「お金がないからできない」に終止符を――小田島春樹『仕事を減らせ。』が証明した泥臭い投資の作り方

「DXに取り組みたいけれど、予算がない」。この一言で、変革の芽が摘まれてしまう場面は、どんな組織にも存在します。新しいシステムを導入するにも、ツールを試すにも、まず予算を確保しなければならない。しかし稟議は通らず、上司の理解も得られず、結局また来年に先送り……。そんな経験をしたことのある方は、決して少なくないはずです。

三重県伊勢市の老舗食堂「ゑびや」を売上12倍・利益80倍へと成長させた小田島春樹氏の著書『仕事を減らせ。限られた「人・モノ・金・時間」を最大化する戦略書』には、この問いへの痛快な答えが記されています。初期投資の資金がなかった著者は、どうしたか。屋台を手作りして、アワビ串を売り始めたのです。

仕事を減らせ。 限られた「人・モノ・金・時間」を最大化する戦略書
世界、国内から注目が集まる、創業150年、地方の老舗食堂。さらに、10年あまりで という奇跡のV字再生をたどっている。もともとは――。伊勢神宮近くにある「ゑびや大食堂」どこにでもある家族経営の観光地の昔ながらの定食屋だった。紙の食券、経年劣...

1. 「予算がない」は終わりではなく、始まりだった

2012年、著者がゑびやに入社したとき、経営状態は決して盤石ではありませんでした。売上は低迷し、利益は薄く、DXに投資する余裕など到底ありませんでした。しかし著者には、デジタル化によって業務を変革しなければ未来はないという確信がありました。

多くの人がここで立ち止まります。「予算がなければ始められない」という前提を疑わずに受け入れ、環境が整うのを待ち続ける。しかし著者は別の問いを立てました。「予算がないなら、自分で作ればいい」と。

この発想の転換がすべての始まりでした。「ない」を前提にするのではなく、「どうやって作るか」を考え始めたとき、道は開けます。 著者の行動はその証明です。

2. アワビ串で2500万円を稼ぎ出した経営者

著者がまず必要としたのは、POSレジ導入のための資金でした。POSレジがあれば、売上データを自動で記録・集計でき、これまで毎日手作業で行っていた食券の集計や台帳記入が不要になります。DXの第一歩として、これほど具体的な効果が見込める投資はありません。

しかし資金がない。そこで著者がとった行動は、屋台を手作りすることでした。伊勢神宮の近くという立地を活かし、観光客に向けてアワビ串を販売する屋台を自ら作り、販売を始めたのです。その売上を地道に積み上げ、最終的に2500万円という資金を手元に作り上げました。

この話が多くの読者の心を揺さぶるのは、方法の泥臭さにあります。IT化を夢見た経営者が、まず手を動かしたのはデジタルの世界ではなく、炭火でアワビを焼く屋台でした。理想へのルートは、いつも思い通りの形をしていないものです。 しかしどんな道であれ、歩き始めた者だけが目的地に近づけます。

3. 「本業外」の稼ぎが本業を変えた逆説

アワビ串の屋台は、ゑびやの本業である食堂とは直接関係のない事業です。しかしその「本業外」の小さな挑戦が、本業を根本から変えるDXの原資になりました。

この逆説には、重要な示唆があります。新しいことを始めるためのリソースを、既存の仕組みの中だけに求めていては、変化は生まれにくい。時には既存の枠の外に出て、小さな別の収益源を作ることが、大きな変革への入り口になることがある。著者のアワビ串はその象徴です。

著者は本書の中で、こうした補助的な事業を「踏み台」と位置づけています。踏み台は永続させる必要はありません。目指す高さに届くまでのあいだ、一歩を高くするために使えればそれで十分です。変革のためのリソースは、変革の対象の外側に作ることができます。

4. 「自分で稼ぐ」マインドセットが組織を変える

このエピソードが教えてくれるのは、資金調達の手段だけではありません。著者の行動の根底にある「自分で稼ぎ出す」というマインドセットそのものが、組織文化に与える影響についても考えさせられます。

トップが「予算がないからできない」と言う組織と、トップが「予算がないなら作ればいい」と言う組織では、構成員の行動パターンが根本から変わります。前者では「環境を与えてもらうことを待つ」姿勢が組織全体に広がりやすく、後者では「自分たちで状況を変えにいく」という当事者意識が育ちます。

著者のアワビ串のエピソードは、ゑびやのスタッフにとっても大きなメッセージになったはずです。経営者自身が汗をかいて資金を作る姿を見ることで、スタッフの意識にも変化が生まれます。リーダーの行動は、言葉よりも雄弁に組織の価値観を伝えます。

5. 「稟議が通らない」を言い訳にしない方法

IT企業の管理職として考えると、このエピソードはさらに身近な問いを投げかけてきます。新しい取り組みのために必要なリソースを、いつも上からの承認を待って確保しようとしていないか、という問いです。

もちろん、組織の中では適切な承認プロセスを経ることが必要です。しかしその前に、自分の手の届く範囲でできることをすべてやり尽くしているかを問い直すことは価値があります。小さな試作を自費で作ってみる、空き時間に勉強して知識を積む、既存のツールを工夫して代替する。こうした「ゼロコストの一歩」を積み重ねることで、稟議を通すための実績と説得材料が生まれてきます。

著者がアワビ串で作った資金は、単なるお金ではありませんでした。「自分たちはここまでやった」という実績であり、次のステップへの信頼を社内外に示す証拠でもありました。行動の積み重ねが、承認を引き寄せます。

6. 「ないものねだり」をやめた先にある未来

本書全体を通じて著者が伝えているメッセージの一つは、「今あるものでできることを最大限やる」という姿勢です。ゑびやのDXは、最初から潤沢な予算があったから実現したわけではありません。むしろリソースが乏しかったからこそ、創意工夫が生まれ、泥臭い行動が生まれ、その積み重ねが大きな成果につながりました。

「お金があれば」「時間があれば」「人がいれば」――この言葉が浮かぶたびに、著者のアワビ串を思い出してください。ないものを嘆く時間があれば、あるものを使って一歩踏み出せます。その一歩は小さくても、踏み出した事実は変わりません。

「ない」は終わりではなく、工夫の始まりです。 限られたリソースの中でいかに動くかを考え抜いたとき、思いがけない突破口が見えてくることがあります。ぜひ本書を手に取り、今の自分に「アワビ串」に当たる一手がないかを、考えるきっかけにしてみてください。

仕事を減らせ。 限られた「人・モノ・金・時間」を最大化する戦略書
世界、国内から注目が集まる、創業150年、地方の老舗食堂。さらに、10年あまりで という奇跡のV字再生をたどっている。もともとは――。伊勢神宮近くにある「ゑびや大食堂」どこにでもある家族経営の観光地の昔ながらの定食屋だった。紙の食券、経年劣...

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