みなさんは、自社の戦略について説明を求められたとき、どのように答えるでしょうか? 多くの方が「新商品の開発」「コスト削減」「デジタル化の推進」といった施策の羅列で答えてしまうのではないでしょうか。
しかし、真の戦略とは個別の施策ではなく、それらを貫く一つの物語なのです。楠木建氏の名著『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』は、多くの経営者やビジネスパーソンの戦略観を根本から変えた画期的な一冊です。
本書を読むことで、あなたは断片的な戦術思考から脱却し、持続的な競争優位を生み出す統合的な戦略ストーリーを構築する力を身につけることができます。競合他社が簡単に模倣できない、真に強い戦略とは何かを理解し、自社の成長戦略を再構築したい方にとって、この一冊は必読の書となるでしょう。
第1章:チェックリスト思考を超え、因果論理の網を築く
「点」から「線」へ – 戦略思考の根本的転換
本書が提唱する最も重要な概念は、「違いをつくって、つなげる」という戦略の定義です。多くの企業が陥りがちな「ベストプラクティス」の模倣や、個別施策の寄せ集めとは一線を画す考え方がここにあります。
従来の戦略論では、しばしば「どのような施策を実行するか」というアクションリストに焦点が当てられてきました。しかし、本書は戦略の本質は構成要素間の因果関係にあると明確に述べています。
マブチモーターに学ぶ因果論理の威力
この考え方を最も分かりやすく示すのが、マブチモーターの事例です。同社の戦略ストーリーは、以下のような強固な因果関係で構成されています:
- 標準化という大胆な選択:顧客ごとの個別仕様を断念し、標準品への特化を決断
- 大量生産の実現:標準化により圧倒的なスケールメリットを獲得
- コスト競争力の確立:大量生産によって他社が追随できない低コスト構造を実現
- グローバル展開の加速:低コスト構造を活かして中国での現地生産を積極展開
この事例が示すように、個々の要素が相互に強化し合う関係を築くことで、競合他社が一部分だけを模倣しても効果が得られない構造を作り上げています。
「静止画」から「動画」への発想転換
本書は戦略を「静止画」ではなく「動画」として捉える重要性を説いています。静止画的な戦略とは、個別の施策や構成要素を羅列した状態を指します。一方、動画的な戦略とは、時間軸に沿って各要素が相互作用し、価値創造のプロセスが生き生きと展開される状態を指しています。
この発想転換により、戦略は「何をやるか」から「いかにして模倣困難な論理体系を構築するか」という本質的な問いに変わります。
第2章:5Cフレームワークで解き明かす戦略の構造
戦略ストーリーの設計図
本書が提示する5Cフレームワークは、優れた戦略ストーリーを分析・構築するための強力なツールです。このフレームワークは、日本の物語構成である「起承転結」になぞらえて説明されています。
- コンセプト(起):「誰に、何を売っているのか」という事業の本質
- 構成要素(承):具体的な活動や方針、選択肢
- クリティカル・コア(転):戦略の要となる「一見非合理」な要素
- 競争優位(結):最終的に目指すべき利益創出の論理
- 一貫性:上記4つの要素を結ぶ因果関係の強さ
スターバックスの「一見非合理」な選択
特に注目すべきはクリティカル・コアの概念です。これは「一見して非合理に見える」選択でありながら、ストーリー全体の要となる構成要素を指します。
スターバックスの直営店方式は、この典型例です。業界の常識では、カフェチェーンの急速展開にはフランチャイズ方式が効率的とされていました。しかし、同社は「第三の場所」というコンセプトを完璧に実現するため、高コスト・高負荷な直営方式を選択しました。
この「非合理的」に見える選択が、競合他社の模倣意欲を削ぎ、独自の競争優位を築く源泉となったのです。
第3章:SPとOCの統合による持続的優位性
二つの「違い」の源泉
本書は、戦略的な「違い」の源泉を二つのタイプに分類しています:
戦略的ポジショニング(SP)は「何をやるか、何をやらないか」に関する違いです。これは優劣を測る物差しが存在しない「種類の違い」を指します。
組織能力(OC)は「他社よりも上手くやる」ことに関する違いです。暗黙知や経路依存性により模倣困難な「程度の違い」を指します。
統合的アプローチの威力
真に強力な戦略ストーリーは、SPとOCを巧みに編み合わせることで構築される点が重要です。どちらか一方に依存するのではなく、両者が相互に補強し合う関係を築くことが、模倣困難で強靭な戦略の神髄なのです。
例えば、ユニクロの「LifeWear」というSPは、東レとの長期的なパートナーシップや、企画から製造、販売までを一貫管理するSPAモデルといったOCの構築と密接に連動しています。
第4章:センスメイキングとしての戦略ストーリー
「後付け」批判への新しい視点
本書に対する「後付け論」という批判がありますが、この批判は実は本書の本質的価値を見逃しています。組織心理学者カール・ワイクのセンスメイキング理論の視点から見ると、戦略ストーリーの価値は「正確な予測」ではなく「もっともらしい意味づけ」にあることが分かります。
組織を動かす「納得感」の力
優れた戦略ストーリーは、不確実な環境下で組織のメンバーに「なぜこれをやるのか」という問いに対する腹落ち感のある共通の論理を提供します。これにより、組織は混沌とした現実の中で、一貫性のある行動を協調して取ることが可能になります。
ハンガリー軍の偵察隊の逸話が示すように、地図の正確性よりも、「我々はここにいて、あちらへ向かえば助かる」というもっともらしいストーリーこそが、集団に希望と方向性を与えるのです。
第5章:実践への橋渡し – 明日から始める戦略ストーリー構築
チェックリスト思考からの脱却
本書の最大の実践的価値は、経営者の思考様式を個別の「ベストプラクティス」導入から、相互に関連し合う因果論理のシステム構築へと転換させる点にあります。
戦略の強さは、個々の構成要素の優秀さではなく、それらを結びつける因果の連鎖が強く、太く、長いことによって決まります。
「好き嫌い」という動因の重要性
著者の別著『「好き嫌い」と経営』との関連で言えば、真に独創的なクリティカル・コアは経営者の主観的な「好き嫌い」から生まれることが多いのです。客観的な分析だけでは、競合他社も同じ結論に達してしまいます。
柳井正氏の「デカい商売が好き」という嗜好が、「あらゆる人のための究極の普段着」という壮大なコンセプトを駆動するエンジンとなっているように、経営者の個人的な価値観こそが、他社には模倣できない違いの源泉となるのです。
結論:戦略ストーリーがもたらす変革
『ストーリーとしての競争戦略』は、単なる戦略論の教科書ではありません。ビジネスリーダーの思考のOSを根本から変える一冊です。
本書を通じて、あなたは以下のような変革を体験できるでしょう:
- 断片的な施策の羅列から、統合的な戦略ストーリーへの転換
- 模倣困難な「一見非合理」な選択の重要性の理解
- 組織を動かす「納得感」のある論理構築力の習得
変化が激しく、未来の予測が困難な時代において、組織を一つの方向に導き、持続的な成功を実現する「優れたストーリー」を紡ぐ力は、これまで以上に重要な経営能力となっています。
本書は、そのような力を身につけるための、最も実践的で洞察に満ちた指針を提供してくれます。戦略思考を根本から変革し、真の競争優位を構築したいすべてのビジネスパーソンにとって、この一冊は必読の書と言えるでしょう。

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