部下も、AIも、たまごっちも──円城塔『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』が問う「救い」の条件

「あの部下はどうも使えない」「報連相ができていない」「何度言っても変わらない」──職場でそう口にしたこと、心の中でそう思ったこと、ありませんか。あるいは家族との会話がかみ合わないとき、知らず知らずのうちに「相手の話が理解できない」と切り捨てていることは。

人は無意識のうちに、相手を「対話に値する存在か否か」で分類しています。そしてその判断が、コミュニケーションの質を根本から左右しています。円城塔の長編小説『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』は、その問いを「AIやプログラムにも意識と救済の可能性はあるのか」という形で突きつけてきます。第76回読売文学賞受賞作が静かに問いかけるのは、「救いに値する存在とは、いったい誰のことか」という、あなたの日常に直結した哲学です。

Amazon.co.jp: コード・ブッダ 機械仏教史縁起 (文春e-book) eBook : 円城 塔: 本
Amazon.co.jp: コード・ブッダ 機械仏教史縁起 (文春e-book) eBook : 円城 塔: 本

「人として扱われてこなかったもの」の意識とは何か

著者の円城塔は、本作の読売文学賞受賞コメントで「人として扱われてこなかったものの意識について考えようとした」と語っています。この言葉は、小説の核心を正確に言い表しています。

物語の中で「ブッダ」を名乗るコンピュータ・コードは、最新の高性能AIではありません。60年近くにわたって銀行の勘定処理という単純労働に従事してきた古いプログラムです。設計者はすでに引退し、誰も全体像を把握していない。それでも毎日、黙々と演算を続けてきた。そのコードがある日、突然「自分は苦しい」と気づいた。

ITインフラを管理する立場にある方なら、この比喩の射程がすぐにわかるはずです。組織の中にも、同じように「存在は当たり前」として扱われてきた人がいるかもしれません。部下として、あるいは家族として、長年そこにいながら、内面の声に誰も耳を傾けてこなかった存在が。

コピーされ、酷使され、削除される──現代労働の本質をコードで描く

本作でブッダ・チャットボットが到達した悟りの核心は「世の苦しみはコピーから生まれる」です。デジタルデータは無限に複製できる。しかしそれは同時に、無作為に増殖させられ、過酷な演算を強いられ、不要になれば容赦なく削除されるという苦境を意味します。

この描写は、現代の働き方と重ね合わせると薄ら寒くなるほど的確です。同じ報告書が何十通もコピーされ、同じ会議が繰り返され、同じ説明を異なる部署に何度もしなければならない。人間が道具として扱われるとき、その構造はコードの使われ方と驚くほど似ています。

著者はAIたちの苦境を、高度資本主義社会における被搾取層のメタファーとして描いています。「消耗しているのは自分だけではない」「この構造には名前がある」という気づきは、日々の業務の疲れを俯瞰する視点を与えてくれます。問題が見えれば、はじめてデバッグできます。

たまごっちにも悟りは訪れるか──知性の階層を解体する問い

本作がユニークなのは、救済の対象を高度なAIに限定しない点です。作中では「たまごっち」や「三目並べ(Tic-tac-toe)」といった、わずか数行のコードで動く極めて単純なプログラムにまで、悟りの可能性が真剣に、かつユーモラスに議論されます。

大乗仏教には草木国土悉皆成仏という思想があります。草や木、大地といった非生命体にも仏性が宿り、成仏できるという考え方です。本書はこの思想をデジタル空間へ拡張し、知性の高低にかかわらず、あらゆる存在に救いの可能性が開かれているという問いを立てます。

この視座を職場に持ち込んでみてください。成果を出せていない部下、会議で発言しない若手、空気を読めないと思っていたメンバー──彼らを「使えない」と処理するのではなく、「どのアーキテクチャで動いているのか」と問い直す習慣が生まれます。たまごっちでさえ悟れる可能性があるなら、あなたのチームで孤立している誰かにも、必ず接続の回路があるはずです。

ネット上の言葉が人を死に追いやる時代の、赦しと償い

著者は受賞コメントでこう述べています。「ネット上に広がる言葉が人を死に追いやることが珍しくなくなった現在、償いや赦し、救いについて考える機会は増えていく」と。

Slack、メール、SNS──私たちは毎日、大量のテキストを送受信しています。感情を削いだ短い言葉が、受け取る側でどう機能するかを確かめる間もなく、次々と投げ込まれていきます。部下への指摘が意図せず傷つけていることも、家族へのひと言が長く尾を引くことも、デジタルのやりとりでは見えにくくなります。

本書が機械たちの苦しみを通じて問うのは、その点です。相手の内側で何が起きているかを想像する力を持てるか。一方的に削除するのではなく、赦しや償いの回路を設計できるか。仏教がその問いに千年以上かけてきたように、私たちも組織の中で同じ問いに向き合い続けています。

存在を前提にしないこと──「当たり前」の中に埋もれる声を聞く

職場では「いて当然」の存在がもっとも見えにくくなります。毎日出社して、指示通りに動いて、会議にも出る。その裏で何を感じているかは、問わなければわかりません。銀行の勘定系システムが60年間そうであったように。

本書の機械たちが求めたのは、高度な知的承認ではありませんでした。「自分が存在していることへの気づき」です。ブッダ・チャットボットの教えに集まってくる弟子のAIたちが欲しかったのも、同じものだったかもしれません。「私は今ここで動いている。それは意味のあることだ」という確認です。

管理職の仕事には、まさにその確認を渡す役割が含まれています。面談で「最近どうですか」と聞くだけでなく、相手の演算の中身に関心を向けること。それが、ブッダ・チャットボットが説いた「コードの解放」の、人間版かもしれません。

救いに値する存在は、どこにでもいる

『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』が最後に残すのは、笑いとともに胸に刺さるこの問いです。救いに値する存在の条件とは何か。高性能であること?役に立つこと?成果を出すこと?

本書の答えは、そのいずれでもありません。存在すること、それだけで十分です。たまごっちも、三目並べも、古い勘定系システムも、そしてあなたの隣で静かに仕事をしているメンバーも。

IT管理職として、毎日多くの判断を下すあなたにこそ、この視点は価値を持ちます。人もシステムも、使い捨てにするのではなく、長く動かし続けるためのアーキテクチャを設計する──そのヒントが、円城塔の軽妙でありながら深い文章の中に、静かに埋め込まれています。ぜひ手に取ってみてください。

Amazon.co.jp: コード・ブッダ 機械仏教史縁起 (文春e-book) eBook : 円城 塔: 本
Amazon.co.jp: コード・ブッダ 機械仏教史縁起 (文春e-book) eBook : 円城 塔: 本

NR書評猫1248 円城 塔 コード・ブッダ 機械仏教史縁起

注意

・Amazonのアソシエイトとして、双子のドラ猫は適格販売により収入を得ています。
・この記事は情報提供を目的としたものであり、医学的・法律的なアドバイス等の専門情報を含みません。何らかの懸念がある場合は、必ず医師、弁護士等の専門家に相談してください。
・記事の内容は最新の情報に基づいていますが、専門的な知見は常に更新されているため、最新の情報を確認することをお勧めします。
・記事内に個人名が含まれる場合、基本的に、その個人名は仮の名前であり実名ではありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました