日本を訪れる外国人観光客が激増した今、商業利益だけを追い求める観光地が増えていませんか?「爆買い」や「オーバーツーリズム」といった言葉が飛び交う中で、本当に大切な観光の姿を見失っていないでしょうか。宗田好史氏の『インバウンド再生: コロナ後への観光政策をイタリアと京都から考える』は、観光の本質について根本から問い直す一冊です。観光産業を単なる「商売」や「ビジネス」と捉えるのではなく、多様な文化を受け入れながら互いの文化を発信・発見する「文化交流」として捉え直す視点を提示しています。
観光の本質は文化交流である
観光を産業として捉えることに慣れた私たちは、ついつい「何人の観光客を集められるか」「どれだけの経済効果があるか」という数字に目を奪われがちです。しかし著者は、観光の本質は文化交流にあると断言します。
われわれ日本人が海外旅行を楽しみ、留学で何を学んできたか、何を手に入れてきたかを思い出してほしいのです。今、われわれは迎える立場になりました。日本を見たい人、知りたい人、愛する人、憧れる人を拒んでいいのでしょうか。商売のマナーも実は急速によくなっていました。
この言葉は、観光を受け入れる側の姿勢を問い直す重要な指摘です。私たち自身が海外で文化に触れ、学び、感動した経験を思い返せば、観光とは単なる消費活動ではないことが分かります。それは人と人との出会いであり、文化と文化の交流であり、互いに学び合う機会なのです。
ローマに学ぶ「もしろ、観光客はローマをよくした」という発想
イタリアのローマには、興味深いエピソードがあります。著者が紹介するように、ローマでは「もしろ、観光客はローマをよくした」と捉える考え方があります。
観光客が増えれば混雑や問題も発生しますが、それをネガティブにばかり捉えるのではなく、観光客が来ることで地域が改善されてきたという前向きな視点を持っているのです。観光客の求める水準に応え付いたホテル・ラ・サピエンツァは日本水準に近い清潔さを実現し、有名ブランドは日本人客の好みを受け入れ、新商品を開発してきました。
観光は数多文化との交流を通じて自らを刷新し、双方の文化を変容させ、発見させるものです。この視点があれば、観光客を「迷惑な存在」ではなく「地域を良くする契機」として捉えることができます。
「日本を見たい人、知りたい人、愛する人、憧れる人」を迎える姿勢
著者は、観光客を細かくセグメント化することの重要性も指摘しています。観光客を一括りにするのではなく、それぞれの動機や目的に応じて考えることが大切です。
日本を見たい人、知りたい人、愛する人、憧れる人──こうした多様な動機を持つ人々が日本を訪れています。彼らは単なる「お金を落とす消費者」ではありません。日本の文化や生活、歴史に真摯な関心を持ち、学びたいと願う人々なのです。
身近な場所での数多文化交流が日本を発見させる時代を取り戻そうという著者の主張は、グローバル化が進む現代社会において、地域が主体的に観光と向き合うための重要な視点を提供しています。モノではなくヒト、大勢の外国人が最初は観光、次は居住者としてとともに暮らす未来社会では、彼らの文化を受け入れてわれわれ自身が変わっていきながら、お互いの文化を発見させるものとして観光を捉え直す必要があります。
EU の農業政策に見る地域文化の価値
著者は、観光政策を考える上で、ヨーロッパの農業政策の視点も参考になると指摘します。EUの農業政策は、単に食料を生産する産業として農業を位置づけるのではなく、地域との協定で、地域の文化・歴史資源の理解を深めるための呈示を兼ねているという点で特徴的です。
聖人産業と呼ぶ小規模事業所がネットワークを構成して生産性を上げているというイタリアの井上ひさしの「ボローニャ紀行」で紹介された例のように、観光産業も裾野が広い飲食・宿泊業の成長の雇用効果は大きいのです。
観光も同様に、単なる経済活動ではなく、地域の文化を保存し、発信し、次世代に継承するための重要な手段として位置づけることができます。生活や文化の魅力を発信し、他者との交流によってさらにその魅力を深めていくことが大事だと著者は説きます。
オーバーツーリズムへの対処法は「分散」と「質の向上」
近年、京都をはじめとする人気観光地では、オーバーツーリズムが深刻な問題となっています。観光客のマナーや混雑が問題視され、地価が上がって京都に住みたい若い人には手が届かなくなってしまったという指摘もあります。
しかし著者は、適切な規模のインバウンドを受け入れ、経済的利益を得るためだけの外資や東京資本ではなく地元企業を大事にすることを提案します。また、観光公害解決のため、パークアンドライドや予約制の導入、ツアー観光客を郊外のアウトレットモールに誘導するなど混雑解消に取り組むといったイタリアの事例も紹介しています。
現在イタリアでは、観光公害解決のため、パークアンドライドや予約制の導入、ツアー観光客を郊外のアウトレットモールに誘導するなど混雑解消に取り組むとともに、魅力ある地方都市へ観光客が分散されているのです。
日本においても、一部の人気スポットに観光客が集中するのではなく、地方の魅力的な場所に分散させることで、より持続可能な観光が実現できるでしょう。
地元企業を大事にし、生活文化を発信する
著者が強調するのは、外資や東京資本ではなく地元企業を大事にすることです。大規模なホテルチェーンや資本力のある企業が地域に進出すれば、一時的には観光客を集められるかもしれません。しかし、それでは地域の文化や個性が失われ、どこへ行っても同じような観光地になってしまいます。
地元の小さな旅館や飲食店、工芸品店などが生き残り、それぞれの個性を発揮することで、その土地ならではの魅力が生まれ、観光客にとっても忘れられない体験となります。
関係なさそうな仏具店でも、飛び入りのインバウンド客が売上の3割を占めたという事例があります。今ではオーバーツーリズムと言って忌避したインバウンドの再生を切実に待ち望む声が高まっているという現実を見れば、経済性ばかりに目を向けていたから嫌われたのだと著者は指摘します。
持続可能な観光を実現するために
コロナ禍により、海外からの観光客がほとんどいなくなった時期を経て、私たちは観光の意義を改めて考える機会を得ました。経済回復だけにとらわれず、観光は数多文化との交流を通じて、多様な文化を受け入れながらわれわれ自身も変わっていきながら、お互いの文化を発見させるものとして捉え直す必要があります。
著者が提示する、観光を「文化交流」として捉える視点は、持続可能な観光のあり方を考える上で欠かせない視点です。単なる「ビジネス」ではなく、人と人、文化と文化をつなぐ架け橋としての観光──この本質を見失わないことが、地域にとっても観光客にとっても豊かな経験を生み出す鍵となるでしょう。
適切な規模のインバウンドを受け入れ、経済的利益を得るためだけの外資や東京資本ではなく地元企業を大事にすること、生活や文化の魅力を発信し、他者との交流によってさらにその魅力を深めていくことが大事だと本書は教えてくれます。
文化交流としての観光が地域を豊かにする
本書『インバウンド再生』が示す最も重要なメッセージは、観光を「稼ぐ手段」としてだけでなく、「学び合い、発見し合う文化交流の場」として捉え直すことです。
日本各地の観光地が、単に観光客数や経済効果を追い求めるのではなく、地域の文化を大切にし、それを訪れる人々と共有し、互いに学び合う場となることを目指すべきだと著者は訴えます。そうすることで、観光は地域にとっても観光客にとっても、より豊かで意味のある体験となるのです。
コロナ後の観光再生を考える今こそ、この視点を持って、持続可能で文化的に豊かな観光のあり方を模索していく必要があるでしょう。

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