幸せを科学する時代へ――前野隆司『ウェルビーイング』が示す、これからの働き方と生き方

職場で疲弊していませんか。毎日の業務に追われて、本当の意味で充実した日々を送れているでしょうか。IT企業の中間管理職として部下をマネジメントしながら、ご自身の幸福度についても考える余裕がない方が多いのではないでしょうか。そんなあなたに、前野隆司氏と前野マドカ氏による『ウェルビーイング』をおすすめします。本書は単なる自己啓発書ではなく、幸せを科学的に理解し実践するための実用書です。今回は本書の中でも特に重要な「ウェルビーイングとは何か」という本質に迫ります。

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GDPと幸福度のギャップが示すもの

日本はGDP世界第3位の経済大国です。しかし、国連が発表する世界幸福度ランキングでは156か国中62位という結果になっています。この客観的地位と主観的地位の大きな差が、現代日本の抱える本質的な問題を浮き彫りにしています。

物質的には豊かになったはずなのに、なぜ私たちは幸せを感じられないのでしょうか。本書はこの問いに対して、明確な答えを提示しています。それは、私たちが測るべき指標を間違えていたということです。

オランダの資産運用会社ロベコのハッセルCEOは、投資の3要素を「リスク、リターン、そしてウェルビーイング」だと指摘しています。新しい資本主義では、利益だけでなく社会的な幸福も目的になっているのです。つまり、経済界でもウェルビーイングの達成が重要な経営目標として認識され始めているということです。

ウェルビーイングとは何か

ウェルビーイングとは、人が身体的・精神的・社会的に良好で満たされた状態にあることを指します。単なる一時的な喜びや、最低限の生活水準を確保するだけでは不十分です。

本書では、一時の感情に左右されない持続的幸福度をFlourishと呼んでいます。昇進や結婚のような一時的なイベントで得られる幸せではなく、複合的な要素を組み合わせた持続的な幸福を目指すことが重要なのです。

近年、ウェルビーイングへの注目が高まっている背景には、学問的理由と社会的理由があります。学問的には1980年代以降、心理学を中心に主観的ウェルビーイングに関する研究が盛んに行われ、人々の幸福について科学的な理解が深まってきたことがあります。エド・ディーナー博士やマーティン・セリグマン博士らによる研究により、幸福の科学的理解が飛躍的に進展しました。

社会的には、物質的豊かさから心の豊かさへと人々の価値観が変化してきたこと、経済成長の限界や環境問題など、社会が直面する課題に対する認識が広がったことが挙げられます。

企業経営におけるウェルビーイング

世界の動きを見ると、イギリスでは2010年に政府が国民のウェルビーイング向上を国家目標に掲げ、ニュージーランドでは2019年からウェルビーイング予算を導入するなど、国家レベルでウェルビーイングを重視する流れが見られます。

企業においても、従業員のウェルビーイングへの関心が高まっています。幸せな従業員は生産性や創造性が高く、欠勤率や離職率が低いという研究結果があることから、ウェルビーイング経営の重要性が認識されるようになってきたのです。

具体的な数字を見ると、幸福度の高い社員は、そうでない社員よりも欠勤率が41パーセント低く、離職率が59パーセント低く、業務上の事故が70パーセント少ないという研究結果が紹介されています。つまり、幸せな人は創造性も生産性も高く、ミスも少なく休んだり辞めたりもしないということです。

これは、IT企業の中間管理職として部下をマネジメントする立場にある方にとって、極めて重要な知見です。従業員一人ひとりが幸せに働ける環境を作ることが、実は最も効率的な経営戦略なのです。

幸せになるメカニズムを理解する

本書では、幸せにはメカニズムがあるという前野氏の主張が展開されています。1500人の日本人を対象に行われたアンケートをもとに、幸福を感じる人の共通点が明らかにされています。

ポジティブ心理学者ソニア・リュボミルスキーらの研究や、過去の嫌な出来事を成長の糧と捉える認知の転換も紹介されています。米国イェシーバー大学のユージニア・ゴーリン教授の研究では、過去の楽しかった思い出やうれしかった思い出は、思い返すと幸せになります。しかし、嫌なことや辛いことなど、後ろ向きなことも、それを体験したことによって自分は成長したと考えればポジティブになれるとされています。

過去と現在を後ろ向きに捉えれば不安や心配、猜疑などが増す不幸な状態に陥ります。しかし、嫌なこと、辛いこと、悲しいことがあったときには、同時に誰かに助けられたり新たな知見を得たりするなど、必ずその隣や裏にはよいこともあるので、過去と現在を前向きに捉えることで幸せになれるのです。未来もそうです。未来は大変だと思うと不安や心配、猜疑などが増す不幸な状態に陥ります。

地域と家庭におけるウェルビーイング

第5章「地域・家庭とウェルビーイング」の「夫婦の幸福度を上げる方法」では、ウェルビーイング研究によると、未婚よりも配偶者のいるほうが幸せな傾向があることが明らかにされています。もちろん、この結果は統計的結果ですので、未婚の方はすべて不幸というわけではありません。パートナーや友人、家族といった人とのつながりを豊かにすることが、ウェルビーイングのために大切だという意味が示されているのです。

また、結婚後3年ほど経つと、よくないと感じる脳内物質のエンドルフィンの分泌が低下する研究結果や、幸福度は結婚前の水準に戻るという研究結果も紹介されています。

本書では、米国の著名な結婚心理学者であるジョン・ゴットマン氏が、夫婦が離婚に向かう危険性がある最もしてはいけない行動を4つ挙げていることが紹介されています。1つ目は、相手の人格に対する攻撃。2つ目が、優位な立場から相手を見下すこと。3つ目に、自己防衛的な態度。そして4つ目が、感情的になって相手を拒否する、あるいは対話を拒絶することです。いずれも、夫婦以外のあらゆる対人関係にも当てはまることです。

他にも、結婚生活のなかでは、喧嘩や言い争いが起きて、互いに感情が傷ぶつていく20分の冷却時間を設けることや、互いの気持ちが離れないよう、関係を継続させるための努力を惜しんではならないこと、互いにウィンウィンの関係をつくり上げること、そこに信頼という意味が指摘されています。米国人らしい提案を行っています。

本書から得られる実践的知恵

前野隆司氏のウェルビーイング研究は、単なる理論ではなく実践的な知恵に満ちています。本書は対話形式で書かれており、専門知見と具体例を交えながら、人類の歴史的転換期における幸福と社会のあり方を探求しています。

働き方も、家族との関係も、地域社会との関わり方も、すべてウェルビーイングという視点から見直すことができます。IT企業の中間管理職として日々奮闘されているあなたにとって、本書は部下のマネジメントだけでなく、ご自身の人生をより豊かにするヒントに満ちた一冊となるでしょう。

物質的な豊かさから心の豊かさへ、利益優先から持続的幸福へ、時代は確実に変化しています。その変化の最前線にある知見を、ぜひ本書から学んでください。

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NR書評猫901 前野隆司 ウェルビーイング

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