「何があったのか話してごらん」「相手の子の名前は?先生に言おう」。
わが子がいじめられているかもしれないと感じたとき、多くの親がこんな言葉をかけます。そしてそれが、善意であっても子どもをさらに苦しめることがある……。
山脇由貴子氏の著書『教室の悪魔』は、19年間・2000人以上の家族問題に向き合ってきた児童心理士による、現場の知見を凝縮した一冊です。本書が提示する「いじめへの対応策」は、親の直感とは正反対の内容です。そしてその逆説は、職場で部下のトラブルに向き合う管理職にとっても、深く考えさせられるものがあります。
「解決しよう」とする親ほど、子どもが追い詰められる
いじめを把握した親がまず取る行動は、たいてい「事実を確認すること」です。
いつから? 誰に? どんなことをされた? 証拠はあるか? 担任には言ったか?
この矢継ぎ早の質問は、親からすれば当然の行動です。状況を把握しなければ適切に対応できない。そう考えるのは理にかなっています。
しかし著者は、この行動に強い警告を発しています。
無理に事実を聞き出そうとすることは、子どもにつらい記憶を何度も蘇らせるフラッシュバックを引き起こします。
子どもはようやく安全な場所に帰り着いたのに、親の質問によって再びあの場所に連れ戻されてしまうのです。
解決への焦りが、最も守るべき相手の心を傷つけている。これが本書の核心的な告発です。
親が最初にすべきは「事実確認」ではなく「安全確保」
では、著者が勧める対応策は何か。それは二つのステップに集約されます。
まず「学校を休ませること」。
そして「絶対的な味方であると伝えること」。
これだけです。事実を明らかにすること、加害者を特定すること、学校に乗り込むことは、すべて後回しでいい。それよりも先に、子どもが「ここにいれば安全だ」と感じられる物理的・心理的な空間を作ることが最優先だと著者は言います。
学校を休ませることに抵抗を感じる親も多いでしょう。「不登校になったらどうするのか」「勉強が遅れる」「逃げグセがつく」……そういった心配が頭をよぎります。しかし著者はこう説いています。まず命と心を守ることが先で、それ以外はすべてその後に考えればいい、と。
子どもが自分から話し出すまで「待つ」という選択
親が取るべき姿勢のもう一つは、「待つこと」です。
子どもが自発的に語り始めるまで、根掘り葉掘り聞かない。それが受容と忍耐の実践です。親からすれば「何も聞かないことが本当に正しいのか」という不安と戦うことになりますが、著者は臨床現場の経験からこう断言しています。子どもは安全を感じたとき、必ず自分から話し始める、と。
この「待つ」という行為は、実は非常に高度なスキルです。何かが起きているとわかっているのに、手を出さず、口も出さず、ただそばにいる。それは何もしていないのではなく、最も難しい「存在すること」をしている状態です。
「絶対的な味方である」という言葉も、行動で示し続けることで初めて子どもに届きます。毎日の食事、短い会話、何気ないぬくもり。それらが積み重なって、子どもが「ここは安全だ」と感じる土台になるのです。
職場でも同じ失敗をしていないか
この「焦りが逆効果になる」構造は、職場での管理職の行動とも重なります。
部下がミスをした、チームの雰囲気が悪い、誰かが落ち込んでいる。そういうときに管理職が取りがちな行動は「原因究明」です。「何があったの?」「いつから?」「なんでそうなったの?」と矢継ぎ早に問いかける。これは問題解決志向の強い人ほど陥りやすいパターンです。
しかし、話す準備ができていない相手に質問を重ねることは、相手を防衛的にさせ、心を閉ざさせる原因になります。「この人に話してもまた詰められる」と感じた部下は、次から本音を言わなくなります。
著者が子どもへの対応で語る「まず安全を確保し、相手のペースを待つ」という原則。
これは職場の人間関係マネジメントにもそのまま応用できる考え方です。
「問題解決モード」をいったん脇に置く勇気
管理職として長年訓練されてきた思考回路は、「問題があれば原因を特定し、迅速に解決策を打つ」というものです。それ自体は重要なスキルですが、相手が感情的に傷ついているときに同じアプローチをとると、逆効果になることがあります。
まず相手が安全だと感じられる環境を整える。そして、相手が自分から話し出すのを待つ。そのあいだ、管理職としてできることは「評価しない、批判しない、急かさない」という姿勢を保ち続けることです。
これは決して「何もしないこと」ではありません。問題解決モードをいったん脇に置き、相手の感情に寄り添うことに集中するという、高度な意識的行動です。
著者が本書で語る「解決主導ではなく、子ども主導」という言葉は、職場においても「上司主導ではなく、部下主導」というリーダーシップ哲学に通じます。
わが子に「絶対的な味方」を伝えるために
家庭の話に戻ると、中学生の長男や小学生の長女を持つ親として、日常の中でこの原則を実践しておくことは非常に重要です。
何かが起きてから急に「私はあなたの味方だよ」と言っても、子どもには響きにくいことがあります。平常時から「学校のこと、いつでも話していいよ」「うまくいかないことがあっても、家に帰れば安心できる」という雰囲気を積み重ねておくことが、いざというときの「安全基地」になります。
著者が本書で提示しているのは、緊急時の対応マニュアルではなく、日常から築いておくべき信頼の土台です。解決しようとする前に、まずそこにいること。それが、子どもを守る最強の武器なのかもしれません。
山脇由貴子氏の『教室の悪魔』は、いじめという現象を通じて、「人が安心して本音を話せる関係とは何か」という普遍的なテーマを問いかけています。子どもに向き合う親として、部下に向き合う管理職として、本書の実践的な知恵はきっとあなたの日常を変えるきっかけになるはずです。

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