「法を守る」ことは「正義を守る」ことか――東野圭吾『さまよう刃』が描く、警察官たちの静かな叫び

「上の決定には従わなければならない。でも……本当にこれでいいのか?」

職場でそんな葛藤を感じたことは、ありませんか。自分の良識とは相容れない指示を、組織の一員として遂行しなければならない場面。上司の命令に疑問を感じながらも、「ルールだから」と自分を納得させる瞬間。

東野圭吾の『さまよう刃』には、そんな葛藤を限界まで追い詰められた人物たちが登場します。娘を殺された父親・長峰重樹でも、冷酷な少年犯でもなく――彼を追いかける警察官たちです。

本作の主題を担うのは、追う側の刑事たちだ。

本作が単なる復讐サスペンスに留まらない理由は、この警察官たちの視点にあります。正義とは何か、法とは誰のためにあるのか。その問いを最前線で抱えながら、それでも職務を遂行しようとする刑事たちの姿が、この小説を重厚な社会派ドラマへと昇華させているのです。

Amazon.co.jp: さまよう刃 (角川文庫) : 東野 圭吾: 本
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1. 長峰を逮捕しなければならない、でも……

警視庁捜査一課の刑事・織部孝史と班長の久塚は、殺人犯となった長峰を追います。

法律上、彼らの使命は明確です。いかなる動機があろうと、人を殺した者は逮捕しなければならない。長峰が娘を奪われた遺族であっても、その悲痛な経緯を知っていても、関係ない――のが法の論理です。

しかし本書を読み進めるうちに、刑事たちの内面に複雑な感情が渦巻いていることがわかってきます。彼らは事件の全貌を知っています。凄惨な犯行内容も、少年法によって犯人たちが軽い処分で社会復帰する可能性も。

それでも長峰に銃を向けなければならない。

この構造の残酷さが、読者の心を深くえぐります。真の悪である少年犯たちを裁くことは制度的に難しく、その怒りを自らの手で晴らそうとした遺族の父親を、国家の名のもとに止めなければならない。

「正しいことをしているのかもしれない男を、なぜ俺たちが追うのか」

そんな問いが、彼らの行動の背後に常に影を落としているのです。

2. 「法律は完璧ではない」――刑事が吐露した本音

本書の中で、最も読者の心を揺さぶる言葉の一つが、警察関係者によるこの吐露です。

「法律は完璧ではない。その完璧でないものを守るために、警察は人間の心を踏みにじってもいいのか」

この一言は、作品のテーマそのものを凝縮しています。

法律は社会の秩序を守るための道具です。しかし道具である以上、それは完璧ではない。穴もあれば、想定外の事態もある。少年法が「未成年の更生」を優先する一方で、被害者遺族の感情的救済を軽視しているのも、その「不完全さ」の一形態です。

そしてその不完全な法を、最前線で執行するのが警察官です。

制度の矛盾と人間の感情の板挟みになりながら、それでも「職務だから」と自分を奮い立たせる。そのプロセスの痛みが、織部と久塚の描写を通じてリアルに伝わってきます。

ここに、中間管理職の方なら覚えのある感覚があるのではないでしょうか。会社の方針に疑問を感じながらも、部下にそれを伝えなければならない立場。組織のルールと個人の良識の間で引き裂かれる日常。本作の警察官たちが抱える葛藤は、規模こそ違いますが、その本質において私たちと地続きなのです。

3. 組織の論理と個人の良識はなぜぶつかるのか

織部たちが苦しむ理由を、もう少し整理してみましょう。

近代国家は、個人が私的に制裁を加えること(私刑)を禁じています。なぜなら、人それぞれの「正義感」に基づいて制裁が行われると、社会の秩序が崩壊するからです。だからこそ国家が刑罰権を独占し、法の基準に従って罰を与える仕組みを作った。

この契約は、国家がきちんと代わりに裁いてくれるという信頼の上に成り立っています。

しかし長峰の目には、その信頼が裏切られたように見えました。犯人が未成年であり、少年法の庇護を受けるため、自分の娘が受けた凄惨な仕打ちに見合う罰が与えられないかもしれない。国家が代行してくれないなら、自分でやるしかない――そう判断したのが、長峰の復讐の論理です。

