会議で提案しても通らない。部下に指示を出しても動いてくれない。上司に相談しても「もう少し様子を見よう」で終わる。そんな壁に何度ぶつかっても、あなたはまた正面から突き進もうとしていませんか?
実は、世界で最も難しい問題を解決してきた人たちの共通点は、「正面突破しなかった」ことです。オックスフォード大学准教授のパウロ・サバジェが数年にわたって世界中を調査してわかったのは、驚くべき事実でした。
困難な状況で結果を出す人は、迂回路を選んでいたのです。
本書『どうにかする』には、そうした迂回の技術が「4つのワークアラウンド(回避策)」として体系化されています。今回は、「便乗」「抜け穴」「誘導路」「次善策」というこの4つの迂回術が、管理職の現場でどう使えるかを深掘りしてみます。
なぜ「正面突破」はこれほど消耗するのか
管理職になって最初に覚える挫折のひとつが、「正しいことを正面から押し通せない」という現実です。論理的に正しい提案でも、組織の力学に弾かれる。部下の行動を変えようとして、指導しても叱っても変わらない。上司を説得しようとしても、会議の流れに飲み込まれてしまう。
なぜこれほど消耗するのでしょうか。
本書で著者が指摘するのは、複雑な問題とは「正面から力を加えれば加えるほど、逆の力が返ってくる」構造を持っているということです。組織の慣習、人間の心理、制度的な障壁……。これらはどれも自己強化的なループを持っており、外から圧力をかけるだけでは形が変わりません。むしろ反発が強まることさえあります。
だとすれば取るべき戦略は、力と力のぶつかり合いを避け、ループの外側に出ることです。本書が提示する4つのワークアラウンドは、まさにそのための技術です。
第一の迂回路「便乗」――すでに動いているものに乗る
「便乗」とは、自分が解決したい課題とは一見まったく無関係に見える、既存のシステムやインフラに相乗りする発想です。
本書の象徴的な事例として登場するのが、ザンビアのNPO「ColaLife」です。農村部に下痢治療薬を届けたかったのに、物流インフラがない。そこで着目したのが、どんな辺境にも確実に届いているコカ・コーラの配送網でした。治療薬のパッケージをコーラ瓶の隙間に収まる形にデザインし直し、飲料の流通に乗せたのです。数年後、治療薬の普及率は1%未満から50%超へと向上しました。
職場でこの発想を使うとしたら、どうなるでしょうか。たとえば、新しい取り組みをゼロから定着させようとするのではなく、すでに社内で機能している既存の会議体やレポートラインに「乗せる」ことを考えてみてください。
すでに人が集まる場所に自分の議題を滑り込ませる。これが便乗の発想です。新しいプロジェクトを月次報告の一コマに組み込むだけで、上司の関与を自然に引き出せることがあります。
第二の迂回路「抜け穴」――ルールの曖昧さを味方につける
「抜け穴」は、明文化されたルールや慣習の「曖昧さ」を利用し、ルールを破ることなく制約を回避する技術です。
本書の事例では、新型コロナウイルス禍のブラジルで深刻な人工呼吸器不足に直面した州知事が、公的機関の輸入規制を迂回するために、民間企業の購買ルートを経由して機器を調達し、州政府への「寄付」という形にした話が出てきます。法を犯さず、しかし正面突破では絶対に間に合わなかった制約を、制度の曖昧さをついて乗り越えたのです。
管理職の現場にも、こうした「抜け穴」は存在します。たとえば稟議や承認のプロセスが複雑で、新しい施策がなかなか承認されないとき。「正式な稟議」という一本道ではなく、「試験運用」「勉強会」「小さな実験」といった別の経路を探すことができます。制度が「試験的な取り組みは部内承認でよい」と定めているなら、そこを起点にする。
制度の文字を破らずに、制度の想定外を使う。これが抜け穴の本質です。
第三の迂回路「誘導路」――環境をずらして行動を変える
「誘導路」は、人々の行動の背後にある自己強化的なループを直接変えようとするのではなく、文脈や環境をわずかにずらすことで行動変容を促す手法です。
