毎日の仕事に追われ、上司からの指示に従い、組織の論理に縛られる日々を過ごしていませんか。もしも全てを自分で決められる自由があったら、あなたは何を選びますか。作家・小川糸さんの『いとしきもの 森、山小屋、暮らしの道具』は、コロナ禍でパートナーとの離別を経験した著者が、長野の森に山小屋を建てて移住した実話エッセイです。本書を貫くテーマは、自分の人生を自分で選び取ることの清々しさと覚悟。誰にも流されず、自分の意思で人生を切り拓いていく姿から、組織に属しながらも自分らしく生きるヒントが見つかります。
誰のせいにもできない自由の重さ
小川糸さんは、誰に強いられたわけでもなく、自らの意思で森暮らしという道を選びました。40代後半で運転免許を取得し、石だらけの原生林に山小屋を建て、都会から森へと移住したのです。この決断は、多くの人が避けて通る「全責任を自分で負う」という覚悟を伴っていました。
著者は本書の中で、森での暮らしについてこう語っています。自分で全てを決められる状況は本当に気持ちがいい。誰のせいにもできないけれど、結果が自分に返ってくるのだから、自分が引き受ければいいだけ。そして失敗したらまた軌道修正して、違う方法を選べばいい。
この言葉には、失敗を恐れない前向きさと、自己責任を受け入れる潔さがあります。組織の中で生きていると、つい「上司が悪い」「会社の方針が悪い」と他責思考になりがちです。しかし、本当の自由とは、全ての結果を自分で引き受けることなのだと、著者は教えてくれます。
完璧主義から解放される勇気
森での一人暮らしと聞くと、全てを自力でこなす必要があるように思えます。しかし著者は、そんな完璧主義とは無縁です。本書ではできる範囲のことは楽しみ、難しいことはプロに頼むという、自分なりのルールを決めているそうです。
これは、組織で働く私たちにも通じる知恵ではないでしょうか。全てを一人で抱え込む必要はありません。自分の強みを活かせる部分は徹底的にこだわり、苦手な部分は適切に人に任せる。そのバランス感覚こそが、長く持続可能な働き方を支えるのです。
著者が語る「体力的、物理的に難しいこと、例えば薪ストーブ用の薪を全て自分で切って用意するようなことはプロに頼む」という姿勢は、決して怠けているわけではありません。むしろ、自分のリソースを最も価値ある活動に集中させるための賢明な判断です。
人生の最終章をどこで過ごすか
著者は本書の冒頭で、こう書いています。「自分の人生は、もういつ終わっても後悔することはないだろう」。この言葉は、人生の最終章をどう過ごすかという想いから生まれたものです。
コロナ禍での離別という人生の転機を経験した著者は、「これまでの生き方でいいのか」と自問しました。そして出した答えが、森での暮らしでした。5年前、瀕死の状態だったという著者が、今では「心豊かな人生を送るためには、やりたいことや欲しいものを先送りせず、なるべく長くそれらと人生を共にすることが幸福に繋がる」と語っています。
40代は、まだまだ先があると思いながらも、人生の折り返し地点を意識し始める年代です。定年までの残り時間を数え始め、「このままでいいのか」という問いが頭をよぎります。そんな時、著者の決断は一つの指針となります。先送りにしていた夢を、今こそ実現する時かもしれません。
女性が一人で家を持つという選択
本書では、著者が「女性が一人で家を持つ」というケーススタディとしても読めると語られています。かつて女性が単身で不動産を購入することは珍しいことでしたが、時代は変わりました。
ここで描かれているのは、性別や年齢、既婚・未婚といった枠組みにとらわれない生き方です。自分らしく生きるために必要な選択を、誰に遠慮することなく実行する勇気。それは、女性だけでなく、全ての人に共通するテーマです。
組織の中で生きていると、周囲の目や常識に縛られがちです。しかし著者は「衣食住の衣と食にはこだわっても、住に関してはそこまで意識が向かない人が多い」と指摘し、自分が本当に心地よいと思える場所に住むことで得られる恩恵は計り知れないと語っています。
自分なりのルールで生きる潔さ
著者の生き方から学べるのは、自分なりのルールを決めて、それに従って淡々と生きる潔さです。森暮らしが4年目を迎えた今、著者は「ひとり」の自由と責任をどのように感じているかという問いに対し、自分で全てを決められる爽快感と、その結果を引き受ける覚悟の両方を語っています。
人生における大きな決断は、常にリスクを伴います。しかし、そのリスクから逃げていては、本当に望む人生は手に入りません。著者は40代後半で運転免許を取得する際、周囲から「今さら遅い」と心配されました。しかし本人は「むしろ今だから正解だった」と語ります。
年齢や環境を言い訳にせず、必要なことは何歳からでも始める。この姿勢こそが、自分で人生を選び取ることの本質なのです。
森暮らしが教えてくれる「選択」の意味
森での暮らしを始めて5年。著者が手に入れたのは、ただの自然豊かな環境ではありません。それは自分の存在がすごくちっぽけに感じられる心地よさと、そのことによって世界の見え方も変わっていくという発見でした。
都会で組織の歯車として働いていると、自分の存在を大きく見せようと必死になります。しかし本当の自由は、小さな存在であることを受け入れた時に訪れるのかもしれません。森の中で自然に接する時間が多くなると、内省の時間も増え、自分の変化を大切にしたいという気持ちが芽生えたと著者は語ります。
これは、仕事においても同じです。組織の中で自分を大きく見せることに執着するのではなく、自分の役割を理解し、その中で最善を尽くす。そんな謙虚さが、かえって周囲からの信頼を生み出します。
後悔のない選択を重ねる人生へ
『いとしきもの』が教えてくれるのは、特別な才能や環境がなくても、自分の意思で人生を選び取ることはできるという希望です。著者は決して裕福だったわけでも、特別なスキルを持っていたわけでもありません。ただ、自分が本当に望む暮らしを明確にし、そのために必要な行動を一つずつ積み重ねただけです。
「人生は意外とあっという間」だと著者は語ります。だからこそ、やりたいことや欲しいものを先送りせず、今この瞬間から始めることが大切なのです。
組織に属しながらも、自分らしく生きることは可能です。全てを投げ出して森に移住する必要はありません。しかし、日々の小さな選択において「これは本当に自分が望んでいることか」と問い続けることはできます。そして、望まない選択を少しずつ減らしていくことで、人生は確実に変わっていきます。
小川糸さんの『いとしきもの』は、自分で人生を選び取ることの清々しさと覚悟を、美しい写真と穏やかな文章で綴った一冊です。森での暮らしに憧れる人も、そうでない人も、本書から学べるのは自分の人生の主導権を取り戻すことの大切さ。あなたも、小さな一歩から始めてみませんか。

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