法的に見れば、この論理は認められません。織部たちはそれを十分に理解しています。

だからこそ苦しい。長峰の行動を「人間として理解できる」と感じながら、「刑事として止めなければならない」という義務の間で、彼らの内面は引き裂かれていきます。この二重拘束こそが、織部という人物を単なる「追う側」以上の存在にしているのです。

4. 「法の番人」であることの孤独

本作をより深く理解するために、一つの問いを考えてみてください。

もし自分の大切な人が理不尽な暴力の被害者になったとき、あなたは「法に任せよう」と思えるでしょうか。

ほとんどの方が、即座には「はい」と言えないはずです。頭では「法治国家だから」とわかっていても、感情の部分では到底そんな言葉で割り切れない――その正直な感情を、織部たちは誰よりも深く理解しています。

しかし彼らは「法の番人」です。その感情を抱えながらも、任務を遂行しなければならない。

本書に登場するペンション経営者・丹沢和佳子のように、長峰の事情を知って密かに協力しようとする一般市民もいます。社会の中には「長峰を応援したい」という気持ちを持つ人間が確かにいる。そのことを知りながら、それでも長峰を追う刑事の孤独は、想像を絶するものがあります。

正しいことをする側が、最も報われない構造。

これは創作の中だけの話ではありません。組織の中で「正論」を言い続ける人間が孤立することも、「ルールを守れ」と言い続けた結果、誰にも共感されない立場に置かれることも、現実に起きることです。

5. 「正義」は一つではない――本作が突きつける問い

織部と久塚の葛藤が示しているのは、「正義は一つではない」という事実です。

長峰にとっての正義は「娘の尊厳を踏みにじった者を自らの手で裁くこと」。刑事たちにとっての正義は「法を守り、社会秩序を維持すること」。丹沢のような市民にとっての正義は「遺族の苦しみに寄り添うこと」。

これらは互いに矛盾しています。しかしどれかが完全に「間違い」とも言い切れない。

東野圭吾が本作で描いたのは、「正義の多義性」です。正義が複数存在するとき、何を優先すべきか。その答えを、著者は読者に委ねます。織部たちは最後まで「法の正義」を選び続けますが、その選択が正しかったのかどうか、本書は答えを出しません。

中間管理職として日々、部下と上司の間で「どの正義を優先するか」を判断し続けているあなたにとって、この問いはきっと他人事ではないはずです。

6. 本作が伝えるメッセージ――「完璧な正義」は存在しない

本書の警察官たちの苦悩から学べることは、シンプルながら重要な真実です。

完璧な正義は存在しない、ということです。

どんな制度も、どんな組織のルールも、あらゆる状況に対して完璧な答えを持つことはできません。法律も完璧ではなく、会社のマニュアルも完璧ではなく、親としての判断も完璧ではない。

織部たちが「法律は完璧ではない」と認めながら、それでも法を守ることを選んだのは、「完璧でないものを完璧に近づけていくこと」が法治社会の本質だと信じているからではないでしょうか。

ぜひ本書を読みながら、「もし自分が織部の立場だったら」という目線で追いかけてみてください。

長峰の怒りに共感しながら、それでも職務を果たそうとする警察官たちの姿は、私たちが日常の中で「やりたいこと」と「やるべきこと」の間で感じる葛藤そのものです。きっと読後、職場での判断や組織との向き合い方が、少し違って見えるようになるはずです。


「法を守ること」と「正義を守ること」は、必ずしも同じではない。それでも法の番人として職務を全うしようとする警察官たちの葛藤が、『さまよう刃』を単なる復讐劇を超えた作品にしています。東野圭吾は、正義とは何かという問いに答えを出さない代わりに、その問いと真剣に向き合う人間たちの姿を、丁寧に書き記しました。

答えのない問いを抱えながら、それでも前に進む――そのことの重さと尊さを、本書はきっと教えてくれます。

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NR書評猫1162 東野圭吾 さまよう刃

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