「診断」「方針」「行動」で組織が変わる~ルメルトの戦略カーネルが教える現場を動かす実践フレーム

「戦略を立てても実行されない」「会議で決まったことが現場に浸透しない」「皆が何となく頑張っているのに成果が出ない」──こんな経験はありませんか。部下を持つ立場になって、組織全体を動かす難しさに直面している方も多いのではないでしょうか。リチャード・P・ルメルトの『良い戦略、悪い戦略』は、そんな悩みに明快な答えを示してくれます。本書が提示する「戦略カーネル」という実践フレームは、組織を本当に動かす戦略の構造を解き明かしています。今回は、このカーネルを構成する3つの要素と、それをどう現場で活かすかについて詳しく見ていきましょう。

Amazon.co.jp: 良い戦略、悪い戦略 (日本経済新聞出版) eBook : リチャード・P・ルメルト, 村井章子: Kindleストア
Amazon.co.jp: 良い戦略、悪い戦略 (日本経済新聞出版) eBook : リチャード・P・ルメルト, 村井章子: Kindleストア

戦略に必要な3つの核心要素

ルメルトは、良い戦略には必ず3つの中核要素が揃っていると説きます。それが「カーネル」と呼ばれる基本構造です。この3要素は診断、基本方針、一貫した行動から成り立ちます。

まず第一に「診断」があります。これは状況を正しく分析し、自社が直面する最も重要な課題を特定することです。診断を誤れば、全てが的外れになってしまいます。組織の外部環境、競合他社の動き、そして自社の強みと弱みを深く分析し、戦略的な課題を見極める作業です。課題を正しく特定できて初めて、その課題を克服するための具体的な道筋を見つけることができます。

第二に「基本方針」です。診断で見つけた課題にどう対処するか、組織全体の大きな方向性となる方針を定めます。ここで重要なのは、何をするかだけでなく何をしないかを明確に決めることです。方針によって資源配分の優先順位を決め、組織のエネルギーを分散させず焦点を絞り込む必要があります。たとえばウォルマートの「毎日低価格」という方針は、低コスト運営に徹するという明確な選択と集中の好例です。

第三に「一貫した行動」があります。それは基本方針を実行に移すための整合性のある具体的な一連の行動を指します。各アクションがバラバラではなく互いに補強し合うようデザインされていることが重要で、オーケストラの調べのように調和の取れた行動群が戦略を現実の力へと変えます。

これら診断・方針・行動の三位一体が揃って初めて戦略は機能します。どれか一つでも欠けていれば「戦略」とは呼べないのです。

トラファルガー海戦に学ぶ診断の力

診断の重要性を理解するために、本書で紹介されているトラファルガー海戦の事例は非常に示唆的です。

1805年、イギリス海軍のネルソン提督は、ジブラルタル海峡に近いトラファルガー岬で3隻の艦船を率いてフランス・スペイン連合艦隊と対峙しました。通常の海戦であれば、両軍が向かい合い、艦砲射撃で敵艦にダメージを与えた後に接近戦に移行するのが定石です。しかしネルソン提督の考えた戦略は違いました。

彼の診断はこうでした。敵の艦隊のほうが数で上回っていたのです。そこで敵の艦隊を分断するため、先頭の船を死地に飛び込ませるリスクをとるという選択をしました。敵が分断され統率を失えば、経験豊富なイギリス海軍のほうが優勢だと判断していたのです。

ネルソン提督は列を作る敵艦隊を分断すべく、いきなり真横から突っ込ませました。当然、先頭の船は非常な危険にさらされます。だが連合艦隊の砲手は練度が低く、その日の海はうねりが大きかったため、敵艦隊には真横から突入する我々を正確に狙い撃つ腕前がないとネルソンは読んだのです。

結果、トラファルガーの海戦はイギリス側の圧倒的勝利に終わりました。イギリス海軍は艦船を一隻も失わなかったのです。

この事例が示すのは、正確な現状診断があってこそ効果的な戦略が生まれるということです。数的劣勢という困難な状況を、敵の弱点を見抜くことで逆転したのです。

方針で「何をしないか」を決める勇気

診断の次に来るのが基本方針です。ここで多くの組織が陥る罠があります。それは「あれもこれも」と全てに手を出してしまうことです。

組織は複雑になるほど、あちこちの利害に配慮してリソースを集中投下せず、まんべんなく配分する傾向があります。しかし、これこそが悪い戦略の典型なのです。

良い戦略には「ノーと言う勇気」が伴います。やるべきことを敢えて絞り込む決断が含まれているのです。優れた戦略家は「ここぞ」という一点を見極めて、そこに組織の力を結集させます。その結果、新たな強みや競争優位が生まれることさえあります。

たとえば、あなたの会社が新規事業を検討しているとしましょう。複数の事業アイデアがあり、どれも魅力的に見えます。しかし資源は限られています。このとき、基本方針は「どの事業に集中するか」だけでなく「どの事業をやらないか」を明確にすることが求められます。

