「努力すれば必ず報われる」「人生は自分次第で変えられる」。こうした前向きなメッセージに触れたとき、あなたはどう感じますか?部下とのコミュニケーションや家族との関係に悩むとき、自己啓発本の言葉に救いを求めることもあるでしょう。しかし、なぜこれほどまでに自己啓発というジャンルが私たちの生活に浸透しているのか、考えたことはありますか?
尾崎俊介氏の『アメリカは自己啓発本でできている』は、そんな疑問に明快な答えを示してくれる一冊です。本書は単なる自己啓発本の紹介ではありません。アメリカという国家そのものが、いかに自己啓発思想によって形作られてきたかを、歴史的・文化的な視点から解き明かす知的冒険です。今回は、特に「自助努力」という精神がどのように生まれ、現代にまで影響を与えているのかに焦点を当ててご紹介します。
ベンジャミン・フランクリンから始まった建国の精神
アメリカの自己啓発思想を理解する上で、避けて通れない人物がベンジャミン・フランクリンです。彼は建国の父の一人として知られていますが、実は自己啓発思想の原点とも言える人物でした。
植字工から建国の父と呼ばれるまでの地位を築いたフランクリンは、自らの来歴や出世の秘訣を書いた自伝を残しました。その中で彼が示したのが、誠実に仕事に励む人の姿に立てば、生きている間に周囲を天国に変えられるという新思想でした。
この考え方は、当時のアメリカ社会に強い影響を与えました。厳格なカルヴァン主義、つまり人の運命は神が決定し天国は死後に訪れるという教えに対する、まったく新しい価値観だったのです。フランクリンが自身の経験を通じて示した自助努力による現世での成功という理念は、古今の英雄たちの出世論が自己啓発として支持されるようになり、今日に至るまで多くの読者を獲得し続ける一大ジャンルとなりました。
二つの潮流がアメリカ社会を形作った
アメリカの自己啓発思想には、大きく分けて二つの流れが存在します。本書ではこれらを自助努力系と引き寄せ系と呼んでいます。
自助努力系は、フランクリンに代表される伝統的なキリスト教の権威が失墜していく中で、誰もが存在感を奪われたニューソートの発祥した姿なのだと著者は述べています。人間の思いには大きな力があり、人は自分自身を変えることで世界を変えることができるという理念です。
一方の引き寄せ系は、人間が心の中で強く願うことはすべて実現するという引き寄せの法則の根本にあるのは、人間の思いには大きな力があり、人は自分自身を変えることで世界を変えることができるという考え方です。これもまた、ニューソートの発祥した姿なのです。
興味深いのは、これら二つの系統が対立するものではなく、むしろ補完し合う関係にあるという点です。自助努力によって行動する力と、引き寄せの法則によって思考のエネルギーを活用する。この両輪が揃って初めて、アメリカ的な成功哲学が完成するのです。
男性文化が生んだコミュニケーションの課題
本書が特に興味深いのは、自己啓発思想が男性特有のプライドの高さとコミュニケーション下手が相まって生じた文化現象だと言及している点です。
従来の立場出世や金儲けといった手法系自己啓発本に対して、男性特有のプライドの高さとコミュニケーション下手が相まって生じた文化現象だと見なされてきた大衆小説に、学術的意義を見出すことに注目してきたのです。
これは、まさに現代の中間管理職が抱える悩みと重なります。部下からの信頼を得られないと感じたり、プレゼンテーションで思うように相手に伝わらなかったりする背景には、こうした文化的な要因が影響しているのかもしれません。
自己啓発本の大半はアメリカ人作家の手によるものだと著者は指摘しています。そして、このジャンルの広がりに踏る過度に前向きなメッセージは、典型的な勤ち続けのアメリカ人ビジネスマンのイメージそのものに見えるからだろうと分析しています。
親から子への手紙が示す価値の伝承
フランクリンの精神は、世代を超えて受け継がれてきました。十九世紀になると、自助努力系とは全く異なる数多の思想が現れます。
その中でも重要なのが、ベビーブーマー世代の自己啓発思想のトレンドです。ベビーブーマーは、従来の立場出世や金儲け、競争を重んじる価値観、ひいては親世代の成功した大人像の枠にはまることを拒否しました。そして自らが中年に差し掛かるこれには、自覚の成熟に抱い、苦しく痛めた身体を治めるようになりました。
癒やし系自己啓発思想が生まれ、そこにジョギングやワーキングアウトを扱ったスポーツ系自己啓発本が盛んに出版されるようになったのはこうした背景があるのではないか、という著者の考察は出色です。
セールスマンとなり金持ちになる方法を指南する金儲け系や、年長者が若者に人生訓を授ける親から子への手紙系、暗に日々の暮らしを豊かにするための短い格言が添えられた日めくり系などが言及されています。
変化し続けるアメリカの自己啓発文化
自己啓発本はこの二つの流れに大別されるのですが、想定読者や時代性、社会情勢などによって、ここからさらに数多の亜種が生み出されてきました。
二十一世紀の資本主義経済の発展に伴って人格を拡大し、現代でもベストセラーの常連です。自己啓発はこの二つの流れに大別されるのだが、想定読者や時代性、社会情勢などによって、ここからさらに数々の変種が生み出されてきました。
金儲け系自己啓発は、年長者が若者に人生訓を授ける親から子への手紙系、暗に日々の暮らしを豊かにするための短い格言が添えられた日めくり系などが言及されていますが、中でも興味深いのは第二次大戦後のベビーブーマー世代の自己啓発思想のトレンドです。
この世界に飛び込んで優れた自己啓発本をたくさん読んだ人が、その時点で自己啓発本というものはくだらないと思い込んで敬遠してしまい、以後、二度とこの種の本に手を伸ばさなくなるということが実によくあるのです。
なぜ今、自己啓発の歴史を学ぶべきなのか
著者の尾崎は、自己啓発本に何十年もどっぷりはまっており、それゆえ自己啓発本の歴史書を作った異色の好事家なのですが、彼は本書の中で自己啓発は使いようだと繰り返し強調しています。
自己啓発の最大の敵は自己啓発であると言っても過言ではないと指摘します。トンボボな自己啓発本の存在が分厚い壁となって、優れた自己啓発本と潜在的な読者との幸福なるマリアージュを阻害しているのだからです。
だからこそ今、必要なのは、優れた自己啓発本を、それを必要とする読者に向けて紹介するためのガイドラインなのではないかと私は思っています。分断的な視差で自己啓発本のトレンドの移り変わりを見つめ、軽妙な筆致でアメリカ社会とアメリカ人の心理状況を明らかにする本書は、大いに知的好奇心を満たしてくれます。
本書を通じて、単に自己啓発本を読むだけでなく、その背景にあるアメリカの歴史や文化、そして人間の心理を理解することができます。それは、職場での部下との関係構築や、家族とのコミュニケーション改善にも、きっと役立つはずです。

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