「休暇中もメッセージが来て、結局仕事してしまう」
「自分にしかわからない業務が多くて、チームに任せられない」
「有給を取っても気が抜けず、本当の意味で休めた試しがない……」
こんな状況に心当たりはありませんか。管理職になるほど「自分がいないと回らない」という感覚が強まり、仕事から離れられなくなります。休日も頭の片隅に業務が居座り、家族との時間を楽しみきれない。そのうち「自分がいなければ困る」ということを、どこかで誇りに感じさえしてしまう。
しかし本当に優れたリーダーとは、「自分がいないと困る人」でしょうか。それとも「いなくても組織が回る仕組みを作った人」でしょうか。
2025年にかんき出版から刊行された小田島春樹氏の著書「仕事を減らせ。限られた人・モノ・金・時間を最大化する戦略書」は、この問いに対して明確な答えを出しています。著者が経営する伊勢市の老舗食堂「ゑびや」では、発注業務もシフト作成も自動化し、著者自身が1ヶ月間海外に行っても店が通常通り回る状態を実現しました。「属人化の完全排除」――これは単なる業務効率化の話ではなく、組織のあり方を根本から変える戦略です。
1. 「属人化」はなぜ生まれ、なぜ危険なのか
属人化とは、特定の業務が特定の人にしかできない状態のことです。「あの件はAさんに聞かないとわからない」「Bさんが休むと対応できない」――こうした状態が積み重なると、組織は特定の人物への依存を深めていきます。
属人化が生まれる背景には、いくつかの要因があります。まず、業務の引き継ぎや標準化に手間がかかるため、後回しにされがちなことです。また、「自分だけが知っている」という状態が、その人の存在意義や安心感につながっていることも少なくありません。さらに、組織全体として「誰かがやってくれている」という依存が続くと、体制を見直す動機が生まれにくくなります。
しかし属人化は、ある日突然、組織を危機に陥らせます。その人が体調を崩したとき、辞めたとき、あるいは異動したとき――その瞬間に初めて、組織はどれほど一人の人間に頼り切っていたかを思い知ります。ゑびやもかつて、熟練スタッフの「勘と経験」なしには仕入れができない状態でした。それは個人の能力の高さを示す反面、組織としての脆弱さでもあったのです。
2. 「自分がいないと困る」という罠
管理職にとって属人化は、特に深刻な問題をはらんでいます。なぜなら、管理職の属人化は「一人の業務効率」の問題ではなく、「チーム全体の成長の天井」になるからです。
よく見られるのが、優秀なプレイヤーがそのまま管理職になったケースです。自分でやった方が早い、自分がやった方がクオリティが高い――そう感じるからこそ、判断も作業も自分に集中させてしまいます。結果として、部下は「指示を待つだけ」の状態になり、管理職はますます多忙になる。この悪循環が、多くの職場で静かに続いています。
著者が本書で警告するのも、まさにこの罠です。「プレイヤー兼マネージャー」の状態は、短期的には機能するように見えても、長期的には組織の成長を妨げます。経営者や管理職の本来の役割は「自分が最も優秀に動くこと」ではなく、「自分がいなくても組織が最大のパフォーマンスを発揮できる仕組みを作ること」だと著者は断言します。
3. ゑびやが実現した「オーナーレス経営」の全貌
著者がゑびやで取り組んだのは、経営者自身の属人化を解消することでした。
改革以前、著者は店舗運営のあらゆる判断に関わらなければなりませんでした。仕入れ量の決定、シフトの調整、日々の売上の確認――これらすべてが著者の存在なしには動かない状態だったのです。
これを変えるために著者が実施したのは、二つのアプローチです。一つは業務の自動化です。AIによる来客予測をもとに仕込み量と発注を自動化し、シフト作成もシステムに委ねました。営業終了後の集計作業はゼロになり、日々の定型業務から人の手が外れていきました。
もう一つは情報の共有化です。売上、客入り、スタッフの稼働状況がリアルタイムでダッシュボードに表示され、現場スタッフ全員が同じ情報を持てる状態にしました。「経営者が判断してから現場が動く」という構造をなくし、現場が自律的に動ける環境を整えたのです。
この二つが揃った結果、著者は月に1回程度の出社でも店舗運営に支障がない状態を実現し、1ヶ月間の海外滞在中も「ゑびや」は通常通り営業を続けました。これがオーナーレス経営の実態です。
4. 属人化を解消するための「3つの問い」
自分のチームや業務の属人化を解消するには、どこから手をつければいいのでしょうか。著者の実践から学べる考え方を、3つの問いとして整理してみます。
まず一つ目は「自分が休んだとき、何が止まるか」という問いです。この問いに対してすぐに答えが出てくる業務が、属人化のリスクを抱えている領域です。答えをリストアップするだけで、優先して対処すべき場所が明確になります。
二つ目は「この業務の手順を、文字にして渡せるか」という問いです。言葉にできない業務は属人化しやすく、引き継ぎが困難です。逆に言えば、手順を言語化・文書化できれば、誰かが代替できる可能性が生まれます。著者がシステムを活用したように、ツールで自動化できるものはさらに属人化リスクが下がります。
三つ目は「この情報を、チームメンバーは知っているか」という問いです。自分だけが持っている情報が多いほど、組織はその人への依存を深めます。情報を共有し、メンバーが自律的に判断できる環境を作ることが、真の意味での属人化解消です。
5. 管理職が「任せられない」本当の理由
「部下に任せたいが、任せられない」という声をよく聞きます。その理由として挙げられるのは、「クオリティが担保できない」「説明する時間がかかる」「結局自分でやった方が早い」といったものです。
しかしこれらは、短期的には正しくても、長期的には誤った判断です。なぜなら、任せない限り部下は育たず、任せない限り管理職は現場から離れられないからです。
著者が実践したのは「任せるための仕組みを作ること」です。部下のスキルを信頼して丸ごと委ねるのではなく、仕組みとシステムが判断の補助をしてくれるようにした。データが可視化されることで、部下も正しい判断がしやすくなり、管理職が逐一確認しなくても業務が回るようになったのです。
つまり「任せる」とは、人を信頼することと仕組みを整えること、この二つが揃って初めて成り立つものです。
どちらか一方では不十分。両輪があって初めて脱却が実現します。
6. 「自分がいなくても回る」がもたらす本当の価値
著者がオーナーレス経営を目指したのは、単に楽をしたかったからではありません。「経営者が現場から離れることで、外の世界を見に行ける」という強い信念があったからです。
本書では、著者が「発想力は移動距離に比例する」と述べています。現場の日常業務から解放された時間で、著者は国内外の展示会や他業界の現場を訪れ、新しいアイデアや技術との出会いを重ねてきました。ゑびやに導入されたIoT重量センサーによる自動発注も、著者が展示会で偶然出会った技術でした。現場に縛られていれば、この出会いはなかったのです。
チームや部下に当てはめれば、管理職が現場の細かな作業管理から解放されることで、本来の仕事――戦略を考えること、チームの成長を支援すること、新しいプロジェクトを動かすこと――に集中できるようになります。
「自分がいないと回らない」状態からの脱却は、決して責任からの逃避ではありません。それは、自分とチームが次のステージへと進むための、必要な準備です。ぜひ今日から、あなたのチームの「属人化リスト」を作ることから始めてみてください。

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