「なぜ?」に答えない小説が、なぜこんなにも刺さるのか――高瀬隼子『水たまりで息をする』書評

「なぜ部下はこんな行動を取るのか」「なぜ妻とかみ合わないのか」「なぜあの人はああなってしまったのか」。日々の仕事や生活の中で、答えの出ない問いに向き合い続けている方は少なくないはずです。

高瀬隼子の中編小説『水たまりで息をする』は、そういう人間の根本的な謎に対して、最後まで「答え」を出しません。なぜ夫は風呂に入れなくなったのか。豪雨の川へ向かった夫はどうなったのか。何も解明されないまま、物語は幕を閉じます。「スッキリしない」「モヤモヤする」という感想を多くの読者が抱きながら、それでも「純文学を堪能した」「作者にしてやられた」という高評価が続出する不思議な一冊です。今回は、この「答えのない余韻」こそが本作の最大の魅力であり、そこに深い文学的体験が宿っていることをお伝えします。

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1. 謎は最後まで謎のまま終わる

まず本作のあらすじをざっとご紹介します。主人公・衣津実の夫が、ある日突然お風呂に入らなくなります。理由は「水道の水が臭くて痒い」というものです。夫はやがて雨が降るたびに外に出て雨水に濡れるようになり、体臭が職場で問題視され、最終的に仕事を失います。そして二人は衣津実の郷里の田舎に移住し、夫は毎日川で水浴びをしながら社会から隔絶された生活を送る。

物語の終盤、豪雨で川が増水する中、衣津実は川へ向かった夫を探しに外へ出ます。そこで物語は終わります。夫の安否は描かれません。なぜ水道水が嫌になったのかも、最後まで明かされません。

普通の小説であれば、ここで答えが出るはずです。精神科的な診断名が告げられるか、あるいは夫自身が過去のトラウマを語るか。しかし本作はそうしません。「なぜ?」という問いは、問いのまま読者の胸に残されます。

これは偶然でも手抜きでもありません。答えを出さないことが、著者の選択です。そしてこの選択こそが、読み終えた後に深い余韻をもたらす理由なのです。

2. モヤモヤするのに、なぜか高評価が続く不思議

読者のレビューを見ると、非常に興味深い現象が起きています。「なぜ風呂に入れなくなったのかがハッキリ解明されない」「夫はラストどうなるの?」という不満の声が確かにある一方で、同じ読者が「純文学を堪能した」「隼子にしてやられた」と高く評価しているのです。

つまり、「スッキリしない」という感想と「素晴らしい」という評価が、同じ読者の中で共存しているということになります。これはどういうことでしょうか。

ビジネスやロジカルシンキングの世界では、問いには答えが必要です。課題があれば解決策を出す、仮説があれば検証する、原因があれば特定する。しかし人間の内面や人間関係の複雑さは、そのフレームに収まりきりません。

夫がなぜ壊れていったのか、その原因を一つに特定することは、現実の人間においても不可能です。職場のストレス、家族関係の疲れ、社会への適応の限界、過去の何か……あらゆる要因が複雑に絡み合っているはずで、どれか一つを「正解」と言うことはできない。本作はその現実を、そのまま正直に描いているのです。

3. 答えがないから、読者は自分を映し出す

「答えのない余韻」が持つ最大の力は、読者が自分自身の解釈を持ち込めることにあります。

夫はなぜ壊れていったのか。ある読者は「職場のハラスメントが積み重なった結果だ」と読みます。別の読者は「社会の同調圧力への身体的な反乱だ」と解釈します。また別の読者は「もともとそういう気質を持っていた人が、限界に達しただけだ」と見ます。

どれも間違いではありません。作中にはそれぞれの解釈を支える描写が散りばめられており、読者はそこに自分自身の経験や問題意識を重ね合わせながら読んでいきます。

これは非常に豊かな読書体験です。答えがある物語は一つの解釈しか許しませんが、答えのない物語は読者の数だけ異なる意味を持ちます。あなたがこの小説を読めば、あなた自身の経験が、あなただけの解釈を生み出すはずです。

管理職として部下の行動に悩んでいる方であれば、夫の崩壊に「追い詰められた人間の限界点」を見るかもしれません。家庭での対話に行き詰まりを感じている方であれば、衣津実の傍観的なケアの姿に「距離の取り方」という問いを見出すかもしれません。

4. スッキリしない感覚こそが現実に近い

私たちは日常生活の中で、たくさんのモヤモヤした問いを抱えています。部下がなぜやる気を失ったのか、本当のところはわからない。家族が何を考えているのか、完全には理解できない。自分がなぜこんなに疲れているのか、言語化できない。

そういった問いに対して、ビジネス書や自己啓発書は「こうすれば解決できる」という答えを提供してくれます。しかしその答えで現実の問いがすべて解決するかというと、そうではないことも多い。人間の実存はもっと複雑で、もっと混沌としています。

本作が与える「モヤモヤ」は、その現実の複雑さに誠実な感覚です。スッキリしないのは当然で、それが正直な反応なのです。

ある書評は、俗世から外れた二人が「水たまりで息をするように」生きていく姿に「肯定的な諦念」を見出しています。すべての問いに答えが出なくても、それでも生きていく。それが人間の実相であり、本作はその実相を正面から受け止めているのです。

5. 「隼子にしてやられた」とはどういう感覚か

多くの読者が使う「隼子にしてやられた」という表現は、非常に興味深い言葉です。騙された、しかしそれが快感だった、という意味合いが含まれています。

何に「やられた」のか。おそらくそれは、「答えが出るはずだ」という読者の期待を、著者が意図的に裏切ったことへの快感的な驚きではないでしょうか。

私たちは物語を読むとき、無意識のうちに「謎は解明される」「問いには答えが出る」という期待を抱きます。それが物語の文法だからです。しかし本作はその文法を破ります。そして破られた瞬間に読者は気づくのです。「あ、これは現実と同じだ」と。

現実の人間関係においても、仕事においても、すべての謎が解明されることはありません。なぜあの人はああなったのか、最後まで分からないまま終わることの方が多い。本作の「答えのなさ」は、その現実の誠実な模倣なのです。

この感覚は、特にマネジメントの経験がある方に強く刺さるかもしれません。部下が突然辞めていったとき、その本当の理由を知ることができないまま終わることがあります。関係が壊れていくのを感じながら、何もできなかったという経験がある方も、衣津実の姿に深く共鳴するはずです。

6. 「モヤモヤ感」こそが最良の読書体験である理由

読み終えた後に深い余韻が残る作品は、すべて何らかの「答えのなさ」を内包しています。カフカの変身もドストエフスキーの作品も、問いを提示しながら完全な答えを出しません。それが古典文学の力の源泉の一つです。

本作も同じ系譜に連なる作品です。「なぜ?」という問いを読者の中に植え付け、そのまま物語を閉じる。その「モヤモヤ」は、読了後も読者の日常に漏れ出し続けます。

電車の中でふと、「あの夫はどうなったのだろう」と思う。会議の最中に、「社会のシステムに合わせられなくなったとき、人はどうなるのか」という問いが浮かぶ。家族と食事をしながら、「ケアとは何か」を静かに考える。

この作品は読み終えた後も読者の中で生き続けます。それこそが、答えを出さないことで生まれる、最良の文学体験なのです。

答えのない問いと共に生きる力を、この170ページほどの作品はそっと手渡してくれます。ぜひ一読を。

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