世界ののれん残高が急増する中、財務担当者にとって「のれんの償却と減損」の知識は今や必須となっています。証券監督者国際機構(IOSCO)によれば、S&P 500企業ののれん累計残高は2008年の1.6兆ドルから2021年には3.7兆ドルへと2倍以上も増加しました。この背景には、IFRS(国際財務報告基準)がのれんを非償却としている一方で、減損テストの実効性に疑問が呈されている状況があります。本記事では、PwC Japanが公開している「のれんの償却と減損実務」の内容を基に、IFRSにおけるのれんの会計処理について、実務上の重要ポイントを詳しく解説します。
のれんの償却に関する国際的な動向と基準間の違い
のれんの会計処理は国際的に見ても統一されておらず、その歴史的変遷は非常に興味深いものです。
日本基準とIFRS・米国基準の根本的な違い
日本基準ではのれんを20年以内の期間で定額法により償却することが求められていますが、IFRSや米国基準(公開企業)では償却せず、毎期減損テストを行うアプローチを採用しています。この違いは、のれんの性質をどう捉えるかという根本的な考え方の相違に起因しています。
日本基準では、のれんは買収によって獲得した超過収益力であり、時間の経過とともに価値が減少するという考え方です。一方、IFRSを策定する国際会計基準審議会(IASB)は「のれんの耐用年数の決定には恣意性が入り、恣意的な期間でのれんの定額償却を行っても有用な情報は提供できない」との立場をとっています。
のれん会計処理の歴史的変遷
興味深いことに、IFRSも2004年までは、のれんの償却を20年以内で行うよう要求していました。しかし、米国財務会計基準審議会(FASB)が2001年にのれんを非償却とする決定を下したことに影響を受け、IASBも2004年に非償却へと方針を変更しました。
近年、累積するのれん残高への懸念から、償却再導入の議論が活発化しています。日本の経団連は2023年にISOCOへの意見書で「のれん償却の再導入が最良の解決策」と主張していますが、IASBは2024年3月の公開草案でもなお非償却の立場を維持しています。
IFRSにおけるのれんの減損テストの実務プロセス
IFRSと日本基準では減損アプローチに大きな違いがあります。この違いを理解することが、IFRS適用企業の財務担当者にとって非常に重要です。
日本基準とIFRSの減損アプローチの違い
日本基準は「認識→測定」という2ステップアプローチを採用しているのに対し、IFRSは「測定のみ」の1ステップアプローチを採用しています。具体的には、日本基準では減損の兆候がある場合、まず割引前将来キャッシュ・フローと帳簿価額を比較し、次に割引後キャッシュ・フローで減損額を測定します。一方、IFRSではいきなり割引後キャッシュ・フローと帳簿価額を比較するため、日本基準よりも早期に減損が認識されやすい特徴があります。
また、IFRSでは固定資産の減損の事後的な戻入を認めていますが、のれんについては例外として戻入を認めていません。
減損テストの頻度と兆候判定
IFRSにおいて、のれんは非償却であるがゆえに、兆候の有無にかかわらず最低年1回の減損テスト(測定)が必須となっています。
減損の兆候判定において、日本基準にはない「IFRS特有の兆候」として以下の2点が重要です:
- 割引率に影響する市場金利の上昇
- 報告企業の純資産帳簿価額がその企業の株式時価総額を超過する状況(PBRが1倍を切っている状況)
特にPBRが1倍を切っている日本企業は多く存在するため、この兆候をどう解釈するかは実務上の重要課題です。PwCの記事では、「PBRが1倍を切った場合でも、定性的な要因分析と組み合わせて減損テストの対象を絞っていく対応も考えられる」と実務的なアドバイスを提供しています。
のれんのCGU(資金生成単位)への配分方法
のれんの減損テストを行うためには、まず企業結合で取得したのれんを適切なCGU(Cash-Generating Unit:資金生成単位)に配分する必要があります。
CGUへの配分要件
IFRSでは、のれんは以下の要件を満たすCGUまたはCGUグループに配分することが求められています:
- のれんを内部管理目的で監視している企業内の最小レベルを表している
- 集約前におけるIFRS第8号で定義された事業セグメントよりも大きくない
2024年のIASB公開草案では、1点目の要件について「のれんに関連した事業を内部管理目的で監視している企業内の最小のレベル」と明確化する提案がなされています。
配分方法の実務例
被取得企業に複数のCGUが存在する場合、のれんの配分方法については2つのアプローチが考えられます:
- A案:各CGUへ個別に配分
- B案:事業セグメントの制限を考慮し、単一のCGUと複数のCGUから構成されるCGUグループに配分
配分の具体的方法としては、「恣意性のない方法」が求められるため、単純に均等配分することは認められません。実務では「割引キャッシュ・フロー・アプローチ」が用いられることが多いです。
具体例:
食品事業・運送事業・清掃事業の3つのCGUをもつ企業を買収した場合、のれんの配分は各CGUの簿価と割引キャッシュ・フローの差額に応じて行います。割引キャッシュ・フローが簿価を下回るCGUにはのれんを配分しません。
減損テストの時期と実務上の考慮事項
減損テストを効率的に行うためには、テストの時期に関する実務上の考慮が重要です。