選択と集中は言葉では簡単ですが、実践は困難です。なぜなら、何かを選ばないということは、その分野の関係者や部署から反発を受ける可能性があるからです。しかし、組織全体の成功のためには、この困難な決断から逃げてはいけません。

一貫した行動が戦略を現実にする

どれほど優れた診断と方針があっても、それが実行されなければ意味がありません。そして実行の鍵となるのが「一貫した行動」です。

一貫した行動とは、単にTo Doリストを作ることではありません。各行動が互いに補強し合い、全体として強力な効果を生み出すよう設計されていることが重要です。

例えば、ウォルマートの「毎日低価格」という方針は、以下のような一貫した行動で支えられています。

  • 大量仕入れによる仕入れコストの削減
  • 効率的な物流システムの構築
  • 店舗の郊外立地による土地コストの低減
  • シンプルな店舗デザインによる建設コストの削減
  • 最小限の広告宣伝費

これらの行動は全て「低価格」という方針を支え、互いに補強し合っています。一つの行動だけでは大きな効果は生まれませんが、全てが連携することで他社には真似できない強力な競争優位を生み出しているのです。

あなたの部署やチームで戦略を実行する際も、この視点が欠かせません。各メンバーがバラバラに頑張るのではなく、全員の行動が同じ方向を向き、互いに補完し合うように設計されているかを常に確認する必要があります。

現場で戦略カーネルを実践する

では、このカーネルの考え方を実際の職場でどう活用すればよいのでしょうか。

ステップ1:診断から始める

まず現状を徹底的に分析します。「何となく上手くいっていない」という漠然とした感覚ではなく、具体的に何が問題なのかを明確にしましょう。

データを集め、現場の声を聞き、競合を研究します。そして最も重要な課題を一つか二つに絞り込みます。全ての問題を一度に解決しようとしないことが肝心です。

ステップ2:方針を明確にする

診断で特定した課題に対して、どのような方針で臨むかを決めます。この際、必ず「何をしないか」も明文化しましょう。

会議の場で方針を議論する際、反対意見や懸念が出るのは自然なことです。しかし、全員が納得する「丸い方針」を作ろうとすると、結局何も決まらない曖昧なものになってしまいます。リーダーとして、時には不人気な決断をする覚悟も必要です。

ステップ3:行動を整合させる

方針が決まったら、それを実現するための具体的な行動計画を立てます。ここで重要なのは、各行動が互いに矛盾せず、相乗効果を生むよう設計することです。

例えば「顧客満足度を向上させる」という方針を立てたとしましょう。それに対する行動として「コストカット」と「サービス品質向上」を同時に掲げたら、矛盾が生じる可能性があります。どちらに重点を置くのか、どのようにバランスを取るのかを明確にする必要があります。

チームを巻き込むコミュニケーション

戦略カーネルは、単なる経営者やリーダーのためのフレームワークではありません。チーム全員が理解し、共有すべきものです。

診断の結果、方針の内容、そして各メンバーの行動がどう全体戦略に貢献するのかを、繰り返し丁寧に説明しましょう。メンバーが戦略の全体像を理解していれば、自律的に判断し行動できるようになります。

また、定期的に進捗を確認し、必要に応じて戦略を修正する柔軟性も大切です。環境は常に変化しています。当初の診断が状況の変化によって陳腐化することもあります。戦略は一度決めたら終わりではなく、継続的に見直すプロセスなのです。

戦略カーネルが照らす組織の未来

ルメルトの戦略カーネルは、複雑に見える戦略を診断・方針・行動という3つのシンプルな要素に分解します。この明快さこそが、本書の最大の価値です。

「診断」で現実を直視する勇気を持ち、「方針」で選択と集中を実行し、「行動」で全体を一つにまとめ上げる。この三位一体が揃ったとき、組織は本当の力を発揮します。

あなたの組織の「戦略」は、本当に戦略と呼べるものでしょうか。カーネルの3要素が揃っているでしょうか。もし足りない要素があるなら、今日からでも見直しを始めることができます。

Amazon.co.jp: 良い戦略、悪い戦略 (日本経済新聞出版) eBook : リチャード・P・ルメルト, 村井章子: Kindleストア
Amazon.co.jp: 良い戦略、悪い戦略 (日本経済新聞出版) eBook : リチャード・P・ルメルト, 村井章子: Kindleストア

NR書評猫956 リチャード・P・ルメルト 悪い戦略、良い戦略

注意

・Amazonのアソシエイトとして、双子のドラ猫は適格販売により収入を得ています。
・この記事は情報提供を目的としたものであり、医学的・法律的なアドバイス等の専門情報を含みません。何らかの懸念がある場合は、必ず医師、弁護士等の専門家に相談してください。
・記事の内容は最新の情報に基づいていますが、専門的な知見は常に更新されているため、最新の情報を確認することをお勧めします。
・記事内に個人名が含まれる場合、基本的に、その個人名は仮の名前であり実名ではありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました