「犯人は誰か」より大事なこと~塩田武士『存在のすべてを』が描くジャンルの跳躍

「あの部下、なぜこんなミスをしたんだろう」。

会議室で腕を組み、原因追及に時間を費やした経験、誰しもあるはずです。でも、そのとき頭の中にあるのは「何が起きたか」という事実の解明だけで、「その人がいまどんな状況にあるか」という問いは、後回しになっていませんか。

塩田武士の小説『存在のすべてを』は、まさにその問いを正面から突き返してくる作品です。本作は、二人の幼い子供が同時に姿を消すという衝撃的な誘拐事件から始まる、緊迫感あふれるサスペンスとして幕を開けます。ところが読み進めるうちに、物語はまったく別の顔を見せ始めます。「犯人は誰か」という謎解きの物語が、いつの間にか「ある一人の青年がいかに生きたか」という、深く重厚な人間ドラマへと変貌を遂げていくのです。このダイナミックな転換の構造こそが、本作を単なるミステリ小説の枠を超えた、稀有な文学体験にしています。

Amazon.co.jp: 存在のすべてを 電子書籍: 塩田 武士: Kindleストア
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緊迫の社会派ミステリとして幕を開ける

1991年(平成3年)、神奈川県で前代未聞の事件が起きます。まったく無関係の四歳の男児が二人、同日に姿を消したのです。神奈川県警は279名もの捜査員を動員し、大規模な捜査網を張り巡らせます。

犯人が要求した身代金は、立花家へ2千万円、木島家へ1億円。しかし、輸入家具会社を経営する立花家は資金繰りに苦しみ、用意できたのは5百万円が限界でした。一方の木島家は年商1千億円規模の健康食品会社を率いる資産家です。その圧倒的な格差を前に、警察内部の捜査は「立花の男児は囮、木島の男児が本命」という見立てで先行し、翻弄されていきます。

この序盤の展開は、骨太の警察小説として一級品です。捜査員たちの焦燥と組織のバイアス、マスコミの圧力、被害家族の葛藤……。それらが緻密に絡み合い、ページをめくる手が止まりません。奥田英朗作品を彷彿とさせる、重量感のある社会派サスペンスとして、物語は力強く走り出します。

「空白の3年」が残した奇妙な謎

事件は警察の想定を裏切る展開を辿ります。木島家の孫・内藤亮が誘拐から3年後、突然祖父の家のインターホンを自ら鳴らして帰還してきたのです。しかも亮は、その「空白の3年」について固く口を閉ざしたまま、一切を語ろうとしませんでした。

ここで読者に提示される、本作最初の逆説があります。

帰ってきた亮の様子が、誘拐前とまったく違っていたのです。誘拐前の亮は家庭内でネグレクト状態にありました。ところが帰還後の亮は、身なりが整い、礼儀正しく、落ち着いた少年になっていた。つまり、誘拐されていた間のほうが、はるかに恵まれた環境にいたのではないかという、逆説的な疑念が浮かび上がります。

この謎が、30年後の物語を動かす起爆剤になります。

30年後、記者の取材が向かった先

2021年(令和3年)。当時事件を追っていた大日新聞記者の門田は、旧知の元刑事の死を契機として、被害者・内藤亮の現在に辿り着きます。驚くべきことに亮は、新進気鋭の写実画家「如月脩」として美術界で脚光を浴びていました。

門田が再取材を始めたとき、彼の目的はあくまで「事件の真相解明」のはずでした。なぜ二人の子供が同時に誘拐されたのか。犯人の正体は何者か。30年前の謎に決着をつけること。

ところが、取材が進むにつれて、物語の重心が静かにずれ始めます。

門田の問いはいつしか変化していきます。「犯人は誰か」から「亮はどう生きたか」へ。事件の解明ではなく、一人の人間の内面史の再構築へと、取材の軸が移っていくのです。

ミステリから芸術家小説へ――予測を裏切る構造の転換

本作の最大の特徴であり、読者の意見が割れる最大の理由でもあるのが、この中盤以降のジャンルの転換です。

事件を追うサスペンスとして読み始めた読者は、物語が進むにつれて別の景色の中にいることに気づきます。亮が写実画に向き合う姿、彼を庇護した写実画家夫妻との交流、幼馴染の土屋里穂との秘められた感情の交歓……。緊迫したサスペンスのトーンが後退し、代わりに静謐で叙情的な人間ドラマが前景に出てきます。

Amazonのレビューには「ミステリとして期待していたのに」という声も見られます。社会派の骨太なサスペンスとして読み始めた読者にとって、この転換は肩透かしに感じられることもあるのです。

しかし、文芸評論家の池上冬樹氏はこの転換を真逆の視点で評価しています。事件が前景から後景へ退いているのは失敗ではなく、必然だ、と。事件という異常事態を生き抜いた人間の真実に到達するには、犯人の特定という因果律だけでは届かない。傷ついた個人の存在そのものを描くことでしか、辿り着けない場所があるというわけです。

『罪の声』との比較で見える、著者の意識的な選択

塩田武士の前作『罪の声』は、実際に起きた未解決事件をモチーフにした、正真正銘の社会派ミステリです。あの作品では、テーラーの曽根と記者の阿久津が、国内外を走り回って犯行グループの全貌を解明しようとしました。物語の最大の焦点は「事件そのもの」であり、社会の巨悪を暴くことへの強い使命感がありました。

本作『存在のすべてを』は、同じ構造を持ちながら、著者が意図的に別の方向へハンドルを切っています。

門田の再取材は、犯人の特定よりも亮の内面史に向かいます。事件の解明よりも、事件を生き抜いた人間の「存在の再構築」に向かう。社会のシステムの欠陥を告発することよりも、傷ついた個人の魂の回復を描くことを選んでいる。

これは著者の力量不足ではなく、成熟した作家の意識的な決断です。マクロな社会正義の追求よりも、傷ついた一個人の存在の肯定こそが、今の時代に描くべき真実だという判断があるのでしょう。

謎解きより「なぜその人がそうなったか」を問うことの力

本作を読み終えて、私は自分の仕事を振り返りました。

部下が期待通りに動かないとき、私たちはすぐ「なぜミスをしたのか」「なぜ報告が遅れたのか」という原因究明に向かいます。これは当然の管理行動です。でも、その先にある「その人がいまどんな状況にいるか」「何が彼または彼女をそうさせているか」という問いを、私たちはどれだけ真剣に考えているでしょうか。

門田が30年後に改めて取材を始め、被害者・亮の軌跡を丁寧に辿っていくプロセスは、まさにこの問いの実践です。事件という「結果」だけを処理するのではなく、その人間の「存在の歴史」にじっくりと向き合うこと。そこから初めて見えてくるものがある。

サスペンスとしての期待を裏切ることで、本作はより大きな何かを差し出しています。

犯人よりも、その人がどう生きたかを問うこと。

その深さを、本作は読者に突きつけてきます。

2024年本屋大賞3位、第9回渡辺淳一文学賞受賞。緊張感のある導入から始まり、読む者の予測を鮮やかに裏切りながら、最後には人間の「生きてきた凄み」へとたどり着く。そのダイナミックな旅路を、ぜひあなた自身で体験してみてください。

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NR書評猫1165 塩田武士 存在のすべてを

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