本書で紹介されるインドの事例が鮮烈です。デリーでは男性の路上立ち小便が慢性的な問題で、罰則を設けても啓発活動をしても効果がありませんでした。地域住民が取った解決策は、壁にヒンドゥー教の神々のタイルを貼ること、ただそれだけです。信仰心の強い文化圏で「神に向かって放尿することはできない」という心理的タブーを環境に埋め込んだ結果、行動が一変しました。
部下の行動をどうしても変えたいとき、多くの管理職は「言い聞かせる」か「罰則を設ける」かという正面突破を選びがちです。しかし誘導路の発想は別のことを問います。
自然にそう動きたくなる環境を作れないか、と。
たとえばチームの報告が遅れがちなら、「早く提出した人の案件が優先的に議題に上がる」という仕組みを作るだけで、催促せずとも提出が早まることがあります。会議の発言が特定の人に偏るなら、発言の順序を最初から設計し直すだけで、沈黙しがちなメンバーが自然と口を開くようになることがあります。
叱らず、強制せず、環境をそっとずらす。これが誘導路の発想です。
第四の迂回路「次善策」――「今あるもの」を組み合わせる
「次善策」とは、完璧な理想解を追うことをやめ、今手元にある資源を本来とは違う用途に組み合わせて、ひとまずの成果を出す技術です。著者は「機能的固着」という言葉を使っています。物事をその本来の用途だけで考えてしまう思考の硬直が、この発想の最大の敵だということです。
著者自身が実践した例として、多忙な上司に何度メールを送っても返信がもらえないという問題を、メールの「送信予約機能」で解決した話が登場します。早朝3時に届くよう予約することで、出社時に受信トレイの最上部に来るよう設定したのです。
高度なテクニックではありません。しかし手元にある道具を別の角度から使ったことで、確実に目的を果たしました。
管理職の現場でもこの発想は使えます。予算が取れないなら、すでに予算化されている別プロジェクトの枠組みを借りてパイロット実施する。人手が足りないなら、既存業務の一部を自動化して時間を生み出す。本来の用途に縛られず、今あるものをどう組み合わせるかを問い続けること。完璧な条件が揃うまで動かないリーダーではなく、今ある材料で動き始めるリーダーが、部下の信頼を引き寄せます。
4つの迂回路に共通する「問いの転換」
ここまで読んで気づくことがあります。4つのワークアラウンドはそれぞれ違う手法ですが、根底にある問いの構造は同じです。それは、正攻法の問いから迂回路の問いへの転換です。
どうやって突破するか、ではなくどこを迂回するか。
正面突破の問いは「いかに力を集中させるか」です。一方、迂回路の問いは「この問題の周囲に、まだ誰も使っていない道がないか」です。この問いを持つだけで、同じ状況がまったく違って見えてきます。
会議で提案が通らない。その正面突破の問いは「どう説得するか」ですが、迂回路の問いは「この提案を、すでに承認されている何かに便乗させられないか」「試験的な実施として動ける余地はないか」「承認する側が自然に動きたくなる条件を整えられないか」「今の予算と人員で最初の一歩を踏み出せないか」となります。
管理職として部下やチームを動かしたいなら、力と権限で押すよりも、この問いの転換を習慣にする方が、はるかに多くの扉を開きます。
「諦める」のではなく「迂回する」という勇気
本書を誤解してほしくない点があります。4つのワークアラウンドは、困難から逃げることでも、問題を放置することでもありません。本書のタイトルが「どうにかする」であることが、その証拠です。
迂回路を選ぶのは、目標を諦めるためではなく、目標により確実に到達するためです。正面突破に固執して消耗しつくすより、違う角度から動き続ける方が、ずっと多くを成し遂げられる。本書の事例に登場する人々は例外なく、目的への執着が強いからこそ、手段には柔軟でした。
昇進したばかりで思うように動かせない組織、聞いてもらえないプレゼン、かみ合わない部下とのやりとり……。そうした壁の前で「自分には力がないから無理だ」と思う前に、「では、どこを迂回できるか」と問い直す。この一語の差が、やがて大きな結果の差となって表れてきます。
本書を手に取ることで、あなたの問題解決の引き出しは確実に増えます。今まで諦めていた課題が、ふと違って見えてくるはずです。

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