あなたは毎日、自由に移動できていますか?そう問われて即座に「はい」と答えられる人は、実は恵まれた立場にいるのかもしれません。伊藤将人氏の『移動と階級』は、私たちが当たり前だと思っている「移動」が、実は大きな格差を生み出す要因になっていると指摘する衝撃的な一冊です。通勤、出張、学び、そして家族との時間。これら全てに関わる移動の自由度が、あなたのキャリアや人生の選択肢を大きく左右しているとしたら?本書は、その隠れた格差構造を明らかにし、私たちに新たな視点を与えてくれます。
移動は当たり前ではない
本書の冒頭で著者が強調するのは、移動は当たり前ではなく格差であるという事実です。私たちは通勤や出張、旅行を「個人の選択」だと思いがちですが、実際には経済力や家庭状況、地理的条件といった社会的制約が移動可能性を決めています。
伊藤氏の全国調査によれば、国民の約半数が自由に移動できないと感じており、3人に1人が他人の移動を羨ましいと答えています。これは単なる感情の問題ではありません。移動は仕事、学び、余暇など生活のあらゆる場面に関わる基盤であり、その機会に個人差があることは、人生の選択肢そのものに差が生まれることを意味します。
あなたが東京での会議に気軽に参加できるのは、時間的余裕と経済的余裕があるからです。一方で、地方在住で車の維持費に苦しむ人や、育児で時間的制約のある人は、同じ機会を得ることができません。この違いが、キャリアの分岐点となっているのです。
移動を資本として見る新しい視点
本書の最も革新的な点は、移動力を一種の資本として捉えている点です。移動の手段を手に入れるには、金銭・技能・ネットワークという資源が必要だと著者は指摘します。
この視点は、なぜ富裕層がさらに成功しやすく、貧困層が選択肢を失いやすいのかを明瞭に説明してくれます。豊かな資源を持つ人は、移動を拡大装置として活用できます。東京での会議、海外出張、セミナー参加といった機会を通じて、新たな人脈を築き、情報を得て、さらなるチャンスをつかむのです。
一方、低所得層は動けなさがさらに選択肢を狭める負のスパイラルに陥ります。公共交通が乏しい地方では車が必須ですが、その維持費が家計を圧迫します。結果として、就職活動や転職、学びの機会から遠ざかり、社会階層が固定化されていくのです。
リモートワークがもたらした新たな分断
新型コロナ禍を経て普及したリモートワーク。場所に縛られない働き方を実現し、ポジティブな影響をもたらした一方で、その恩恵は決して平等には分配されていません。
高度なテレワーク環境を利用できる高年収のIT技術者や専門職は、移動の自由度をさらに高めました。都心の高い家賃を払う必要がなくなり、地方や郊外に移住しながら都心の仕事を続けられます。週末には観光地で過ごし、必要な時だけ東京に出張する。こうしたライフスタイルは、移動資本を持つ者にとって理想的な選択肢となりました。
しかし、製造業や接客業など現場での労働が必須の職種では、リモートワークの恩恵を受けることができません。むしろ、通勤という移動が義務として残り続けています。さらに言えば、テレワークができる職種であっても、家庭に仕事スペースがない人や、育児や介護で時間的制約がある人は、その恩恵を十分に享受できていません。
移動格差が再生産する社会階層
本書が示す最も衝撃的なデータは、移動可能性の差が起業、学歴、子育てといった人生の節目にも連鎖し、格差を再生産しているという事実です。
例えば、起業を考えた時、首都圏在住者は多様なネットワークイベントやセミナーに参加でき、投資家との接点も持ちやすい環境にあります。一方、地方在住者はそうした機会へのアクセスが限られ、起業のハードルが高くなります。
教育分野でも同様です。都市部の子どもは塾や習い事、体験学習の機会に恵まれていますが、地方では選択肢が限られます。親の経済力が子どもの移動機会を左右し、それが教育格差につながり、次世代の社会階層まで固定化していくのです。
40代の管理職であるみなさんにとって、これは他人事ではありません。あなた自身のキャリアも、そして子どもたちの未来も、移動の自由度に大きく影響を受けているのです。
