昇進したばかりのあなたに、こんな経験はありませんか。
期初に丁寧な計画を立て、チームに共有する。しかし3ヶ月も経つと現場は想定外の問題だらけで、計画は形骸化してしまう。「なぜ計画通りに進まないのか」と悩みながら、気がつけば期末に帳尻を合わせるだけの仕事になっている……。
実はこの問題の根っこは、計画の精度でも部下の能力でもありません。思考の向きが逆なのです。
世界57カ国、4大陸、従業員約50万人を抱えるITTコーポレーションを18年にわたり率いたハロルド・ジェニーンは、著書『プロフェッショナルマネジャー』の中でこう言い切っています。「本は初めから終わりへと読むが、ビジネスの経営はその逆だ」と。この一言が、あなたのマネジメントを根底から変えるかもしれません。
「今できること」から考えるから、チームは停滞する
IT企業の中間管理職として部門を率いる立場になったとき、多くの方が最初にやることは「現状の把握」です。今のメンバーの頭数、今の予算、今のスキルセット。それらを積み上げて「今期はここまでできる」と目標を設定する。
これは一見、合理的に見えます。しかしジェニーンはこのアプローチを明確に否定します。
現状の延長線上に、飛躍は生まれない。
なぜなら、現状から積み上げた目標は、本質的に「今の自分たちの限界」を上限として設定されているからです。そのような計画の中では、チームはいくら頑張っても「現状の自分たち」を少し上回る程度の結果しか出せません。部下が成長する余白も、組織が変わる圧力も、そこには生まれないのです。
ジェニーンが14年半で58四半期連続増益という米国企業史上前例のない記録を打ち立てられたのは、彼が決して「今から積み上げる」思考をしなかったからです。常に「達成すべき終わり」を先に固定し、そこから逆算してすべての行動を設計しました。
ゴールを「意志」として先に固定する
「終わりから始める」とは、具体的には何をすることなのか。
まず「達成すべき業績」を、現状のリソースや状況とはひとまず切り離して、未来の時点に固定します。ジェニーンが言う「終わり」とは、単なる数字の目標ではありません。「この期末に、自分たちのチームはどういう状態にあるべきか」という、組織の姿そのものです。
たとえばあなたが「今期末に、新入りのメンバーも含めて全員がクライアントに単独で提案できるチームにする」と決める。これがゴールです。次に、そのゴールから現在へと時間を逆行させていきます。「では10月末時点では?」「9月末では?」「来月末には何が完了していなければならないか?」という問いを連続させ、今週の行動まで落とし込む。
そこまで具体化して、初めて計画は機能する。
この思考法の肝は、目標を「予測」ではなく「意志」として扱う点です。現状を根拠に「これくらいできるだろう」と予測するのではなく、「ここに到達する」と意志として固定してから、不足しているものを洗い出す。ジェニーン流の経営とは、予測の精度を上げることではなく、意志の強度を高めることなのです。
逆算思考が「問題の見え方」を変える
逆算で設計されたゴールは、現場の問題に対する感度を劇的に変えます。
積み上げ型の計画であれば、途中で問題が起きたとき、管理職は「どこまで修正できるか」を考えます。つまり視点は常に「現状」にあり、問題は計画の邪魔者として現れます。
しかし逆算型の思考では、「終わり」が固定されているため、問題は「そのゴールに到達するために解決しなければならない課題」として現れます。視点が目指すべき姿にあるため、問題と向き合う姿勢がまるで違ってくるのです。
課題の発見が、前進の一歩になる。
この感覚は、ITプロジェクトのマネジメントを経験してきた方なら、特に腑に落ちるはずです。リリース日を先に決め、そこから逆算してスプリントを設計する――アジャイル開発の考え方そのものが、ジェニーンの哲学と根を同じくしています。ジェニーンがこの本を著した1984年当時、彼はすでにプロジェクト管理の本質を体得していたのです。
部下の成長も「終わりから設計する」
この逆算の思考は、数字の目標だけでなく、人材育成にも直接応用できます。
よくある失敗パターンは、「部下の今のレベルを見て、できそうな仕事を割り当てる」という育成です。これは積み上げ型の発想です。仕事の難易度が常に「今の部下の能力の少し上」に設定されるため、部下はゆっくりとしか成長できません。
終わりを先に決めてから、人を育てる。
まず半年後にこのメンバーをどうしたいかを決める。
たとえば「半年後には鈴木くんにチームリーダーとして動いてもらう」と先に意志を持って固定する。そこから逆算すれば、今月彼に何を経験させ、何を学ばせ、どんなフィードバックをすべきかが明確になります。育成計画が「今の彼の延長」ではなく「目指す姿からの逆算」で設計されるため、成長のスピードと方向性がはっきりするのです。
ジェニーンは「マネジャーが従業員に示すべき最大の敬意は、高い目標を与え、その限界まで引き上げることだ」と言っています。甘やかすことではなく、その人の可能性を信じて高い到達点を設定することこそが、真のリーダーシップだという考え方です。
「終わり」を持つリーダーが、チームの信頼を得る
昇進したばかりの管理職が部下から信頼を得られない理由の一つは、「このリーダーについていけばどこに行けるのか」が見えないからです。
日々の業務指示はできても、チームの向かう先を示せていない。部下は与えられた仕事をこなしますが、自分がなぜそれをしているのか、この仕事が何に繋がるのかがわからない。その閉塞感が、職場の活気を奪っていきます。
終わりを語れるリーダーが、人を動かす。
ジェニーンが世界規模のコングロマリットを束ねられたのは、彼が常に「この会社をどこへ連れて行くのか」という終わりを明確に持ち、それを組織全体に浸透させていたからです。目標の根拠は現状の積み上げではなく、達成すべき未来の姿。その意志の明確さこそが、数十万人の組織を動かす力の源泉でした。
あなたのチームも同じです。来週の月曜日、チームミーティングで「この期末に私たちはこういう状態でありたい」という終わりを語ってみてください。積み上げ型の計画より少し先の、でも本気で目指す姿を。その言葉が、あなたとチームの関係を少しずつ変えていくはずです。
ジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー』は、1984年の出版から40年が経つ今も、ユニクロ創業者の柳井正氏が「最高の教科書」と言い続ける経営の古典です。逆算の思考、本当の事実を掴む執念、実践することの価値――これらの哲学は、IT企業の中間管理職が直面するあらゆる課題に、驚くほど直接的に刺さります。昇進したばかりで迷っているいま、ぜひ手に取ってみてください。

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