業のチームが、より多くのイノベーションとリスクテイクを促進したいと考えたとしましょう。一般的なアプローチは、ピラミッドの最上層である「働きがい」をターゲットにした施策です。経営陣は最高のアイデアに賞品を出す「イノベーション・チャレンジ」を開始します。
しかし、もしエンジニアたちがリリース期限を守るための絶え間ない「クランチモード」で燃え尽きていたらどうでしょうか。彼らの「心身コンディション」は劣悪です。創造的思考のための時間もエネルギーもありません。この状態でイノベーション・チャレンジを実施しても、参加者はごくわずかで失敗に終わります。
土台が崩壊している状態で働きがいを構築しようとするのは、壁のない家に屋根を架けるようなものなのです。
上村氏は「マイナスのことを解決するためにプラスで引っ張ろうというのではなく、マイナスのものはまずそれを解消しないことにはプラスにもっていけません」と指摘しています。費用対効果から考えても、マイナスをふさぐ方がはるかに効率がいいのです。
正しい診断プロセスの実践
では、土台から組織を診断するとは、具体的にどういうことでしょうか。本書のフレームワークに従えば、以下のような診断プロセスになります。
まず、チームの問題を特定します。例えば「チームのモチベーションが低下している」という症状があったとしましょう。
次に、ピラミッドの最下層から順番に確認していきます。最初のステップは心身コンディションの診断です。チームメンバーは過重労働に苦しんでいないか。睡眠不足や体調不良を訴える人が増えていないか。もしここに問題があれば、まずこれを解決する必要があります。
具体的な対策としては、スタッフを増員する、「午後7時以降の業務禁止」ポリシーを導入する、業務の優先順位を見直して負荷を軽減するなどが考えられます。
心身コンディションが安定したら、次は働きやすさの診断です。人間関係の対立が蔓延していないか。業務プロセスに不公平感を生む要素はないか。コミュニケーションの質に問題はないか。
これらの問題があれば、実験に対する官僚的な障壁を減らす、チーム内のコミュニケーションルールを見直す、評価プロセスの透明性を高めるなどの対策を講じます。
そして、これら2つの層を安定させた後で初めて、最上層である働きがいの施策に取り組みます。今や、従業員には創造的であるための時間、エネルギー、そして心理的余裕があります。この段階でイノベーション・チャレンジを導入すれば、施策は成功を収める可能性が高まります。
管理職が陥りがちな診断ミス
多くの管理職は、問題の真の原因を見誤ります。その理由は、自分自身の視点からしか組織を見ていないからです。
例えば、部下のやる気が感じられないとき、管理職は「最近の若手は向上心がない」と考えがちです。しかし、実際にはその部下は慢性的な睡眠不足で疲弊しているかもしれません。あるいは職場の人間関係に悩んでいて、精神的なエネルギーを仕事に向けられないのかもしれません。
働きがいの問題に見えるものが、実は心身コンディションや働きやすさの問題である場合が非常に多いのです。
本書のフレームワークは、こうした診断ミスを防ぎます。ピラミッドの下層から順番に確認していくことで、表面的な症状に惑わされず、真の原因にたどり着くことができるのです。
組織の健全性は土台から築かれる
本書が教えてくれる最も重要な教訓は、組織の健全性は一朝一夕には築けないということです。魅力的なビジョンや高額な報酬といった「プラスの感情」を追加するだけでは、組織は健全にはなりません。
むしろ重要なのは、不満や不公平感といった「マイナスの感情」を体系的に取り除いていくことです。そして、そのためには土台から順番に問題を診断し、解決していく必要があります。
上村氏は「上を見てジャンプする前に、まず足下の穴を塞ぎましょう」と述べています。この言葉は、組織マネジメントの本質を簡潔に表現しています。
あなたのチームや組織に問題があるなら、まず立ち止まって診断してみましょう。表面的な症状だけを見るのではなく、個人活性ピラミッドを使って土台から順番に確認していくのです。心身コンディションは保たれているか。働きやすさに問題はないか。そして、その上で初めて働きがいの施策を考える。
このアプローチこそが、一時的な効果ではなく、持続可能な組織の健全性を生み出す鍵なのです。

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