見えない階級としての移動格差
著者が本書で提起する重要な論点の一つが、移動格差が見えない階級として機能しているという指摘です。収入や学歴といった従来の階層指標とは異なり、移動の自由度は目に見えにくく、本人さえ気づかないうちに人生の選択肢を制限しています。
地方へ転勤した際に車がないと生活が成り立たないという現実を痛感したという書評者の声があります。これは移動が個人の努力ではなく、条件と環境に左右されるという冷静な事実を示しています。
職場でも同様です。出張が多いポジションは、家庭の事情で移動が制約される人には選択できません。結果として、キャリアパスに見えない制限がかかり、昇進や成長の機会が限られてしまいます。管理職として部下のキャリア支援を考える際、この移動格差の視点を持つことは極めて重要です。
ジェンダーと移動の不平等
本書では、移動をめぐる格差がジェンダーとも深く結びついていることが指摘されています。女性は家事や育児の負担により、移動の自由度が男性に比べて低い傾向があります。
出張や転勤を伴うポジションは、家庭責任を担う女性にとってハードルが高く、結果としてキャリアの天井が形成されます。リモートワークの普及は一部でこの問題を緩和しましたが、前述の通りその恩恵は均等ではありません。
管理職として、チームメンバーの移動制約を理解し、多様な働き方を支援することが求められます。移動が必須ではない業務設計や、オンライン会議の活用など、移動格差を縮小する取り組みが、組織の公平性とパフォーマンス向上につながるのです。
移動格差を解消するための方策
本書が優れているのは、問題提起にとどまらず、具体的な解決策を提示している点です。著者は移動格差を解消するための5つの視点を示しています。
まず、移動の機会を制度的に保障する公共交通の再構築です。地方での移動手段の確保は、単なる利便性の問題ではなく、社会的公正の問題として捉えるべきだと著者は主張します。
次に、情報やネットワークへのアクセス保障です。物理的な移動だけでなく、オンラインでの情報やつながりにアクセスできる環境を整備することで、移動制約がある人にも機会を開くことができます。
さらに、教育や雇用分野での移動支援策の拡充も重要です。企業としては、出張費用の補助や柔軟な勤務体制の導入が考えられます。管理職として、部下の移動制約を理解し、個別の支援を行うことが求められます。
私たちに何ができるか
本書を読んで気づかされるのは、移動格差は遠い社会問題ではなく、私たち一人ひとりの日常に深く関わっているということです。
まず、自分自身の移動の自由度を客観的に見つめ直すことから始めましょう。あなたが享受している移動機会は、決して当たり前ではありません。その自覚を持つことで、より公平な組織づくりや社会づくりに貢献できます。
管理職として、チームメンバーの移動制約に配慮した業務設計を心がけましょう。出張や対面会議を減らし、オンラインツールを活用することで、多様な背景を持つメンバーが活躍できる環境が整います。
家庭では、パートナーや子どもたちとの移動機会を意識的に確保することも大切です。週末の小旅行や、子どもの習い事への送迎は、単なる移動ではなく、家族の成長と絆を育む貴重な機会なのです。
新たな視点で社会を見つめ直す
伊藤将人氏の『移動と階級』は、私たちに新たな視点を提供してくれる貴重な一冊です。移動という日常的な行為の背後に隠れた格差構造を明らかにし、それが社会階層の固定化につながっていることを示しています。
40代のIT中間管理職として、あなたは比較的恵まれた移動環境にあるかもしれません。しかし、その立場だからこそ、見えない格差に気づき、行動を起こす責任があります。
本書が示す移動格差の視点を持つことで、組織運営や部下育成、そして家族との関わり方に新たな気づきが生まれるはずです。移動の自由を誰もが享受できる社会を目指して、私たち一人ひとりができることから始めていきましょう。

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