友人を忘れないこと、それは人生をかけた約束

あなたは、かつての友人をいつまで覚えているでしょうか。

学生時代に毎日顔を合わせ、笑い合い、語り合った仲間たち。社会人になり、結婚し、子どもができ、管理職としての責任を背負い込む中で、彼らの顔は記憶の中でどれだけ鮮明なままでしょうか。

金子玲介氏のデビュー作『死んだ山田と教室』は、第65回メフィスト賞を受賞した青春小説です。教室のスピーカーに憑依した死者と、生きている者たちの交流を描くこの作品は、時間の流れが友情をどう変えるのか、そして真の友情とは何かという普遍的なテーマを読者に突きつけます。

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忘れられる恐怖と記憶の残酷さ

物語の中核をなすのは、忘れられることの痛みです。

啓栄大学附属穂木高等学校の二年E組で人気者だった山田は、交通事故で命を落とします。しかし数日後、彼の意識は教室のスピーカーに宿り、声だけの存在としてクラスメイトとの日常を再び送るようになります。

最初は山田を中心に賑やかだった教室も、生徒たちが三年生に進級し、やがて卒業を迎えると、静寂に包まれます。時間は生きている者だけを進ませ、山田の存在は友人たちの記憶から少しずつ薄れていくのです。

死んだ人を忘れないこと、それは難しいことです。もちろん完全に忘れてしまうわけではありませんが、日常の記憶からは消えてしまいます。この物語が提示する「人は忘れられた時に本当の死を迎える」というテーマは、読者に強烈な哀切を感じさせます。

和久津が示す友情の真の形

ほとんどのクラスメイトが時間の流れとともに山田から離れていく中で、和久津という存在が物語の倫理的な支柱となります。

和久津は山田と同じ中学校の出身で、中学時代に山田の一言によって救われた過去を持ちます。彼は忘却という自然な摂理に抗い、山田を記憶し続けるために教師となって母校へ戻るという、極めて能動的な選択をします。

大学生になっても、社会人になっても、山田と話したいがために苦心惨憺して穂木高校の先生になる和久津の姿は、友情とは何かを深く考えさせます。友情とは、楽しい時間を共有するだけではなく、相手の孤独や痛みに向き合う勇気を持つことなのだと、和久津の行動を通じて教えられます。

時間の流れに逆らう困難さ

和久津の行動は、時間の流れに逆らって記憶を維持し続けることが、いかに意識的で困難な努力を要するかを物語っています。

山田は成長も変化もできない静的な存在として教室に留まる一方、友人たちは人生を歩んでいきます。この対比は、死者と生者の間に横たわる埋めがたい溝を浮き彫りにします。

クラスメイトたちが山田を忘れることは、薄情さの表れではなく、人間が成長し、過去を乗り越えて未来へ進むために不可欠な自然なプロセスに他なりません。その中で、和久津だけが山田のことを忘れずにいる姿は、忘却という人間の本能に抗う意志の強さを示しています。

読者は自分の人生にも「和久津のような友がいただろうか」と問いかけたくなりますし、逆に「自分は誰かの和久津になれているのだろうか」とも考えさせられます。

救済のための破壊行為

物語のクライマックスで、和久津がスピーカーを破壊する場面は、この物語のカタルシスを象徴します。

数年間、誰もいない暗く静かな教室に取り残され続けた山田。和久津は、声だけの存在として教室に縛り付けられた山田を解放するため、深夜の学校に侵入し、スピーカーを破壊するという物理的な手段に訴えます。

それは物理的な破壊であると同時に、山田の魂を解放する救済の行為です。真の友情は、時に常識を超えた、痛みを伴う過激な選択を必要とすることを示す、力強いシーンとして描かれています。

この最終話の、あのラスト20ページ弱こそを描きたかったのではないかと思えるほどの、超弩級の熱量がそこにはあります。

あなたはどう生きるか

この物語が問いかけるのは、記憶と時間、そして存在についての哲学的な問いです。

肉体のない意識は本当に生きていると言えるのか。死者の記憶に対する私たちの責任とは何か。忘れることは裏切りなのか、それとも生きるために必要なプロセスなのか。

40代の中間管理職として、日々の業務に追われ、部下のマネジメントに悩み、家庭での役割を果たすあなた。かつての友人たちとの関係は、どれだけ維持できているでしょうか。

和久津が教師になってまで山田との約束を守り抜いたように、あなたにも忘れてはならない友人はいませんか。この作品は、その問いを静かに、しかし強く投げかけます。

まとめ

『死んだ山田と教室』は、笑いと涙、そして深い思索を促す物語です。

前半の男子高校生特有のアホっぽい会話は読者を笑いの渦に巻き込み、後半の忘却と孤独のテーマは胸を締め付けます。そして和久津が示す、忘れないという能動的な選択は、読者に生き方そのものを問いかけます。

時間の流れに逆らって記憶を維持し続けること。それは困難で、時に痛みを伴う選択ですが、それこそが真の友情の形なのかもしれません。

今日から、あなたも誰かの和久津になれるかもしれません。

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-#NR書評猫751 金子 玲介著「死んだ山田と教室」

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