「あの店、いつの間にキャラクターグッズを売るようになったんだ?」
先日、会社の後輩からそんな話を聞きました。ococイチでランチを済ませたあと、レジ横に見慣れないネコのキャラクターグッズが並んでいるのを目にして、思わず立ち止まってしまったというのです。
「カレー屋がキャラクターを作るって、なんか方向性がよく分からないですね」と彼は言っていましたが、私はむしろ逆のことを感じました。これは、ビジネスとしてかなり面白い動きではないかと。
今回ご紹介する『CURRY HOUSE CoCo壱番屋 FAN BOOK やっぱりococイチ!』には、2023年に誕生した公式キャラクター「NeCo壱(ネコイチ)」の詳細なプロフィールが初めて公開されており、さらに2025年に愛知県でオープンした新しいコンセプトショップの情報も収録されています。
カレーを売るだけでは終わらない――ococイチが見せる「次の一手」の意味を、ビジネスの視点で読み解いていきます。
1. 「NeCo壱」6匹のプロフィールが初公開――なぜキャラクターを作るのか
本書の目玉のひとつが、「NeCo壱(ネコイチ)」6匹それぞれのプロフィールが初めて誌面で公開されているという点です。
ネコとカレーの組み合わせは、一見すると脈絡がないように見えます。しかし少し立ち止まって考えると、その意図がじんわり見えてきます。
ネコというモチーフは、年齢や性別を問わず広く親しまれる存在です。子どもも大人も、男性も女性も、「かわいい」という感情でつながれる。しかも最近はSNSとの相性も抜群で、ネコのキャラクターはとにかく拡散されやすい。「NeCo壱」という名前も、「NecoIchi(ネコとイチを組み合わせた造語)」として、ブランド名との一体感を損なわずに親しみやすさを加えるよう設計されています。
つまりキャラクター導入の狙いは、これまでococイチに縁がなかった層を引き込む新しい入口を作ることです。カレーの美味しさでは届かなかった人たちに、「かわいいキャラクターがいる店」という別の文脈で近づく。これは企業のブランド拡張という観点で、きわめて理にかなった戦略です。
本書を読むと、6匹それぞれに個性と背景が設定されており、単なるロゴキャラクターではないことが分かります。キャラクタービジネスを本気でやろうとしている、その姿勢が伝わってくる内容です。
2. 付録パスポートにもネコイチが登場――デザインに込められた意図
本書の付録であるSPECIALパスポートにも、NeCo壱キャラクターが採用されています。「ロースカツカレーニャ」といった、メニュー名にもじったユニークなキャラクター名がパスポートの表面にあしらわれています。
これは単なるかわいらしいデザインではありません。
割引パスポートというのは、本来は財布の中に入れておく実用品です。普通に考えれば、シンプルで持ちやすいデザインが優先されそうなところ、あえてキャラクターを前面に出したデザインを採用している。財布や手帳から取り出すたびに、自然とNeCo壱のビジュアルが目に入る仕組みになっているわけです。
「パスポートを使う体験」が同時に「キャラクターとの接触体験」になっている。これは、日常の中にブランドを溶け込ませるための、非常に巧みな設計だと思います。
管理職の立場で考えると、こういった細部の設計に気を配る姿勢は、ビジネスの参考にもなります。社内のプロジェクトやプレゼン資料でも、「受け取った人がその後も目にし続ける仕掛け」を意識できると、じわじわと影響力が積み上がっていくものです。
3. コンセプトショップの登場――「食べる場所」から「体験する場所」へ
本書のもうひとつの注目ポイントが、2025年に愛知県でオープンしたコンセプトショップの情報が収録されていることです。
通常のococイチ店舗と何が違うのか――コンセプトショップとは、ブランドの世界観を空間全体で表現することを目的とした、体験型の特別な店舗形態です。メニューを提供するだけでなく、その空間にいること自体がブランドとの深い接点になるよう設計されています。
これはなぜ重要なのか。それは、外食の競争軸が「何を食べるか」から「どこで、どんな体験をするか」へとシフトしてきているからです。
スターバックスが「第三の場所」という概念を打ち出したように、外食チェーンにとって店舗は単なる食事の提供場所ではなくなりつつあります。インスタグラムに投稿したくなるような空間、誰かを連れて行きたくなる場所、記念日に選びたくなる体験――そういった情緒的な価値が、リピーターを生む原動力になっています。
ococイチがコンセプトショップを作ったということは、カレーチェーンから「ライフスタイルブランド」への転換を、本気で狙っているということです。本書はその最新の姿を、誌面を通じて読者に届けてくれます。
4. 「ライフスタイルブランド」という言葉の本当の意味
ここで少し、「ライフスタイルブランド」という概念について整理しておきましょう。
ライフスタイルブランドとは、特定の商品やサービスだけではなく、そのブランドと関わることで生まれる「生き方のスタイル」まで提供するブランドのことです。わかりやすい例では、アップルが挙げられます。スマートフォンを買うだけでなく、アップル製品を使うことで「クリエイティブで先進的な自分」というイメージが付随してくる。それがライフスタイルブランドの持つ力です。
ococイチの場合、「好きなカレーをとことんカスタマイズして楽しむ」という体験が、徐々にひとつの生き方のスタイルとして語られるようになってきています。「焼肉食べ放題より3,000円超えのトッピング」というファンの発言も、食事の話というよりは自己表現の話として読めます。
そこにキャラクタービジネスとコンセプトショップが加わることで、ococイチとの関わり方がさらに多層的になります。カレーを食べるだけでなく、キャラクターグッズを集め、コンセプトショップでしかできない体験を求め、SNSで自分のスタイルを発信する――そのすべてが「ococイチというライフスタイル」に収束していくわけです。
5. 安定したブランドだから「次の挑戦」ができる
ここで少し視点を変えてみます。なぜococイチはこのタイミングで、キャラクタービジネスやコンセプトショップという新しい領域に踏み込めたのでしょうか。
その答えは、「すでに圧倒的な信頼を獲得しているから」に尽きると思います。
ococイチは日本全国に約1,300店舗以上を展開する、国内最大規模のカレーチェーンです。「カレーと言えばococイチ」というレベルの認知度と信頼感はすでに確立されています。食の安全や味の安定性について、今さらアピールする必要がない。だからこそ、「安全・安心な食事を提供する」という土台の上に、「体験」「キャラクター」「空間」という新しい価値を積み上げることができるのです。
これはビジネスの原則としても示唆に富んでいます。新しいことを始めるには、まず土台となる信頼が必要です。管理職として新しい施策を提案したいとき、まず自分の基本的な仕事の信頼感が確立されていなければ、どんなに良いアイデアも受け入れてもらいにくい。ococイチの動きは、「信頼の蓄積があってはじめて挑戦できる」という原理を、ビジネス規模で実証しているように映ります。
6. 「次の10年」を想像できる企業かどうか
本書のコンセプトショップとNeCo壱に関する情報を読んで感じるのは、ococイチという企業が「今の顧客」だけではなく「次の10年の顧客」を意識して動いているということです。
現在の熱烈なファンに向けてパスポートやカスタマイズ情報を届けつつ、一方でキャラクターと体験型店舗によって新しい入口を作る。この2つの動きを同時に進めているのが、本書の誌面からよく見えます。
ビジネス書を読み慣れている方なら、これがいわゆる「既存顧客の深耕」と「新規顧客の開拓」の同時進行であることが分かるでしょう。どちらか一方だけでは長期的な成長は難しい。両方を同時に、しかも無理なく進めているのが、ファンブックという媒体を通じて鮮明に見えてくるのです。
「この会社、次の10年も面白いことをやってくれそう」――そんな感覚を、本書は読者に静かに届けてくれます。企業の動向を読むのが好きな方にとって、それだけでも手に取る価値があります。
7. カレーチェーンを通じて見える「ブランドの進化」という視点
最後に、本書全体を通じて感じることをお伝えします。
『やっぱりococイチ!』は、カレーチェーンのファンブックです。しかし読み終えると、外食産業というジャンルを超えて、「ブランドが時代とともにどう進化するか」という、より大きなテーマを提示していることに気づきます。
安定した信頼の上に新しい価値を積み上げる。既存ファンを深く取り込みながら、新しい層への入口を同時に作る。商品の外側にある体験・空間・キャラクターへとブランドを拡張する――これらはどれも、現代のビジネスが直面している普遍的な課題への答えです。
ococイチがカレーを通じて実践していることは、ビジネスパーソンとして働く私たちにとっても、決して遠い話ではありません。ぜひ手に取って、カレーの本として楽しみつつ、そのブランド戦略の知的な面白さも味わってみてください。

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