「もっとちゃんとやれ」「マニュアル通りに動け」「余計なことをするな」。
そんな言葉をかけられながら、それでも「これは違う、もっと良い方法があるはずだ」と感じたことは、ありませんか。IT企業の現場では、セキュリティポリシー、決裁フロー、過去のシステムへの依存……。組織の「真面目なルール」が、本来やるべき変革を阻んでいるケースは少なくありません。
高任和夫氏の『仕事の流儀 28人の達人たちに訊く』には、その閉塞感を打ち破るヒントが詰まっています。本書が提示する逆説的なテーゼ、「非真面目が会社を救う場合だってある」。この言葉の意味を、達人たちのエピソードを通じてひもといていきましょう。
「真面目すぎる組織」が抱える根本的な矛盾
日本企業の強さを長年支えてきたのは、上の指示に忠実に従い、組織の規範を守り抜く「真面目さ」でした。高度経済成長期には、それが大きな武器でした。同じ方向に全員が全力で走れば、確かに前に進む。
ところが、環境が目まぐるしく変化する時代になると、この「真面目さ」が足枷になり始めます。なぜなら、真面目すぎる組織は「みんなと同じことをやる」ことに最適化されているからです。
前例のないことへの抵抗、横並び意識、空気を読んだ沈黙。IT企業の会議室でも、こうした光景は日常的に起きています。画期的なアイデアが「リスクがある」「前例がない」という理由で却下され、結局、昨年と変わらないシステム構成、変わらない提案資料、変わらない会議が続く。
本書はその硬直化した状態に対して、一つの処方箋を提示します。それが「非真面目さ」という視点です。
フェアレディZを生んだ「本社無視」の決断
本書に登場する達人の中で、この「非真面目さ」を最も劇的に体現したのが、日産自動車で活躍した片山豊です。
片山は米国市場に赴任した際、日本の本社が主導する画一的で官僚的な方針に、ある意味で正面から背いた。本社が求める「真面目なマーケット戦略」に従うのではなく、現地のアメリカ人が本当に欲しがっているものを独自に探り始めたのです。
その結果として生まれたのが、世界的な大ヒット作「フェアレディZ(Zカー)」です。
本社の意向を「非真面目」に無視し、現場の感覚と自分の直感を優先した。その判断が、日産ブランドを米国市場で確立する礎になりました。もし彼が本社の方針に忠実な「真面目な社員」であり続けていたら、Zカーは生まれなかったかもしれません。
真面目すぎる従順さが、最良の選択を封じることがある。
IT企業の現場に置き換えると、これは「本社やお客さんの言った通りにシステムを作るだけでなく、本当に必要なものを自分の目で判断する」という姿勢に重なります。
音楽家がソニーを変えた理由
もう一人、「非真面目さ」によって組織を変えた達人が、ソニーの大賀典雄です。
大賀はもともと音楽家という、エレクトロニクス企業の経営者としては「異質なバックグラウンド」を持つ人物でした。ハードウェアの技術者でも、製造業のエリートでもない。そのことが、周囲からは「真面目な経営者ではない」と見られることもあったかもしれません。
しかし、まさにその「非真面目さ」がソニーを変えた。音楽への深い愛と美意識が、CDの開発という技術と芸術の融合を生み、エンターテインメント事業の多角化という飛躍につながったのです。
従来の「真面目な経営者」の枠に収まっていたら、ソニーはエレクトロニクスメーカーのままで終わっていたかもしれません。大賀の「遊び心」という非真面目さが、組織の可能性を大きく広げたのです。
「心理的安全性」の先を行く発想
現代の経営学では「心理的安全性」という概念が重視されています。チームメンバーが安心して発言・提案できる環境のことですが、本書に登場する達人たちは、もっと先を行っていました。
彼らは環境に甘えていたのではありません。環境が整っていなくても、自分の非真面目さを武器に突き進んだ。これは「認知的多様性」と呼ばれる、組織の中に異なる思考パターンを意図的に持ち込む力と同義です。
IT部門のマネージャーとして、あなたのチームに「非真面目な人材」はいますか。会議で突拍子もないことを言う人、マニュアルを読まずに独自のやり方を試みる人。そういう人材を「問題児」として矯正しようとしていませんか。
本書の教えに従えば、そのような「非真面目さ」を持つ人材こそが、チームに新しい風を吹き込む可能性を秘めているのです。
「提案が通らない」悩みの真因を疑う
提案が通らないとき、多くのマネージャーは「論理が弱かった」「データが足りなかった」と分析します。もちろん、それは部分的には正しい。
しかし、もう一つの可能性を考えてみてください。あなたの提案は、「真面目すぎた」のかもしれません。
つまり、前例に沿った安全圏の提案になっていた。リスクを避けるために、尖った部分を削り落とし、誰にも反論されない凡庸な形に整えてしまった。その結果、「可もなく不可もない」という評価しか得られなかったということは、ないでしょうか。
片山豊がZカーを実現したのは、本社に反論されない安全な提案をしたからではありません。現地で見た確信を、たとえ批判を受けても押し通す非真面目な胆力があったからです。
尖った提案は、時として非真面目に見えるものです。
しかしその胆力こそが変革の入口になる。
そう考えると、今まで「尖りすぎ」と削り落としてきたアイデアの中に、本当の答えが眠っていたかもしれません。
家庭でも「非真面目さ」は有効だ
仕事の話ばかりではありません。この発想は家庭でも通じます。
「良い父親」であろうとするあまり、週末の過ごし方が義務化していませんか。子どもと「正しい遊び方」をしようとして、むしろ子どもが白けてしまう。妻との会話を「ちゃんとした話し合い」にしようとするあまり、かえって堅苦しくなる。
家庭においても、過度な「真面目さ」は逆効果になることがあります。休日に思いつきで遠出する、子どもに付き合ってゲームを本気でやる、妻に対していつもと違う役割を演じてみる。そういう「非真面目さ」が、家族の空気をほぐすきっかけになることは少なくありません。
本書の達人たちが仕事で体現した自由な発想と遊び心は、そのまま家庭のコミュニケーションにも応用できる智恵です。
「非真面目」を使いこなす、プロの流儀
最後に整理しておきましょう。本書が語る「非真面目さ」とは、不誠実や怠慢のことではありません。責任を投げ出すことでも、ルールをただ破ることでもない。
それは、既存の枠組みを一歩引いた目で相対化し、本当に大切なことに集中するための「水平思考」です。横から問いを立てる力、前例の外側に正解があるかもしれないと疑う力、ともいえます。
片山豊はアメリカのユーザーを「真面目に」観察したからこそ、本社の方針を「非真面目に」無視できた。大賀典雄は音楽を「真面目に」愛したからこそ、技術と芸術の融合という「非真面目な」発想ができた。
つまり、本当の「非真面目さ」の背後には、何か一つに対する深い真剣さがあります。その真剣さを持った上で、従来の枠にとらわれない。これが、本書が描く達人たちの流儀です。
高任和夫氏の『仕事の流儀 28人の達人たちに訊く』は、組織の論理に押しつぶされそうになっているすべてのビジネスパーソンに、静かな勇気を与えてくれる一冊です。あなたの中にある「非真面目さ」を、ぜひ解放してみてください。

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