あなたの仕事に「質感」はあるか?~塩田武士『存在のすべてを』が問いかけること

会議が終わった後、ふと思いませんか?「今日、自分は何をしたのだろう」と。

メールを百通さばき、オンライン会議を五つこなし、スプレッドシートを更新して、気がついたら夜の九時。確かに忙しかった。でも、残ったものが何もないような、あの奇妙な虚しさ。情報は大量に流れたのに、手に触れられるものが何一つない感覚。

塩田武士の小説『存在のすべてを』を読んで、私はまさにその感覚に名前をもらった気がしました。著者はこの時代を「質感なき時代」と呼んでいます。あらゆる情報がデジタル空間を瞬時に駆け巡り、消費され、忘れ去られていく現代のことです。そして、その時代に抗うように、一人の青年が写実画という極めてアナログな手仕事を通じて「自分がここに存在した証」を刻みつけようとする物語が、この一冊に詰め込まれています。

Amazon.co.jp: 存在のすべてを 電子書籍: 塩田 武士: Kindleストア
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1991年、神奈川で起きた「前代未聞の誘拐事件」

物語は1991年(平成3年)、バブル崩壊直後の神奈川県から始まります。同じ日に、まったく無関係の四歳の男児が二人同時に姿を消しました。一人は輸入家具会社を営む立花家の息子・敦之、もう一人は年商一千億円規模の健康食品会社を持つ木島家の孫・内藤亮です。

279名の捜査員が動員される異例の大捜査網が張られましたが、事件は警察の読みを次々と裏切っていきます。そして三年後、内藤亮だけが突然、祖父の家のインターホンを自ら鳴らして帰ってきました。

ところが、帰還した亮の様子が奇妙でした。ネグレクト状態にあったはずの子が、身なりが整い、礼儀正しく、落ち着いていたのです。誘拐された後のほうが恵まれていたのではないか……。その逆説的な疑念が物語全体を貫く謎として読者を引き込んでいきます。

30年後、「如月脩」という名の画家の登場

それから30年が経った2021年(令和3年)。当時の事件を追っていた大日新聞記者の門田は、旧知の元刑事の死を契機として、誘拐被害者・内藤亮の「現在」に辿り着きます。

驚くべきことに、亮は新進気鋭の写実画家「如月脩」として美術界で注目を集めていました。

ここから物語の重心が静かに、しかし確実に移動し始めます。謎解きから、一人の人間の存在の再構築へ。

門田の地を這うような取材が、亮の沈黙の三年間に少しずつ肉薄していくにつれ、読者は気づきます。この小説は誰が犯人かを暴く物語ではなく、「人間がいかに生きたか」を証明しようとする物語なのだと。

「水を描くなら、水を描こうとするな」という哲学

本作で最も印象に残った言葉があります。如月脩が師から学んだ、写実画の根本を説いたこの一言です。

「水を描くなら、水を描こうとするな」

写実画とは、写真のように対象を機械的に模写する技術ではありません。水面の揺らぎを光の反射として見つめ、石の存在を質感として感じ取り、それをキャンバスに一筆ずつ誠実に定着させていく行為です。対象を「水」という概念で処理した瞬間、本物の水はキャンバスから消えてしまう。だからこそ、概念ではなく「目の前にある物理的な現実」と向き合い続けることが求められます。

この哲学は、絵画論でありながら、仕事論としても深く刺さります。

私たちも日々「会議」「報告」「提案」という概念を処理しています。しかし、目の前の部下が本当は何に悩んでいるか、顧客が言葉にできない不満の正体は何か……。そういった「概念の手前にある質感」を見ようとしているでしょうか。

ジャーナリズムと写実画、二つの「実」の探求

本作の精緻な構造が際立つのは、記者・門田の取材行為と、画家・如月脩の創作行為が、まったく同じ精神の運動として描かれている点です。

門田が失われた30年の記憶を取り戻すために行う取材は、極めてアナログで身体的な作業です。関係者を一人ずつ訪ね、断られ、また訪ね、記憶の断片を丁寧に拾い集めていく。デジタルデータベースを検索して瞬時に答えを出す行為とは、正反対の時間の使い方です。

一方で如月脩もまた、モチーフを前にキャンバスに向かい、数千、数万のストロークを重ねることで「そこに確かに存在した実(じつ)」を定着させようとしています。

この二つの営みが静かに重なり合うとき、本作のテーマがくっきりと浮かび上がります。

情報を処理するのではなく、実を掴む。

それだけが、忘れ去られかけた人間の存在を甦らせる手段なのだ、と。

「質感なき時代」に生きる私たちへの問い

文芸評論家の池上冬樹氏は本作を「塩田武士の代表作」と断言し、「大事なのは存在であり、その震えをつかみ取ることが重要」と述べています。

これは小説の中だけの話ではない、と私は思います。

IT系の仕事をしていると、スピードと効率の圧力に常にさらされています。素早く情報をまとめ、短くスライドに落とし、次の会議に向かう。そのサイクルの中で、私たちは何かを失っていないでしょうか。目の前の人の「震え」を、見落としていないでしょうか。

如月脩が一枚の絵に膨大な時間を費やすように、一つの仕事に、一人の部下との対話に、じっくりと向き合う時間を持つこと。「質感なき時代」だからこそ、その姿勢が圧倒的な差を生む――本作はそのことを、ミステリの興奮と純文学の深みを同時に携えながら教えてくれます。

2024年本屋大賞3位、第9回渡辺淳一文学賞受賞。『罪の声』で社会派サスペンスの旗手として名を馳せた塩田武士が、今度は芸術という内面的な世界へと大きく跳躍した意欲作です。ぜひ手に取ってみてください。きっと、あなたの仕事観にも静かな問いを投げかけてくれるはずです。

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NR書評猫1165 塩田武士 存在のすべてを

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