「うちにはIT担当がいないから」「予算がないから」「自分は文系だから」。新しいことに踏み出せない理由は、いつだって言葉を変えながら同じ場所に積み上がっていきます。しかし小田島春樹氏の著書『仕事を減らせ。限られた「人・モノ・金・時間」を最大化する戦略書』を読み終えたとき、そうした理由のすべてが、言い訳に変わって見えてくるはずです。
三重県伊勢市の老舗食堂「ゑびや」を売上12倍・利益80倍へと成長させた著者は、IT知識がゼロの状態からDXを推進し、「世界で最もIT化された食堂」と称されるまでに至りました。その経験が示す真実は一つです。DXの成否を分けるのは能力ではなく、「やるかやらないか」という意思決定だということです。
1. 「できない理由」を探す才能は誰にでもある
新しい取り組みを提案したとき、会議室でよく聞かれる言葉があります。「うちの規模では難しい」「うちの業界では合わない」「今は時期ではない」。こうした言葉を口にする人の多くは、決して悪意があるわけではありません。慎重さや現実感覚の表れとして、そう言っているのです。
しかし著者はこの姿勢を厳しく問い直します。「できない」と「やらない」は、まったく意味の異なる言葉です。能力的に不可能だから「できない」のか、それとも踏み出す決断をしていないから「やらない」のか。この二つを混同することで、変化の可能性が閉じられていきます。
「できない」は事実の報告ですが、「やらない」は意思の選択です。 本書が突きつけるのは、自分が今どちらの言葉を使っているかを正直に問い直せ、という挑戦です。
2. IT知識ゼロから「世界で最もIT化された食堂」へ
著者が入婿としてゑびやに入社したのは2012年のことです。ソフトバンクでの勤務経験はあったものの、自らシステムを構築したり、プログラムを書いたりするような技術的なバックグラウンドは持っていませんでした。つまり出発点において、著者は「IT専門家」ではありませんでした。
それでも著者がDXを推進できたのは、できないことに直面したときに「できる人を探す」という判断を素早く下したからです。プログラミングができなければ、クラウドソーシングのサービスを使って開発者に依頼する。予算がなければ、自分で屋台を出してアワビ串を売り、その売上で最初の投資資金を作る。知識がなければ、展示会や勉強会に足を運んで学ぶ。
どのステップも、特別な才能を必要としていません。必要だったのは「なんとかしてやる」という意志と、そこから生まれる行動の連鎖だけです。能力の限界ではなく、意志の限界が、人の可能性を決めているのです。
3. 「やらないこと」のコストを直視する
多くの場合、私たちは「やること」のリスクばかりを考えます。新しいシステムを導入して失敗したら。値上げをして客が減ったら。部下に任せてミスが起きたら。こうしたリスクは具体的に想像しやすく、意思決定を慎重にさせます。
しかし著者が本書で問いかけるのは、「やらないこと」のコストについてです。変化の激しい時代において、現状を維持することは「安全な選択」ではありません。業務の効率化をしないまま人件費だけが上がり続けること、データを活用しないまま競合にシェアを奪われること、新しい取り組みを先送りし続けることで生まれる機会損失。これらはすべて、「やらないこと」が生むコストです。
著者はこれをはっきりと述べています。変化を避けて何もしないことは、「現状維持」ではなく「緩やかな衰退」だと。リスクを取ることを恐れる前に、リスクを取らないことのコストを直視する必要があります。
4. 小さく始めて、失敗を資産に変える
「やる」と決めたとしても、最初から完璧を目指す必要はありません。本書を通じて著者が一貫して示しているのは、小さく試して、結果を見て、修正しながら進むというアジャイルな姿勢です。
ゑびやのDXも、最初から壮大な計画があったわけではありません。まずPOSレジを一台導入してデータを取り始めた。次にエクセルで集計を自動化した。その次にクラウドを使った分析に挑戦した。一つひとつのステップは小さく、失敗も数多くありました。しかし、その失敗のたびに「何がうまくいかなかったか」という学びが蓄積されていきました。
失敗は損失ではなく、情報です。「試してみて、うまくいかなかった」という経験は、「試さずに想像するだけ」よりもはるかに価値ある知識を生みます。「やること」は、最悪の場合でも学びという資産を残します。「やらないこと」は、何も残しません。
5. 「Doing」を妨げる最大の敵は「完璧主義」
やると決めた後に立ちはだかる壁があります。それは「完璧な状態になってから始めよう」という思考パターンです。予算が整ったら。人員が揃ったら。もっと準備が整ったら。このような条件を積み重ねるうちに、着手のタイミングは永遠に訪れません。
著者はランサーズというクラウドソーシングサービスを使い、5万円から10万円という低コストで最初のRPAツールを開発させました。完璧なシステムではなかったかもしれませんが、それで十分でした。動くものを作って試し、問題点が見えたら改善する。このサイクルを回すことで、システムは少しずつ洗練されていきました。
IT企業の管理職として考えると、この姿勢は新しい業務プロセスや提案のやり方を試すときにも応用できます。完璧な提案書を作るために何週間も費やすより、荒削りでも早く出して反応を見る。フィードバックを受けてから磨く。「動く六割」は、「完璧な零割」より無限に価値があります。
6. 「今日、何を始めるか」が未来を変える
著者が本書を通じて繰り返し伝えているのは、行動の出発点は今日この瞬間だということです。「来月から」「来年から」「環境が変わったら」――こうした先送りの言葉が積み重なるとき、人は「やらない」という選択をし続けています。
ゑびやの改革が12年間で劇的な成果を生み出したのは、著者が毎年「今日から始める」を繰り返してきたからです。最初の一歩が小さくても、それを踏み出し続けることで、やがて想像を超えた場所にたどり着けます。
「できるかできないか」ではなく「やるかやらないか」。この問いを自分に向けたとき、あなたはどちらを選ぶでしょうか。本書はその選択を迫りながらも、一歩踏み出すことへの勇気と具体的な道筋を惜しみなく与えてくれます。「やる」と決めた今日が、一年後の自分を変える起点です。 ぜひ本書を手に取り、その最初の一歩を踏み出すきっかけにしてみてください。

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