「うちのチームは常にリソース不足だ」――そう感じているマネージャーは少なくないはずです。メンバーは毎日忙しそうにしている。残業も多い。それなのに、肝心な成果が出てこない。人が足りないのか、スキルの問題なのか……と悩んでいるとしたら、一度立ち止まって問い直してほしいことがあります。「本当に足りないのはリソースか、それとも絞り込みの判断か」と。
フィリップ・コトラーは著書『マーケティング10の大罪』の第7の罪で、こう断言しています。製品が多すぎ、多くが赤字である――。そしてこの過ちを犯している企業の多くは、豊富なリソースを持ちながら成果が出せない状態に陥っていると指摘します。本書が提唱する「Less is More(少ないことは豊かなこと)」の原則は、マーケティング部門の話にとどまらず、あらゆる組織のリーダーが今すぐ実践できる冷徹な判断軸を与えてくれます。
「忙しいのに成果が出ない」の構造的な原因
なぜ忙しくても成果が出ないのか。コトラーが第7の罪で解き明かすのは、実はシンプルな原因です。多すぎるものを抱えているから、どれも中途半端になるのです。
マーケティングの文脈では、利益を生まない製品が製品ラインに並び続けることで、工場の稼働率を維持するためのコスト、在庫管理コスト、販売員の説明コストが積み重なっていきます。これを「埋没費用(サンクコスト)」の罠と呼びます。過去に投資した分を取り返そうとするあまり、本当に収益を生む事業へのリソース再配分ができなくなるのです。
ITチームのマネジメントで置き換えてみると、どうでしょうか。誰も使っていない社内ツール、形骸化した週次レポート、目的が曖昧になった定例会議……。「やめる判断」を先送りにし続けた結果、チームの稼働が真に価値ある仕事で埋まらなくなっている――。コトラーが指摘する第7の罪は、まさにこの状態です。
多すぎることの本当のコストは、機会損失だというのが本書の核心をつく指摘です。
Less is More――削ることで生まれる集中力
「Less is More」とは、少ない方が豊かになれるという逆説的な原則です。建築の世界でよく使われる言葉ですが、コトラーはこれをビジネスの経営判断に適用しました。
本書が示す具体的なアクションは2つです。一つは不採算製品の容赦ない切り捨て。もう一つは無料で提供しすぎているサービスの有料化です。どちらも、実行すると分かっていても「なかなか踏み切れない」と感じる人が多いはずです。
なぜ踏み切れないのか。理由は明快で、削ることへの心理的な抵抗感があるからです。「せっかく作ったのに」「お客様に怒られないか」「営業から文句が来るかも」――こうした恐れが判断を先送りにさせます。しかしコトラーは、この先送りそのものが組織の利益を蝕む罪だと言います。
管理職として、あなたのチームが抱えるタスクを振り返ってみてください。半年以上続けているが誰も成果を報告できていない取り組み、メンバーが「やらなきゃいけないから」とこなしているだけの業務――そうした仕事を一つ削ることで、残りの仕事の質は確実に上がります。
「無料提供しすぎる」罠はチームにも潜んでいる
本書が第7の罪の症状として挙げるもう一つの兆候は、過剰な無料サービスの提供です。マーケティング的には、本来有料化できる付加価値を無料で提供し続けることで、顧客は価値を感じなくなり、かつ利益率も悪化するという問題です。
これをチームマネジメントに置き換えると、別の形で現れます。たとえば、エンジニアやIT担当者が「ついでに対応してあげた」という形で本来の業務外の依頼を引き受け続けるケースです。他部署から「ちょっとデータ出しておいてよ」「このシステム、ちょっと直してほしいんだけど」という要求が常態化し、チームのリソースが本来の中核業務以外で消耗していく――。
これは組織にとって二重に損失です。頼む側は価値を感じないまま依頼し続け、応じる側はコアな仕事に集中できなくなります。コトラーが「無料提供をやめよ」と言うとき、その背景には価値の可視化という考え方があります。価値には対価が伴って初めて、その重要性が双方に伝わるのです。
