あなたは、競合他社が「なぜこんな非効率なことをやっているのか」と首をかしげるような経営判断に出会ったことはありませんか。実は、そこにこそ持続的な競争優位の源泉が隠されているかもしれません。
スターバックスがフランチャイズ展開を避けて直営店にこだわる理由、マブチモーターが顧客の個別要求を断って標準化に徹する理由。これらは一見すると「非合理」に見えますが、実は他社には真似できない強力な戦略ストーリーの核心部分なのです。
楠木建氏による名著『ストーリーとしての競争戦略』は、こうした「賢者の盲点」を生み出すメカニズムを鮮やかに解き明かし、優れた戦略の本質を教えてくれます。本記事では、特に「クリティカル・コア」という概念を中心に、なぜ「一見非合理」な選択が最強の競争優位を築くのかを詳しく解説します。
戦略の真髄は「合理性」の向こう側にある
多くの企業が効率性や合理性を追求する中で、真に強力な競争優位を築く企業は、あえて「一見非合理」な選択をしています。これは、楠木氏が「クリティカル・コア」と呼ぶ概念の核心部分です。
クリティカル・コアとは、戦略ストーリーの要となる構成要素で、多くの他の要素と結びつき、全体に一貫性と独自性をもたらします。その最大の特徴は、孤立して見ると「一見して非合理」に見える点にあります。
この非合理性こそが、合理的な判断を優先する競合他社の模倣意欲を削ぎ、「賢者の盲点」を生み出す源泉となるのです。競合他社は、その選択を「できない」のではなく、「したくない」と考えるため、強力な参入障壁が築かれます。
スターバックスの事例:「第三の場所」を守る直営店戦略
スターバックスの直営店方式は、この「一見非合理」な選択の典型例です。
業界の常識から見た「非合理性」
小売業、特にカフェチェーンの急速な全国展開において、フランチャイズ方式は業界の常識でした。自己資金を抑え、現地オーナーの活力を利用することで、スピーディーな拡大が可能になるからです。
これに対し、すべての店舗を自社で所有・運営する直営方式は、莫大な資本と運営負荷を要する「非合理的」な選択に見えました。
スターバックスの戦略ストーリー
しかし、スターバックスには明確な論理がありました。
コンセプト:スターバックスの提供価値はコーヒーそのものだけでなく、「家庭と職場の間にある、快適でくつろげる第三の場所(The Third Place)」でした。
論理:この「第三の場所」というコンセプトは、店舗の雰囲気、BGM、清掃レベル、そして従業員の接客態度といった、細部にわたる体験の質によって支えられています。
もしフランチャイズ方式を採用すれば、加盟店オーナーのインセンティブ(短期的な利益最大化)と、スターバックスが守りたいコンセプト(居心地の良さの維持)が衝突するリスクが常に存在します。
防御の論理
「第三の場所」という価値を完璧に実現するためには、店舗運営のすべてをコントロールできる直営方式が不可欠でした。この「非合理的」に見えるほどのこだわりと、それに伴う高コスト・高負荷が、安易な模倣者を寄せ付けない強力な壁となったのです。
マブチモーターの事例:標準化という「逆張り」戦略
マブチモーターの戦略も、同様の「一見非合理」な選択の好例です。
業界の常識への挑戦
小型モーター業界では、顧客の個別要求に応じたカスタマイズが常識でした。しかし、マブチモーターは製品の標準化に徹するという大胆な決断を下しました。
顧客の要求を断るという行為は、短期的には売上機会の損失を意味し、「非合理的」に見えます。
標準化がもたらす好循環
しかし、この「標準化」という選択は、強力な因果論理の連鎖を生み出しました:
- 標準化 → 大量生産が可能になる
- 大量生産 → 圧倒的なコストダウンを実現
- 低コスト → 中国での労働集約的な生産が可能になり、さらなるコストダウンにつながる
- 標準化された製品 → 高度な技術知識を必要としないため、営業部隊のコストを削減
- 営業効率化 → 顧客に「標準モーターを前提とした製品設計」を働きかけることに集中
この好循環により、マブチの標準モーターの需要はさらに拡大し、大量生産とコストダウンのサイクルが自己強化的に回っていきました。
「賢者の盲点」が生む模倣困難性
これらの事例が示すのは、「一見非合理」な選択が最強の参入障壁を築くメカニズムです。
模倣「できない」vs. 模倣「したくない」
従来の競争戦略論では、模倣困難性は主に「技術的に模倣できない」ことに焦点が当てられていました。しかし、真に強力な障壁は「模倣したくない」と思わせることから生まれます。
競合他社は、スターバックスの直営方式やマブチの標準化を技術的には模倣できます。しかし、その「非合理性」ゆえに、「なぜそんな非効率なことをする必要があるのか」と考え、模倣をためらうのです。
合理性の罠
多くの企業が「合理性」という共通の物差しで判断するからこそ、あえてその物差しから外れた選択をすることで、独自性を保つことができます。
これは、楠木氏が「賢者の盲点」と呼ぶ現象です。業界の「賢者」たちが共有する常識や合理的判断基準そのものが、真に革新的な戦略を見えなくしているのです。
実践への応用:あなたのビジネスでの活用法
この「一見非合理」な選択を自社の戦略に活かすためには、以下のステップが有効です。
1. 業界の「当たり前」を疑う
まず、自社の業界で「当たり前」とされている慣行や常識を洗い出してみましょう。その中に、あえて逆行することで差別化を図れるポイントがないか検討してください。
2. 自社の核となる価値を明確にする
スターバックスの「第三の場所」のように、自社が顧客に提供したい本質的な価値を明確に定義しましょう。その価値を最大化するために、どのような「非合理」な選択が必要でしょうか。
3. 因果関係の連鎖を設計する
マブチモーターの標準化のように、一つの「非合理」な選択が複数の好循環を生み出す仕組みを設計しましょう。短期的な損失を長期的な優位性に転換する論理を構築することが重要です。
4. 一貫性を保つ覚悟
「一見非合理」な選択は、短期的には周囲から疑問視されることがあります。しかし、その選択を一貫して続ける覚悟があってこそ、真の競争優位が生まれます。
まとめ:「非合理」の中に眠る競争優位の源泉
『ストーリーとしての競争戦略』が教えてくれるのは、真の競争優位は「合理性」の向こう側にあるという洞察です。
多くの企業が効率性や合理性を追求する中で、あえて「一見非合理」な選択をすることで、競合他社が「したくない」と思う領域を確保できます。これこそが、模倣困難で持続的な競争優位を築く秘訣なのです。
スターバックスの直営店戦略、マブチモーターの標準化戦略は、どちらも短期的には「非効率」に見えます。しかし、それぞれの戦略ストーリー全体の文脈では、不可欠な要素として機能しています。
あなたのビジネスにも、業界の「当たり前」に挑戦し、「一見非合理」な選択を通じて独自性を築く余地があるはずです。本書のフレームワークを活用して、あなただけの強力な戦略ストーリーを構築してみてください。

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