「会議で言っても伝わらない」のは当然だった——2008年に予言された、複数の接点をつなぐコミュニケーションの法則

会議で丁寧に説明したはずなのに、翌日には部下が全然動いていない。メールで指示を送ったのに、読んでいないようだ。プレゼンで渾身の提案をしたのに、上司の反応が薄い。

「一度言ったのに、なぜ伝わらないんだろう」と、毎日のようにため息をついている方はいませんか。

じつは、これは「言い方が悪い」とか「部下の理解力が足りない」とかいう問題ではないかもしれません。現代のコミュニケーションには、一つの場所で一度だけ情報を届けても機能しない、という構造的な理由があるのです。

この記事では、元電通のCMプランナー・佐藤尚之氏の著書『明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法』が2008年という早い時点で見抜いていた「複数の接点をつなぐ設計の重要性」を軸に、現代のビジネスパーソンが職場でも家庭でも使えるコミュニケーションの考え方をお伝えします。

明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法 (アスキー新書)
消費者が一番信用するメディアは消費者自身。そんなイマドキの消費者とどうやってコミュニケーションすればいい? 「あの」広告を手掛けた辣腕現役クリエイティブ・ディレクターが語る、広告とコミュニケーション・デザインの話。

なぜ「一回の会議」では人は動かないのか

少し立ち止まって、自分自身のことを考えてみてください。あなたが何か新しい商品を買うとき、どんなプロセスをたどりますか。テレビのCMを一度見ただけで、すぐに購入を決める――そんなことは、ほとんどないはずです。

CMを見て「ちょっと気になる」と思い、後日インターネットで検索して口コミを調べ、職場の同僚が使っているのを見て、ようやく「よし、買ってみよう」と決める。そういうプロセスをたどるのが、現代の人間の自然な行動です。

佐藤氏は本書の中で、この変化を2008年という早い段階で鮮やかに描いています。インターネットが普及したことで、消費者は企業からの情報をただ受け取るだけでなく、自分でも調べ、人に聞き、複数の経路を経て初めて判断を下すようになった――そう指摘したのです。

これは、職場でも家庭でも、まったく同じことが起きています。

部下は、あなたが会議で言ったことをそのまま信じて行動しているわけではありません。その後、同僚と話して確認し、過去の経験と照らし合わせ、自分なりに腑に落ちたとき初めて動きます。一度の場で完結しない――これが、現代のコミュニケーションの大前提なのです。

2008年に見抜かれていた「複数接点の設計」という思想

本書が出版されたのは2008年。当時はまだ、スマートフォンが一般に普及しておらず、SNSも今ほど日常的なものではありませんでした。それにもかかわらず、著者はすでにこう説いていました。テレビ、新聞、店頭、インターネット、それぞれのメディアが独立して機能する時代は終わった。消費者は複数の場所をシームレスに行き来しながら情報を受け取っている。だから、企業は「一つの媒体で告知すれば届く」という前提を捨てなければならない、と。

これは現在「オムニチャネル戦略」と呼ばれる考え方そのものです。「オムニ」とはラテン語で「すべて」を意味し、あらゆる接点を一貫した体験として設計するアプローチのことです。

当時の広告業界がまだマスメディアの力を信じていたころに、この洞察を体系的に言語化していた点が、本書が十数年後の今もビジネスの現場で読み継がれている理由です。テクノロジーの表面的な変化に流されず、人間の情報処理の本質を見据えたからこそ、時代を越えて通用する内容になっているのです。

職場への応用――「一回の指示」から「接点の設計」へ

この考え方を職場に持ち込むと、マネジメントのアプローチが根本から変わります。

たとえば、新しい業務フローを部下に定着させたいとき。会議で説明しただけでは、なかなか浸透しません。それは部下が「聞いていなかった」からではなく、一つの接点だけでは人は動かないという、情報処理の構造的な特性によるものです。

