「うちの会社(部署)の強みって、何だろう」
「他と何が違うのか、うまく説明できない」
「認知はされているのに、なぜか選んでもらえない……」
こんな悩みを感じたことはありませんか。良い仕事をしていても、外に伝わらなければ評価されません。どこにでもある「普通の存在」では、競争の中で埋もれてしまいます。しかしだからといって、大きな広告費をかけたり、派手なブランド戦略を打ったりできるわけでもない。
2025年にかんき出版から刊行された小田島春樹氏の著書「仕事を減らせ。限られた人・モノ・金・時間を最大化する戦略書」には、資金も人脈も少ない地方の小さな食堂が、国内外のメディアから注目を集めるまでになった「ポジショニング戦略」が紹介されています。
著者が使ったのは「西のゑびや」という一言でした。旅館DXで広く知られる「陣屋」を東の横綱に見立て、自らを「西のゑびや」と名乗ることで、比較の文脈に乗ったのです。この戦略の本質を理解すれば、あなたの職場や仕事にも応用できるはずです。
1. 「ポジショニング」とは何か、なぜ必要なのか
ポジショニングとは、市場や業界の中で自分がどこに立つかを明確にすることです。「何者であるか」を相手に伝えるための座標のようなものだと思ってください。
なぜこれが重要なのでしょうか。人は何かを判断するとき、必ず「比較」します。飲食店を選ぶとき、転職先を選ぶとき、商品を購入するとき――無意識のうちに何かと比べながら意思決定しています。ということは、比べる基準の中に入ることができれば、選ばれる可能性が生まれる。逆に比較の文脈に乗れなければ、そもそも検討の候補にすら入らないのです。
「うちは他とは違う独自の存在だ」と主張したくなる気持ちはよくわかります。しかし、独自すぎると人は「何をしている会社なのかわからない」と感じてしまいます。わかりやすい比較対象があることで、はじめて「ああ、あの陣屋みたいなところの関西版か」と理解されるのです。
2. 「西のゑびや」戦略の発想とその効果
著者がこの戦略を思いついたのは、ゑびやと陣屋がよく比較されて紹介されるようになった流れを観察したことがきっかけでした。陣屋は神奈川県の旅館で、独自開発したシステムで業務改革を成し遂げ、旅館DXの先駆者として広く知られていました。
そこで著者は、陣屋を「東の横綱」と位置づけ、ゑびやを「西のゑびや」として打ち出すことにしました。業種は異なります。旅館と食堂では規模も業態も違います。しかし「地方の老舗をDXで再生させた」という文脈では共鳴するものがある。この共鳴点を軸にしたことで、「陣屋を知っているなら、ゑびやも知っておくべきだ」という文脈が生まれたのです。
結果として、国内外のメディアがゑびやを取り上げるようになり、マイクロソフトの「地方DX成功事例」として世界に発信される機会にもつながりました。小さな食堂が世界的な注目を集めた背景には、こうした意図的なポジショニングがあったのです。
3. ベンチマークは「敵」ではなく「梯子」
この戦略の面白いところは、陣屋を競合として戦おうとしているわけではない点です。陣屋を「梯子」として使い、その知名度に乗ることで自分たちの認知を広げる発想です。
一般的に「ベンチマーク(比較対象)」というと、打ち倒すべき競合を思い浮かべます。しかし著者の発想は逆です。先行する成功モデルの存在を認め、それとの関係性を明確にすることで、業界全体の文脈に乗る。これは「勝つ」戦略ではなく「連想される」戦略です。
スタートアップの世界でよく使われる言い方に「〇〇のUber版」「〇〇のAirbnb版」という表現があります。これも同じ発想です。すでに知られている存在との類比を使うことで、説明コストを大幅に下げながら、自分たちが何者であるかを伝える。著者はそれを「西のゑびや」という五文字で見事にやってのけたのです。
4. 管理職・ビジネスパーソンへの応用――「連想される存在」になる
この発想は、個人やチームのブランディングにもそのまま応用できます。
たとえば、社内で「〇〇といえばあの人」という連想を作ることを考えてみてください。「データ分析といえばAさん」「顧客対応の改善といえばBチーム」――こうした連想があると、プロジェクトのアサインや相談の声かけが自然に集まるようになります。これは広い意味でのポジショニングです。
では「連想される存在」になるにはどうすればいいのか。まず大切なのは、分野を絞ることです。何でもできますアピールは、結果的に何でも屋という印象を与えます。「この分野ではあの人に聞く」と思わせるには、一点突破の印象を作る期間が必要です。
次に有効なのは、既知の存在との関連づけです。「〇〇のアプローチを、うちの業界に応用したのがこれです」という語り方は、理解されやすく、記憶に残りやすい。まったく新しいものを売ろうとするより、知っているものとの接点を示す方が、人の心には届きやすいのです。
5. 「小さいから埋もれる」は思い込みかもしれない
多くの人が「うちは小さいから認知を広げるのは難しい」と感じています。しかし本書が示すのは、規模の小ささは必ずしもハンデではないという事実です。
ゑびやは三重県伊勢市の、従業員40名ほどの食堂です。資本力も知名度も、大手チェーンには及びません。それでも「西のゑびや」というポジショニングと、データ活用の実績が組み合わさることで、世界的な注目を集めました。
小さい組織は、大きな組織にはできない素早さと柔軟さがあります。意思決定が速く、実験しやすく、一つの成功事例をそのままストーリーとして語れる。著者が「地方の小さな食堂」であることを隠さず、むしろ前面に出したことも、ゑびやの物語を魅力的にしている要素の一つです。
小さいから目立てないのではありません。
小さいからこそ尖れる。
この発想の転換が、ポジショニング戦略の出発点になります。
6. 「比べられること」を恐れない――それが選ばれる第一歩
著者がやったことは、「比べられる存在になること」を自ら選んだことです。多くの組織は「他と比べないでほしい」「うちには独自の価値がある」と言いたがります。しかしそれは、比較の文脈から外れることを意味します。
人は比べながら選ぶ。その事実を受け入れ、自分にとって有利な比較の文脈に積極的に乗ること。これが著者の戦略の本質です。陣屋との比較に乗ることで、ゑびやは「DXで地方の老舗を再生した事例」というカテゴリーに確かに位置づけられました。
あなた自身やあなたのチームにとって、「あの〇〇と似ているけれど、こういう点が違う」という比較の文脈はどこにあるでしょうか。その文脈を見つけ、意識的に乗っていくことが、埋もれずに選ばれるための最初の一歩になります。
本書には、資金も人脈も乏しい中から知恵と戦略で突破口を開いた実例が随所に詰まっています。ぜひ手に取って、あなた自身の「西のゑびや」を探してみてください。

コメント