「実力主義」が機能していないのは、なぜか——牧野百恵/ジェンダー格差/クオータ制が暴く組織の盲点

「うちのチームは実力で評価している」「昇進は成果次第だ」――そう信じていたとして、では実際に、チームや組織の中で誰が評価され、誰が昇進してきたかを振り返ったとき、そこに何らかのパターンはないでしょうか。気の合う部下、話しかけやすいメンバー、自分と似た働き方をしている人……。「実力」という言葉の陰で、じつは別の基準が動いていることがあります。

管理職として部下の信頼を得たい、プレゼンで説得力を高めたい、チームのパフォーマンスを引き上げたい。そう思っているにもかかわらず、なかなか変わらない――その理由が、組織の内側に根づいた「見えないネットワーク」にあるとしたら、どうでしょうか。牧野百恵著『ジェンダー格差――実証経済学は何を語るか』は、クオータ制という一見「特殊な政策」を通じて、あらゆる組織に潜むその構造的な問題を鮮やかに浮き彫りにします。

本書が示す知見は、政策論の話にとどまりません。自分のチームをどう運営するか、誰をどう評価するか、組織のどこに無駄が眠っているか――そうした日々の問いに対して、実証データが静かに、しかし確かな答えを返してきます。

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「質が下がる」という直感は、データによって覆された

クオータ制、すなわち政治や企業において一定数のポストを女性に割り当てる制度は、長年にわたって批判にさらされてきました。その最も典型的な反論はこうです。「能力に関係なく属性で登用すれば、組織全体のパフォーマンスが落ちる」。

直感としては、もっともらしく聞こえます。実際、多くのビジネスパーソンがこの懸念を共有してきました。しかし著者の牧野百恵氏は、その直感が実証データによって否定されることを、本書の中で丁寧に示しています。

議員の女性枠導入に関する複数の実証研究を分析した結果、クオータ制の導入は組織の質を低下させなかった。それどころか、ある場合には向上させていた。その理由が、次のデータに表れています。女性割当によって押し出されたのは、優秀な男性ではなく、

既得権益とネットワークだけで地位を保っていた男性

でした。

「ホモソーシャル・ネットワーク」という見えない壁

本書が提示する重要な概念のひとつが「ホモソーシャル・ネットワーク」です。これは、同性同士――特に男性同士――が無意識のうちに形成する強固な人間関係のことです。

このネットワークは悪意によって作られるわけではありません。「一緒に飲んだことがある」「仕事のやり方が似ている」「あいつはいい奴だ」という感覚的な親近感が積み重なり、気づかないうちに特定のグループ内だけで情報が流通し、評価が決まり、機会が配分されていく。それが長年続くと、組織の中に「実力以外の基準で選ばれた人」が増えていきます。

IT職場においても、このネットワークは形を変えて存在します。同期の飲み会、特定のプロジェクトへの声かけ、管理職同士の非公式な情報共有。こうした場に自然に加わっている人と、そうでない人の間に、評価や機会の差が生じていく構造は、多くの組織で観察されます。

実力主義が機能しないのは「制度の問題」ではなく「構造の問題」

「うちは成果主義だから、実力で評価できている」と言い切れるでしょうか。本書を読んだ後では、その自信に少し立ち止まりたくなるかもしれません。

著者が指摘するのは、実力主義という建前がいくら整っていても、人材を推薦・評価する人間自身がホモソーシャルなフィルターを持っている限り、そのフィルターは結果に反映されるという現実です。評価制度がどれだけ精緻であっても、評価者の「感覚」が候補者を絞り込んでいれば、制度の外で選別が行われていることになります。

管理職として部下を評価するとき、「なんとなく信頼できる」「話しかけやすい」という感覚に引っ張られていないか。昇進候補を考えるとき、自分と似たタイプばかり頭に浮かんでいないか。本書はそこに問いを投げかけます。

感覚ではなく、根拠で評価する。

これは、特定の誰かを優遇するためではなく、本当に実力主義を機能させるための条件です。

クオータ制は「弱者救済」ではなく「劇薬」である

著者は本書の中で、クオータ制を「実力主義を機能させるための有効な劇薬」と表現しています。これは、女性を保護するための温情措置ではなく、既得権益に依存して地位を保ってきた層を排除し、競争条件を本来あるべき姿に戻すための強制的な介入として捉えています。

この視点は鋭い。クオータ制を「逆差別だ」と感じる人の中には、それが自分たちのネットワークを脅かすものとして直感的に反応している場合があります。しかしデータが示すのは、その反応が「公平さへの抵抗」ではなく、多くの場合「既得権益への防衛」であるという可能性です。

組織を変えようとするとき、強い抵抗が生まれるとすれば、それが本当に「組織の質への懸念」なのか、それとも「これまで恩恵を受けてきた構造を失いたくない感情」なのかを、冷静に見極める必要があります。

部下の信頼を得るために、管理職が問い直すべきこと

本書の知見を自分のチーム運営に引き寄せたとき、浮かび上がるのはこういう問いです。今、チームの中で誰が評価されているか。その評価の根拠は何か。評価されていない人の中に、機会を与えられていないだけで力を持っている人はいないか。

部下から信頼される管理職とは、ひいきをしない管理職ではありません。見えていなかった人を見ようとする管理職です。ホモソーシャルなフィルターを自覚し、意識的にそこから距離を置こうとする姿勢が、チーム全体の空気を変えます。

「あの上司は、自分をちゃんと見てくれている」という感覚は、評価制度の整備よりも、むしろ日々の仕事の割り振り方や声かけのひとつひとつから生まれます。クオータ制が組織に与える効果は、管理職個人の意識の変化として、小さなスケールでも再現することができます。

データという武器を、説得に活かす

本書が実証経済学の言葉でクオータ制の効果を論じるスタイルは、プレゼンや対話の場でも参考になります。「多様性が大切です」という主張だけでは動かない相手に対して、「ジェンダー格差が大きい企業ほど利潤が少ないというデータがあります」と切り込む方が、議論の土俵が変わります。

感情ではなく、データで語る。主張ではなく、因果関係で示す。これは本書全体のスタンスであり、管理職が組織内外で意見を通そうとするときに使える、実践的なコミュニケーション戦略でもあります。

日々のプレゼンや会議で「なぜか通らない」「伝わっている気がしない」と感じるとき、それは言葉の選び方だけでなく、説得の構造そのものに課題があるかもしれません。本書の語り口は、そのヒントを静かに手渡してくれます。

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