「これだけ頑張っているのに、なぜ部下がついてこないのだろう……」
昇進したばかりの頃、そんな焦りを感じた経験はありませんか。誰よりも早く出社し、技術的な問題があれば率先して解決する。会議ではチームの数字を把握し、精度の高い報告をあげる。それでも部下との距離が縮まらない。1on1では話が続かず、雑談をしようとすると「業務の話ですか?」という顔をされてしまう。
実は、その頑張りそのものが問題の根本かもしれません。フードビジネスコンサルタントの大久保一彦氏は、著書『「行列のできるダントツ飲食店」の秘密』の中で、飲食業界で長らく「絶対的な正解」とされてきた「美味しければ売れる」「立地が良ければ客が来る」「安ければ勝てる」という常識を完全に否定しています。この「常識の破壊」というメッセージは、IT企業で部下との関係に悩む管理職の方にも、そのままズバリ当てはまるのです。
「頑張っているのに評価されない」の正体
IT系の管理職の方がよく陥るのが、技術力が高い人間こそリーダーとして信頼されるという思い込みです。
プレイヤーとして優秀だったからこそ管理職に昇進したわけです。コードの品質を上げ、システム障害に迅速に対応し、プロジェクトを技術面で支えてきた。その実績は本物です。しかし管理職になった途端、「自分はこれだけ技術的に優れているのだから、部下も判断を信頼してくれるはずだ」という前提が、静かに崩れ始めます。
なぜか。部下が上司に求めるものは技術力ではないからです。
世界的な調査によれば、部下が上司に最も求めることの第一位は「話をしっかり聴いてくれること」だとされています。技術的な正確さでも、問題解決の速さでもない。「自分のことを見てくれているか」「自分の意見が尊重されているか」という感情的な体験こそが、信頼の源泉なのです。どれだけ技術力が高くても、部下の言葉を受け止める姿勢がなければ、信頼という橋は架かりません。
1000店の飲食店が教えてくれた「常識の罠」
大久保氏がコンサルタントとして1000店以上の不振飲食店を指導してきた中で、繰り返し目にするパターンがあります。著者が「バタ貧」と呼ぶ状態です。
店主は毎日休みなく働き、メニューを増やし、価格を下げ、営業時間を延ばす。それでも客が来ない。その根本にあるのは、「美味しいものを作れば売れる」という根拠なき確信です。著者はこの思い込みを、丁寧に、そして鋭く解体していきます。
著者はこう断言します。
平均点的な飲食店は必ず淘汰される
これは飲食店に限った話でしょうか。「しっかり仕事をすれば評価される」「役職があれば部下は従ってくれる」「長時間働けば信頼される」。こうした発想そのものが疲弊を生み出しているとしたら、どうでしょう。頑張ること自体は大切です。しかし、「何を」頑張るかを間違えると、バタバタ忙しいだけで成果が出ない状態に陥ってしまいます。
「立地が悪い」という弱みを武器に変える発想
本書の最も衝撃的な主張のひとつが、立地の悪さを逆手に取る発想です。
交通の不便な場所にあえて店を出すことで、「わざわざそこまで足を運ぶ」という行為自体が顧客にとっての特別な体験になる。その困難な道のりを乗り越えてきた達成感が、料理の味を何倍にも引き上げる。著者が提示するのは、弱みをオンリーワンの強みに転換するという、発想の根本的な転換です。
これをチームマネジメントに当てはめてみましょう。「自分は口下手で、部下に思いをうまく伝えられない」という弱みを抱えている管理職の方がいるとします。しかし口下手であるということは、余計なことを言わないという強みでもあります。多くを語らず部下の話をじっくり聴く姿勢は、「この人は自分の言葉をちゃんと受け止めてくれる」という信頼感を自然に生み出します。
弱みは視点を変えると武器になるのです。
「声が小さい」と指摘されることも同様です。静かな声でゆっくり話す上司は、部下に「この人は落ち着いている」「丁寧に話を聴いてもらえる」という安心感を与えることがあります。弱みだと思い込んでいた部分が、チームの雰囲気を穏やかにする個性に変わる瞬間があるのです。
「安ければ勝てる」という消耗戦から降りる
価格競争は、飲食業界を疲弊させてきた最大の元凶のひとつです。他の店が値を下げれば自分も下げる。その競争に参加した時点で、利益も体力も削れていく一方となります。
IT現場にも同じ構造があります。「他のチームより早く仕上げなければ」「他の管理職より多くの成果を出さなければ」という競争意識の中で、チーム全体が消耗していく。その結果、部下は疲れ果て、信頼関係どころかコミュニケーション不全が起きてしまう。これはまさに「バタ貧」の職場版です。
大久保氏が繰り返し説くのは、同質化競争から降りる勇気です。価格で競うのではなく、他の店にはない感動の体験を設計することが繁盛店への道だと言います。管理職として言い換えるなら、「他の上司と同じことをやらない」という選択が、あなた独自のチームカラーをつくり出します。毎週の定例会議をやめ、代わりに個別の雑談時間をつくる。資料を減らし、対話を増やす。そういった小さな逆張りが、チームの空気を変えていくのです。
「常識を疑う」ことが家族関係も変える
この発想の転換は、職場だけでなく家庭にも応用できます。
「忙しくても休日に家族と過ごせば十分だ」「誕生日にプレゼントを贈れば喜ばれるはずだ」。そうした思い込みを、一度丁寧に疑ってみることが大切です。妻や子どもが本当に求めているのは、時間の量よりも「自分のことを見てくれている」という実感かもしれない。夕食後の15分、スマホを置いてただ話を聴く。それだけで関係は変わり始めることがあります。
思い込みを手放すことが最初の一歩です。
在宅勤務が増えた今、家族との物理的な距離は縮まっているはずなのに、かえってすれ違いが増えたと感じる方は少なくありません。それは「一緒にいる=関係が良い」という常識を疑えていないからかもしれません。飲食店の常識を壊した大久保氏の発想は、家庭という身近な場所にも静かに光を当ててくれます。
ダントツのオンリーワンになるための三つの問い
大久保氏の本が1000店の飲食店を蘇らせてきた背景には、経営者自身に発想の転換を迫る力強さがあります。その核心を、管理職向けの問いに変換してみましょう。
「あなたのチームにしかできないことは何か」、「部下が自然と動きたくなる環境は何か」、そして「競争するのではなく、比べられないリーダーになるには何が必要か」という三つです。
技術力でも役職でも残業時間でもなく、「このチームにいたい」「この人と仕事をしたい」と思わせる独自の存在感。それがダントツのオンリーワンなリーダーの姿です。大久保氏が飲食店に送り続けたメッセージは、この時代のIT管理職にこそ、鋭く刺さるものがあるのではないでしょうか。
「美味しければ売れる」という常識を疑った飲食店経営者たちが、行列をつくる店へと生まれ変わったように、「頑張れば信頼される」という思い込みを手放したとき、あなたのチームと家族との関係は、きっと新しいステージへと進んでいくはずです。ぜひ本書を手に取り、その第一歩を踏み出してみてください。

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