「もうこんな時間か。あと少しだけ…」とスマホを見続けて、気づけば深夜。
「明日こそは早く仕事を始めよう」と誓ったのに、つい後回しにしてしまう。
あなたにも、そんな「わかっているけど、やめられない」行動に悩んだ経験はありませんか?
意志が弱いからだ、と自分を責めてしまうかもしれません。しかし、その抗えない衝動の裏には、もっと根深い心理的なメカニズムが隠されているとしたら…?
今回ご紹介する桜井美奈さんの小説『盗んで食べて吐いても』は、摂食障害と窃盗症という、まさに「やめたくてもやめられない」衝動に苦しむ一人の女性の物語です。これは単なる小説ではありません。私たちの誰もが抱えうる、心の葛藤の正体を解き明かすヒントが詰まった一冊なのです。
この記事を読めば、あなたを悩ませる「やめられない行動」の裏にある心理がわかり、自分や他者への理解が深まるはずです。
なぜ私たちは「やめられない」のか?
仕事で大きなプレッシャーを感じたとき、つい甘いものを食べ過ぎてしまったり、ネットショッピングで散財してしまったり。程度の差こそあれ、ストレスから衝動的な行動に走ってしまった経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
私たちは、その行動が長期的には自分にとってマイナスだと頭では理解しています。それでも、目の前の一瞬の快楽や解放感に抗えないことがあります。
『盗んで食べて吐いても』の主人公・早織も同じです。彼女はごく普通の主婦でありながら、過食と嘔吐、そして万引きという衝動を抑えることができません。なぜ、彼女はそんな行動を繰り返してしまうのでしょうか。
この物語は、その心の深淵を、痛々しいほどのリアリズムで描き出しています。
歪んだ合理性が生み出す負のスパイラル
本書の最も衝撃的な点の一つが、摂食障害と窃盗症の恐ろしい連鎖です。
主人公の早織は、食べては吐くという行為を繰り返しています。そして、そのための食料を万引きで手に入れるのです。お金に困っているわけでもないのに、なぜ犯罪にまで手を染めてしまうのか。
そこに、病が生み出した恐ろしいほどに「合理的」な思考があります。
「どうせ吐いてしまうものにお金を払うのはもったいない」
この一見、常軌を逸した考え方こそが、彼女を万引きへと駆り立てる原動力なのです。この歪んだ合理性は、彼女の心の中では、矛盾のない一貫した論理として成り立ってしまっています。
これは、依存症の恐ろしさを象徴する部分です。一度そのサイクルに陥ると、抜け出すことがいかに困難であるかを物語っています。
解放感と自己嫌悪の無限ループ
では、なぜ彼女はこの苦しいサイクルから抜け出せないのでしょうか。
物語の中で、早織の行動は「ストレスや自己嫌悪」によって引き起こされます。そして、過食や万引きという行為を実行した瞬間、彼女は一瞬の「解放感」を得るのです。
日々の息苦しさや罪悪感から、ほんの一瞬だけ解き放たれる感覚。しかし、その解放感は長くは続きません。行為の後には、さらに強烈な罪悪感と自己嫌悪が津波のように押し寄せてきます。
「またやってしまった…」という後悔が、さらなるストレスを生み、次の衝動的な行動の引き金となる。この「解放と後悔」の無限ループこそが、依存症の最もつらい本質なのかもしれません。
本書の描写は、依存症が単なる「意志の弱さ」の問題ではないことを、私たちに痛感させます。それは、脳の報酬系に深く関わる、抗いがたい病理なのです。
あなたの「やめられない」も、同じかもしれない
『盗んで食べて吐いても』が描くのは、摂食障害と窃盗症という極端な例かもしれません。しかし、その根底にある心理メカニズムは、私たちの日常に潜む「やめられない行動」と決して無関係ではありません。
夜更かし、先延ばし、無駄遣い…。
あなたが「やめたいのに、やめられない」と感じている行動も、もしかしたら何らかのストレスから逃れるための一時的な「解放」を脳が求めている結果なのかもしれません。
本書を読むことは、自分自身や、周りの人の「理解できない行動」の裏にある苦しみに気づくきっかけになります。なぜあの人はあんなことをしてしまうのか、なぜ自分はこんな行動を繰り返すのか。その答えのヒントが、この物語には隠されています。
まとめ
今回は、桜井美奈さんの小説『盗んで食べて吐いても』を通して、「やめたくてもやめられない」衝動の心理について掘り下げてきました。
- 依存症は「歪んだ合理性」を生み出す
- 行動の瞬間には「解放感」がある
- 直後に強烈な自己嫌悪が襲い、負のループに陥る
この物語は、私たちに依存症のリアルな苦しみと、その根底にある心のメカニズムを教えてくれます。もしあなたが、自分や他人の「やめられない行動」に悩んでいるのなら、本書はきっと、その理解を深めるための一助となるでしょう。
それは決して他人事ではない、私たちの心の問題を映し出す鏡のような一冊です。

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