お子さんに「あなたのために言っているんだよ」と伝えても、どこか心に届いていない感じがする。そんな経験はありませんか。あるいは職場で、部下を思ってアドバイスしたのに、なぜか相手が距離を置くようになったこともあるかもしれません。家族や職場で大切な人を思っての言動が、時として相手を追い詰めることがある。絵本作家サトシン氏の『わたしは あかねこ』は、そんな切ない親子のすれ違いを通して、本当のコミュニケーションとは何かを教えてくれる作品です。
愛しているから変えたい、でもそれは誰のため?
物語の主人公あかねこちゃんは、白い母猫と黒い父猫から生まれた赤い毛並みの子ネコです。兄弟たちは白や黒の毛色なのに、自分だけ家族と違う毛色をしています。あかねこちゃん自身は「きれいでかわいい、このいろがすき」と自分の赤い毛を誇りに思っているのですが、周囲は「かわいそう」と心配します。
ここで興味深いのは、家族の反応です。両親や兄弟たちは、あかねこちゃんを思うあまり、その毛色を変えようと様々な方法を試みます。白いミルクをたくさん飲ませれば毛が白くなるのではないかと考えたり、黒いブチ模様をつけようとしたりと、ユーモラスな場面が続きます。
家族の行動には確かに愛情が込められています。しかし、肝心のあかねこちゃん本人は色を変えたいわけではないのです。このギャップこそが、親子のすれ違いの本質を表しています。
理解と愛情は別のもの
あるレビューでこんな言葉を見つけました。「個性を理解しあう、相手や自分のありのままを受け入れる。素敵なお話だと思いながらも、親目線で見ていると、やっぱり親って子どもの一番の理解者でありたいと思ったところで、子どもにとってはそうじゃないのかなあ」。
この言葉は、多くの親が抱える葛藤を代弁しています。親としては我が子を誰よりも理解したいと願うものです。しかし本書が示すのは、血がつながっていても、自分のことを分かってくれる家族ばかりではないという現実です。
家族は「あかねこちゃんが皆と違ってかわいそう」と思い、何とか普通にしようとします。けれども、あかねこちゃんにとっては、大好きな自分の色を否定される切なさとなってしまうのです。愛していることと、理解してあげることは別問題である。この物語は、そのことを優しく、しかし確実に伝えています。
善意の押し付けが生む悲劇
職場でも同じようなすれ違いが起きていませんか。部下の成長を願って厳しく指導したつもりが、相手は自分を否定されたと感じてしまう。チームのためを思って提案した改善策が、メンバーには負担にしか映らない。
善意から発した行動であっても、相手の本当の気持ちを置き去りにしてしまえば、それは単なる押し付けになってしまいます。あかねこちゃんの家族の行動は、まさにこの構図を映し出しています。
物語の中で、あかねこちゃんは家族に自分の気持ちが伝わらない悲しさから、ある夜こっそり家を抜け出します。みんなが眠っている夜中の家出は、小さな子どもにとって大きな決断です。しかしこの家出は、決してネガティブな逃避ではありません。自分らしく生きられる居場所を求める前向きな旅立ちとして描かれています。
相手の立場に立つということ
本書が教えてくれるのは、本当の意味で相手の立場に立つことの難しさと大切さです。親として、上司として、私たちは相手を思って行動します。しかし、その思いが相手の本当のニーズと一致しているかを、どれだけ確認しているでしょうか。
あかねこちゃんは自分の色を気に入っていました。それなのに家族は、あかねこちゃんの気持ちを確認することなく、勝手に「普通の色の方がいい」と決めつけて行動してしまったのです。
これは、相手のためを思っているようで、実は自分の価値観を押し付けているだけかもしれません。家族や職場での問題の多くは、このような一方的なコミュニケーションから生まれています。
対話の不在が招くもの
本書で描かれる家族のすれ違いの根本には、対話の不在があります。家族は善意から行動しますが、あかねこちゃんの本当の気持ちを聞こうとはしません。あかねこちゃんも、家族に自分の思いをはっきりと伝えられずにいます。
これは現代の家族や職場でも頻繁に起こる問題です。お互いを思いやっているはずなのに、本音で語り合う時間を持たない。相手が何を考え、何を望んでいるのか、確認することなく、自分の思い込みで行動してしまう。
部下とのコミュニケーションでも同じことが起きていませんか。相手が本当に何を求めているのか、何に困っているのか、しっかりと聞く前に、自分の経験則でアドバイスをしてしまう。妻や子どもとの会話でも、相手の話を最後まで聞かずに、自分の意見を言ってしまう。
子どもの個性を認める勇気
あかねこちゃんの物語は、最終的にハッピーエンドを迎えます。彼女は旅の中で空色の毛並みを持つネコと出会い、やがて七色のカラフルな子ネコたちに恵まれます。そして裏表紙では、その新しい家族を連れて生まれ故郷の実家に帰ってくる様子が描かれています。
この結末が示すのは、子どもの個性を最終的に認めることができれば、親子の関係は修復できるということです。家を出たあかねこちゃんが、やがて家族のもとに戻ってくる。それは、家族があかねこちゃんの選択を受け入れたことを意味しています。
子どもや部下の個性を認めることは、時に勇気が必要です。自分の考える「正しい道」とは違う選択を、相手がすることもあるからです。しかし、その選択を尊重することこそが、本当の意味での愛情であり、信頼関係の基盤となるのです。
親として、上司として学ぶべきこと
この絵本から学べるのは、相手を思う気持ちと、相手を理解することは別だということです。そして、本当に相手のためを思うなら、まず相手の話に耳を傾け、相手の気持ちを理解しようとする姿勢が不可欠だということです。
職場でも家庭でも、私たちは時として「あなたのため」という言葉を盾に、自分の価値観を押し付けてしまいます。部下の成長を願うあまり、相手のペースや個性を無視した指導をしてしまう。子どもの将来を心配するあまり、子ども自身の希望を聞かずに進路を決めようとしてしまう。
本書のあかねこちゃんは、自分を理解してもらえない悲しさから家を飛び出しました。職場や家庭でも、同じことが起きているかもしれません。大切な人が心の中で「家出」を考えている。そのサインを見逃していないでしょうか。
今日から始められる小さな一歩
では、どうすれば相手の本当の気持ちに気づき、理解することができるのでしょうか。それは、相手の話を遮らずに最後まで聞くことから始まります。自分の意見や解決策を提示する前に、「あなたはどう思う?」「あなたは何を望んでいる?」と問いかけることです。
子どもに対しても、部下に対しても、まず相手の考えや気持ちを聞く。そして、それが自分の考えと違っていても、まずは受け止める。そこから対話が始まります。
あかねこちゃんの家族は、善意から行動しましたが、あかねこちゃんの気持ちを聞くことを忘れていました。私たちは同じ過ちを繰り返さないために、相手の声に耳を傾ける時間を持つ必要があります。
『わたしは あかねこ』は、子ども向けの絵本という形を取りながら、親子のコミュニケーション、上司と部下の関係、そして人間関係の本質について深い洞察を与えてくれる作品です。善意だけでは人は幸せにならない。相手を本当に理解しようとする姿勢があって初めて、信頼関係が築けるのです。

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