対価なき提供は、価値の認識を下げる。この原則は、職場の人間関係においても同様に働きます。
不採算業務を切り捨てる――社内への説明と合意形成
削る判断を下すとき、最も難しいのは社内への説明と合意形成です。コトラーも指摘しているように、不採算製品を廃止しようとすれば、営業部門やその製品を担当してきたチームから強い抵抗を受けます。これは感情論だけでなく、「自分のKPI(重要業績評価指標)が下がる」という構造的な利害対立から生じます。
では、どう説明するか。本書の論理は明快です。「このまま続けることで、より収益性の高い事業に使えるはずのリソースが失われている」という機会損失の論法です。
提案を通すのが苦手だと感じているマネージャーに、ここで一つの視点を提供できます。上司や経営陣に向けて何かを廃止・縮小する提案をするとき、「やめたい」という主張より「これをやめることで、これに集中できる」という置き換えの形で提示する方が、合意を得やすくなります。削ることの損失ではなく、集中することの利益を前面に出すのです。
このプレゼンテーションの構造は、コトラーが提唱する「Less is More」の考え方そのものです。少なくすることで豊かになる――その説得力ある説明ができれば、提案の通過率は大きく変わります。
製品ポートフォリオの整理が、チームの優先順位を明確にする
コトラーが製品ポートフォリオの厳格化を求めるのは、数を減らすこと自体が目的ではありません。真に収益性の高い中核事業にリソースを集中させるため、という戦略的な前提があります。
IT部門のプロジェクト管理に置き換えると、この考え方は優先順位の明確化と同じ意味を持ちます。並行して走っているプロジェクトが10本あり、すべてが「重要」とされているとします。しかし実際には、それらが同時に進むことで、どれも期待通りのスピードで進まない。結果として全員が「何かをやっている」のに何も完成しない――という状態が起きます。
本書の処方箋は、不採算製品を「Less is More」の原則で整理することです。マネジメントの文脈では、プロジェクトの優先度を明確にし、リソースが集中すべき3本に絞り込み、残りは凍結または廃止の判断を下すことに相当します。
これを実行するためには、メンバーへの説明が不可欠です。「なぜこれを止めるのか」「止めることで何が良くなるのか」を具体的に伝えることが、チームの信頼を損なわずに判断を通す鍵になります。
「削る勇気」が部下からの信頼につながる
「あの人が管理職になってから、うちのチームは何をやっているのかよくわからなくなった」――部下からこうした声が出るとき、多くの場合は仕事の方向性が拡散しています。あれもこれもと手を出し、優先順位が曖昧なまま全員が走り続けているのです。
コトラーが示した「Less is More」の実践は、マネージャーが自チームに何をもたらすかを明確にする行為でもあります。削ることで何が残るか――それが「自分たちのチームが本当にやるべきこと」の定義になります。
実はこの判断こそが、部下からの信頼を生む場面の一つです。「この人は、自分たちが何に集中すべきかをわかっている」という安心感は、細かな指示より遥かに強い信頼の基盤になります。
昇進したばかりで、まだチームとの距離を感じているとしたら、一度こんな問いかけをしてみてください。「いま私たちのチームがやっていることのうち、半年後も続けているべきものはどれか?」この問いへの回答を一緒に考えることが、チームの方向性を揃える最初の一歩になるはずです。
フィリップ・コトラーの『マーケティング10の大罪』は、マーケティングの教科書ではなく、組織のリソースをどこに集中させるかという経営判断の羅針盤です。第7の罪が教える「Less is More」の原則を、自分のチームに当てはめて考えてみることで、忙しさの中に埋もれていた本質的な課題が見えてくるでしょう。削る勇気が、組織の豊かさをつくります。

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