「優秀な人ほど、なぜかすぐ辞めていく」
「育児中のメンバーに、重要な仕事を任せにくいと感じてしまう」
「残業できる人に仕事が集中して、チームのバランスが崩れている……」
こんな悩みを抱えていませんか。管理職として、チームのパフォーマンスを最大化したい。しかし現実には、子育て中のメンバー、介護を抱えるメンバー、持病で体調が波のあるメンバー――それぞれが「時間の制約」を持っています。「誰にでも平等に仕事を振りたいけれど、どうしても偏ってしまう」。そのもどかしさは、真剣にチームと向き合っているからこそ生まれるものです。
2025年にかんき出版から刊行された小田島春樹氏の著書「仕事を減らせ。限られた人・モノ・金・時間を最大化する戦略書」には、この問いへの鮮やかな答えが示されています。著者が経営する伊勢市の老舗食堂「ゑびや」では、業務の自動化によって残業ゼロ・有給100%消化を実現し、時間制約を抱えるシングルマザーが主力戦力として活躍しています。
「時間がある人」だけが活躍できる職場は、もはや時代遅れです。制約があるからこそ発揮される力があり、多様な人材が活きる仕組みこそが、組織を本当の意味で強くするのです。
1. なぜ「時間制約のある人材」は戦力外になるのか
残業が常態化している職場では、時間制約のある人材は必然的に周辺に追いやられます。「急な延長ができない」「休みを取りやすい」「フルタイムで動けない」――これらが「頼みにくい」という印象につながり、結果として重要な仕事が回ってこなくなります。
しかしこれは、その人の能力の問題ではありません。職場の構造の問題です。
長時間働けることが評価される環境では、同じ能力を持っていても、時間に制約がある人の貢献が見えにくくなります。そして優秀な人材が「ここではフルに力を発揮できない」と感じた瞬間、組織を離れていきます。管理職が「なぜ優秀な人が辞めるのか」と悩む背景には、多くの場合、この構造的な問題が隠れています。
著者が指摘するのも、まさにこの点です。DXや効率化は単なるコスト削減の手段ではなく、「誰もが本来の力を発揮できる職場をつくる手段」でもある。ゑびやでの実践はそれを証明しています。
2. ゑびやで起きた変化――自動化が多様性を生んだ
ゑびやで業務の自動化が進んだことで、何が変わったでしょうか。
改革以前、ゑびやでも営業終了後の集計作業や翌日の仕込み準備に長時間を要していました。スタッフは閉店後も店に残り、膨大な手作業をこなしていたのです。この状態では、帰宅時間を守らなければならない事情を持つ人材は、戦力として数えにくい存在でした。
しかし来客予測AIの導入により、仕込み量は前日に正確に算出されるようになりました。POSシステムが売上を自動集計し、在庫はIoTセンサーが管理します。その結果として実現したのが、残業ゼロと有給100%消化です。帰宅時間が読めるようになり、急な休みもシステムがカバーできる環境が整いました。
この変化により、子育て中のシングルマザーが主力戦力として活躍するようになりました。時間の制約があることが「戦力外」の理由にならなくなったのです。むしろ著者は、こうした人材が高い集中力と責任感で業務をこなすことに気づきます。限られた時間を最大限に活かそうとする姿勢は、時間に余裕のある環境では生まれにくい強さを生み出していたのです。
3. 時間制約が「強み」に変わる逆説
少し立ち止まって考えてみましょう。なぜ時間制約のある人材が、効率化された職場で高いパフォーマンスを発揮するのでしょうか。
答えは、制約がある人ほど「優先順位の付け方」が磨かれているからです。子育て中の親は、限られた時間の中で「何を先にやるか」「何は省けるか」「誰かに頼めるか」を日々判断し続けています。この思考様式は、ビジネスの場でも非常に価値ある能力です。無駄なく、要点を絞って動く。そのスキルは、時間が有り余っている環境では鍛えられにくいものです。
また、時間制約のある人材が働きやすい環境は、すべてのメンバーにとっても働きやすい環境です。残業が不要な仕組み、休みが取りやすい体制、急な欠員が出ても困らないカバー体制――これらは、育児中のメンバーだけでなく、体調不良、家族の事情、自分の時間を大切にしたいメンバー全員の恩恵になります。
つまり多様な人材が活きる職場をつくることは、「特定の人への配慮」ではなく、「組織全体の底上げ」なのです。
4. 管理職が今すぐできる「制約を強みに変える」3つの視点
では、この考え方を自分のチームにどう取り入れればいいのでしょうか。
まず大切なのは、「時間の長さ」で仕事の貢献を測るのをやめることです。何時間働いたかではなく、何を成し遂げたかを評価軸にする。言葉では当然のことのように聞こえますが、実際のチームでは「早く来て遅くまでいる人が頑張っている」という空気が残っていることが少なくありません。この空気を変えるのは、管理職の姿勢と言葉からです。
次に、「この業務は誰かが急に休んでもカバーできるか」をチームの設計基準にすることです。特定の人にしかできない仕事が残っている限り、時間制約のある人材は「もしものとき困る人」として扱われ続けます。業務を標準化し、複数人が対応できる状態をつくることで、誰もが安心して働ける環境が生まれます。
そして最後に、チームのメンバーそれぞれの「時間の使い方の得意・不得意」を知ることです。朝型・夜型、集中できる時間帯の違い、週のどこに余裕があるか――これらを把握した上で仕事を割り振ると、同じ仕事量でもパフォーマンスが大きく変わります。画一的な「同じ条件で働く」ではなく、それぞれの強みを最大化する設計が、これからのチームマネジメントに求められています。
5. 「多様性」は理念ではなく、戦略だ
「多様性のある職場をつくろう」という言葉は、どこかきれいごとに聞こえることがあります。しかし本書を読むと、多様性は理念や倫理の話ではなく、純粋に組織を強くするための戦略だとわかります。
人口が減少し、労働力が希少になる時代に、「特定の条件を満たす人材」だけに頼る組織は、戦略上の脆弱性を抱えています。フルタイムで残業もいとわない人材だけを前提とした職場設計は、採用できる人材の幅を自ら狭めているのです。
反対に、時間制約があっても活躍できる仕組みを持つ職場は、採用できる人材の幅が広がります。子育て中の人材、介護中の人材、副業をしている人材、健康上の理由でペースを調整しながら働く人材――そうした多様な人々が集まるほど、組織は外部の変化に強くなります。一人が欠けても他がカバーできる、異なる視点が新しいアイデアを生む、そうした組織の強さが生まれてくるのです。
6. 制約のある人が活きるとき、組織全体が解放される
ゑびやのシングルマザーたちが主力戦力として輝くようになったのは、「彼女たちのために特別に配慮した」からではありません。「誰もが無駄なく力を発揮できる仕組み」を徹底した結果として、自然とそうなったのです。
この視点は、管理職としてのチームマネジメントにそのまま応用できます。特定のメンバーのために無理をするのではなく、誰にとっても働きやすい仕組みをつくること。それが結果として、一人ひとりの力を最大化します。
あなたのチームに、「本当はもっと力があるのに、環境がボトルネックになっている人」はいませんか。その人の制約を取り除く仕組みをつくることは、その人への贈り物であると同時に、チーム全体への投資でもあります。
制約が消えたとき、人は本来の力を出せる。
本書が教えるのは、そのシンプルで力強い事実です。

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