新規事業を立ち上げたいと考えていますか?スタートアップの世界に足を踏み入れたいと思っているでしょうか。しかし、実際に資金調達の場に臨むと、投資家たちが使う専門用語や指標に圧倒されることが多いのではないでしょうか。村上茂久氏と若林哲平氏の共著『60分でわかる!ファイナンス超入門』は、この問題に真正面から取り組んでいます。本書が教えてくれるのは、スタートアップの世界で生き残るために必要な「共通言語」の習得です。今回は、特に起業家と投資家の間でやり取りされる重要な経営指標について、詳しく見ていきましょう。
なぜスタートアップには独自の「言語」が必要なのか
従来の企業経営で使われる会計用語だけでは、スタートアップの事業進捗を適切に表現できません。なぜなら、スタートアップは先行投資によって赤字を掘りながら急成長を目指すという、特殊な経営環境にあるからです。
著者の村上茂久氏自身が、伝統的な金融の世界からスタートアップの世界へ移った際に、その独特な言語や文化の違いに戸惑ったという実体験があります。この経験が本書を生み出す原動力となり、単なる理論書ではなく、実践的なコミュニケーションツールとしての価値を持つ一冊が誕生しました。
スタートアップと投資家、特にベンチャーキャピタルとの間のコミュニケーションは、高度に専門化されたKPIを用いて行われます。この共通言語を使いこなせない起業家は、資金調達の交渉において著しく不利な立場に置かれかねません。自社の事業の進捗やポテンシャルを、投資家が理解できる定量的かつ標準化された言葉で的確に表現できないからです。
市場規模を示す3つの視点
投資家が最初に知りたがるのは、あなたの事業が狙っている市場の大きさです。ここで登場するのが、TAM、SAM、SOMという3つの概念です。
TAMとはTotal Addressable Marketの略で、全体市場規模を指します。あなたの製品やサービスが理論上到達可能な市場全体の大きさです。次にSAMはServiceable Available Marketの略で、実際にアプローチ可能な市場を意味します。地理的制約や規制などを考慮した、より現実的な市場規模です。
そして最も重要なのがSOM、Serviceable Obtainable Marketです。これは短期的に獲得可能な市場シェアを示します。投資家は特にこのSOMに注目します。なぜなら、理論上の市場が大きくても、実際に獲得できる市場が小さければ意味がないからです。
これらの指標を使って市場を説明できれば、投資家はあなたの事業の成長可能性を具体的にイメージできます。
事業の成熟度を測る指標
次に重要なのが、あなたの事業がどの段階にあるかを示す指標です。ここで登場するのがPMFとトラクションという概念です。
PMFとはProduct Market Fitの略で、製品と市場の適合を意味します。簡単に言えば、あなたの製品やサービスが市場のニーズに本当に応えているかどうかです。顧客が継続的に使い続け、他の人にも勧めたいと思うレベルに達していれば、PMFを達成したと言えます。
トラクションは、事業の勢いや成長の兆しを示す言葉です。ユーザー数の増加率や売上の伸び率など、事業が軌道に乗っている証拠となる数値です。投資家はこのトラクションを非常に重視します。なぜなら、アイデアだけでなく、実際に市場が受け入れている証拠が欲しいからです。
資金繰りの健全性を示す2つの指標
スタートアップ経営において、資金がいつ尽きるかを把握することは死活問題です。ここで登場するのがバーンレートとランウェイという指標です。
バーンレートは月次の資金燃焼率を指します。毎月どれくらいのスピードで資金を使っているかを示す数値です。例えば、月に300万円の赤字が出ているなら、バーンレートは月300万円となります。
ランウェイは、現在の資金が尽きるまでの残存期間を意味します。もし手元に3000万円あり、バーンレートが月300万円なら、ランウェイは10か月です。この指標を常に把握しておくことで、次の資金調達をいつまでに完了させなければならないかが明確になります。
投資家との会話で「ランウェイはあと何か月ありますか?」と聞かれた時に即答できる起業家は、財務管理がしっかりしていると評価されます。
事業の採算性を測るユニットエコノミクス
事業が持続可能かどうかを判断する上で、ユニットエコノミクスという考え方が極めて重要です。ここで登場するのがLTVとCACという指標です。
LTVはLifetime Valueの略で、顧客生涯価値を指します。一人の顧客が、あなたのサービスを利用し続ける期間全体で、どれだけの収益をもたらすかを示します。例えば、月額1000円のサブスクリプションサービスで、平均して顧客が2年間継続利用するなら、LTVは24000円です。
一方、CACはCustomer Acquisition Costの略で、顧客獲得単価を意味します。一人の新規顧客を獲得するためにかかるマーケティングコストや営業コストの合計です。
投資家が特に注目するのは、LTVとCACの比率です。一般的に、LTVがCACの3倍以上あると、足元では赤字でも投資家は将来性を高く評価します。なぜなら、顧客を獲得すればするほど、長期的には大きな利益が見込めるからです。
ビジネスモデル別の重要指標を押さえる
スタートアップのビジネスモデルは多様ですが、それぞれに特有の重要指標があります。本書では、主要なKPIとして以下のものが解説されています。
ARPUはAverage Revenue Per Userの略で、ユーザー一人当たりの平均売上を示します。サブスクリプションビジネスでは特に重要な指標です。MAUはMonthly Active Usersの略で、月間アクティブユーザー数を意味します。プラットフォームビジネスでは、このMAUの増加が成長の証となります。
GMVはGross Merchandise Valueの略で、流通取引総額を指します。メルカリのようなマーケットプレイス型のビジネスでは、プラットフォーム上で取引された商品やサービスの総額がGMVです。そして、テイクレートは手数料率を意味します。GMVのうち、プラットフォーム運営者が受け取る手数料の割合です。
これらの指標を自社のビジネスモデルに合わせて適切に使い分けることで、投資家に対して説得力のある説明ができます。
投資家との情報格差を埋めるための武器
本書が提供するこれらの用語やKPIを理解することは、単に専門用語を覚えるだけではありません。それは、自社の経営状態を精密に管理するだけでなく、投資家との情報格差を埋め、より対等な立場で交渉に臨むための武器を手に入れることに他なりません。
本書はこれらのKPIを体系的に定義・解説することで、いわば「ロゼッタ・ストーン」としての機能を果たします。これにより、起業家は自社の事業進捗を客観的に把握し、投資家に対して説得力のある説明を行うことが可能となるのです。
事業計画書やピッチ資料で必須となる要素を網羅したこれらの用語群は、スタートアップの世界で生き残るための必須アイテムと言えるでしょう。
あなたも投資家と対等に話せるようになる
40代の中間管理職として、新規事業の立ち上げや社内ベンチャーを任される機会も増えているかもしれません。そんな時に、これらの経営指標を理解していれば、社内での提案や経営陣へのプレゼンテーションでも大きな武器となります。
部下とのコミュニケーションに悩んでいるあなたにとって、明確な数値目標と指標を用いた対話は、信頼関係の構築にも役立ちます。曖昧な指示ではなく、具体的なKPIを用いて目標を設定することで、部下も何を目指せばよいか明確になり、モチベーションが高まります。
『60分でわかる!ファイナンス超入門』は、スタートアップの世界で使われる「共通言語」を学ぶための最適な入門書です。投資家や経営陣と対等に渡り合い、自分のアイデアを実現させるための第一歩として、ぜひ本書を手に取ってみてください。
#NR書評猫762 村上茂久・若林哲平著「60分でわかる!ファイナンス超入門」

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