では、どうすればいいか。会議で話したことを、後でメールでも簡潔にまとめて送る。翌日の朝礼でもう一度、短く触れる。実際に仕事で使う場面が来たとき、隣で一緒に確認する。こうして複数の接点を設計することで、情報は初めて「自分ごと」として受け取られるようになります。

これは「しつこい」ことではありません。人間の記憶や行動が、複数回の接触を経て変容するという仕組みに沿っているだけです。マーケティングの世界では、消費者が商品を認識してから購入に至るまでに、平均で7回以上の接触が必要だという考え方もあります。部下へのコミュニケーションも、根本的には同じ原理で動いているのです。

プレゼンに「前後の接点」を意識する

会議でのプレゼンに存在感を感じられない、提案が通りにくいと悩んでいる方にも、この「接点の設計」という視点は有効です。

多くの人は、プレゼン本番に全力を注ぎます。資料を磨き込み、言葉を選び、本番で最高のパフォーマンスを出そうとする。しかし、本書の思想から言えば、プレゼンはその場だけで完結するものではありません。

本番の前に、小さな接点を作ることが重要です。

廊下ですれ違ったときに「来週の提案、こういう方向性で考えているんですが」と一言触れておく。事前に関係者のひとりに資料の骨子を見せて感触を聞いておく。こうして「前置き」の接点を作っておくだけで、当日の提案が相手にとって「初めて聞く話」ではなくなります。聞く側の心理的な壁が下がり、内容が受け入れられやすくなるのです。

そして本番が終わった後も、接点は続けるのが効果的です。「先日ご提案した件、その後いかがでしょうか」と一言確認する。関連するニュースがあればそっと共有する。プレゼンという「点」を、前後の関係性をつなぐ「線」に変えることで、提案の通りやすさは着実に上がっていきます。

声の小ささをカバーする「接点の多様化」

会議で声が小さいと指摘されることが多い、という悩みを抱えている方に、もう一つの視点をお伝えしたいと思います。

「声を大きくする」という解決策はもちろん有効ですが、本書の思想を借りれば、もう一つの手があります。それは、声以外の接点で存在感を高めることです。

会議の前に議題や資料を事前に共有しておく。会議中の発言は短くシンプルにまとめ、終わった後にメールで補足する。チームの会話ツール上でも、自分の考えを適切に発信しておく。声の大きさという一つの接点にこだわるのではなく、複数の場で自分の考えを届けることで、「この人はいつも的確なことを言っている」という印象が自然に形成されていきます。

存在感とは、一度の場で爆発させるものではなく、複数の接点にわたって積み重ねるものです。本書が2008年に広告の世界で言いたかったことは、まさにここにあります。

「バイブル」と呼ばれ続ける本の、本当の価値

本書が出版されてから17年が経ちます。その間、テクノロジーは激変しました。スマートフォンが普及し、SNSが日常に溶け込み、動画コンテンツが情報の中心になり、今では生成AIが人々の情報との向き合い方を変え始めています。

それでも本書がマーケターや経営者の「必読書」であり続けるのは、テクノロジーの変化を超えた普遍的な原理を書いているからです。人間が複数の接点を経て物事を判断するという事実は、SNSが何に変わっても変わりません。

「一度伝えれば動くはず」という前提を手放し、「どのような接点の組み合わせで届けるか」という設計思想に切り替えること。この転換が、現代の職場コミュニケーションを根本的に改善する鍵になります。

難しい理論書ではありません。語り口は親しみやすく、事例は具体的で、読み終えたその日から職場で試せる考え方が詰まっています。部下との関係に悩むすべてのビジネスパーソンに、ぜひ手に取ってほしい一冊です。

明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法 (アスキー新書)
消費者が一番信用するメディアは消費者自身。そんなイマドキの消費者とどうやってコミュニケーションすればいい? 「あの」広告を手掛けた辣腕現役クリエイティブ・ディレクターが語る、広告とコミュニケーション・デザインの話。

NR書評猫1214 佐藤尚之 明日の広告

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