テスト実施時期の選択
IFRSでは、のれんの減損テストは毎年同じ時期に実施する限り、事業年度中のどの時点でも実施できます。必ずしも年度末を基準日とする必要はありません。ただし、当事業年度中の企業結合から生じたのれんについては、当事業年度末よりも前に減損テストを実施する必要があります。
実務上の工夫
減損テストは高度な専門知識や基礎データが必要となるため、多くの企業では以下のような実務上の工夫を行っています:
- 期末決算の繁忙期を避けた時期に減損テストを実施(例:3月決算企業なら12月末を基準日)
- 予算策定サイクルと減損テストの時期を合わせる
- 外部専門家を活用する場合は、十分な検討時間を確保
また、減損テストの時期を変更することも、次回のテストまでの期間が1年以内であり、特定の結果(減損損失の計上を避ける)を意図していない限り認められます。
使用価値の算定における実務上のポイント
のれんの減損テストでは、回収可能価額として使用価値を用いることが一般的です。使用価値の算定には、将来キャッシュ・フローの見積もりと適切な割引率の設定が重要です。
将来キャッシュ・フローの見積もり
IFRSでは、適切な経営者の承認を得た計画を使用することが求められています。実務上は以下のようなアプローチが一般的です:
- 取締役会や経営会議等の機関承認を経た中期経営計画(中計)を基礎とする
- 中計期間(例:3年)を超える期間については、一定の成長率を加味
- 中計が3年に1回の公表となる場合、単年度予算と中計の数値をスライドさせた計画を組み合わせる
割引率の設定
IFRSでは理論上は税引前の割引率を使用することが求められていますが、実務上は税引後キャッシュ・フローを税引後割引率で計算することが一般的です。なお、2024年3月のIASB公開草案では、使用価値を税引前のベースで計算するという要求の削除が提案されています。
割引率の算定には、加重平均資本コスト(WACC)を用いることが一般的です。WACCの構成要素は以下の通りです:
- 株主資本コスト
- リスクフリーレート(通常は10年物国債利回り)
- エクイティリスクプレミアム(日本では通常5~6%)
- β値(市場全体に対する個別銘柄の感応度)
- サイズリスクプレミアム(小規模企業向けの追加リスク)
- 負債コスト
- 類似企業の負債利子率をベースに算定
注意点として、日本基準で認められているハードルレートのような企業内部の投資評価基準の使用はIFRSでは認められておらず、投資者が要求するであろう利回りを反映する必要があります。
最新動向と今後の展望
のれんの会計処理に関する国際的な議論は今後も続くと予想されます。
IASBの最新動向
2024年3月、IASBは公開草案「企業結合-開示、のれん及び減損」を公表しました。この公開草案では、のれんの非償却を維持しつつ、減損テストの改善を提案しています。主な内容は以下の通りです:
- 減損テストを行うCGUまたはCGUグループを決定する際の明確化
- のれんが配分されたCGUが属する報告セグメントの開示
- 使用価値を税引前で計算する要求事項の削除
- 将来のリストラや改善に関する制限の削除
これらの提案はのれん減損テストの根本的改善というよりは、現行モデルの明確化や簡素化が中心となっています。
今後の課題
のれんの会計処理に関しては、「減損のタイミングの遅れ(too little, too late)」という根本的な課題が残されています。特に「シールディング」と呼ばれる現象(既存事業のヘッドルームがのれんの減損を覆い隠す現象)が問題視されています。
証券監督者国際機構(IOSCO)は2023年12月に「のれんの会計処理に関する勧告」を公表し、企業、監査委員会、外部監査人に対して、のれんの適切な認識と開示を促しています。
まとめ
IFRSにおけるのれんの会計処理は、日本基準と大きく異なる部分があり、実務上の複雑さを伴います。要点をまとめると:
- IFRSではのれんを償却せず、毎期減損テストを実施
- 減損テストは測定のみの1ステップアプローチを採用
- のれんは適切なCGUへ恣意性のない方法で配分
- 減損テストは年度中の適切な時期に実施可能
- 使用価値の算定には承認された事業計画とWACCベースの割引率を使用
国際的な会計基準の動向を注視しつつ、実務上の工夫を取り入れることで、効率的かつ効果的なのれんの減損テストが可能となります。
参考情報:
- PwC Japanグループ「のれんの償却と減損実務」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/goodwill-amortization-and-impairment.html
- KPMGジャパン「公開草案『企業結合ー開示、のれん及び減損』を公表」https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2024/04/ifrs-news-flash-2024-04-04.html
- 上原FAS合同会社「PPAにおけるのれんの計算と資金生成単位への配分」https://roadtoartisan.com/ppa-goodwill-general/

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