「うちのプロジェクトは、なぜいつも途中で止まってしまうのだろう」「アイデアはあるのに、なぜか形にならない」――そう感じたことはありませんか。
アイデアが生まれても、承認が下りなかったり、形にする段階でつまずいたりする。こういった悩みを抱えるIT管理職の方は、実は多いはずです。問題は発想力でも、人材でもないかもしれません。プロセスのどのフェーズが機能していないかを見抜けていない、ただそれだけのことかもしれないのです。
世界最高峰のデザインファームIDEOのゼネラル・マネジャー、トム・ケリーは著書『イノベーションの達人!』の中で、10のペルソナを「学習」「組織」「構築」という3つの機能的フェーズに分類し、イノベーションのライフサイクル全体をひとつの体系として描いています。この3層構造の枠組みを持つことで、あなたのチームに今何が欠けているかを客観的に診断し、即座に打ち手を考えられるようになります。
1. なぜプロジェクトは途中で失速するのか
IT管理職として日々プロジェクトを回していると、似たようなパターンで行き詰まる場面が必ず出てきます。
方向性は決まっているのに話が前に進まない。部門間の連携がうまくいかず、アイデアが担当者の机の引き出しに眠ってしまう。いざリリースしてみたら、ユーザーの反応が思ったより芳しくない。こうした問題の原因を「計画が甘かった」「メンバーのやる気の問題だ」と片付けてしまいがちです。
しかし、トム・ケリーの視点から見ると、本当の原因は別のところにあることが多いのです。
イノベーションには、アイデアを生み出す段階だけでなく、それを社内で形にする段階、そして最終的に顧客や利用者に届ける段階が存在します。どのフェーズも欠かせない。しかし多くの組織では、あるフェーズが極端に手薄になっていて、そこがボトルネックになっているのです。
2. 「学習・組織・構築」3層構造とは何か
本書が提示する10のペルソナは、単なるキャラクターの羅列ではありません。「学習するペルソナ」「組織するペルソナ」「構築するペルソナ」というイノベーションのライフサイクルにそって整然とマッピングされています。
最初のフェーズは情報と洞察を集める学習です。
人類学者・実験者・花粉の運び手の3つのペルソナが担います。現場を観察し、試行錯誤し、異業種のアイデアを取り込む。この段階で質の高いインサイトを得られなければ、その後のプロセス全体が砂上の楼閣になってしまいます。
第2層「組織」は、社内の壁を突破してアイデアを前に進めるフェーズです。ハードル選手・コラボレーター・監督の3ペルソナが活躍します。いくら優れたアイデアがあっても、予算の壁、部門間の壁、意思決定者の理解不足という障壁を突破できなければ、アイデアは日の目を見ません。
第3層「構築」は、形になったアイデアを実際の体験として顧客や利用者に届けるフェーズです。経験デザイナー・舞台装置家・介護人・語り部の4ペルソナが担います。機能的に問題のないシステムやサービスが、なぜか使われない。そういった問題の多くは、このフェーズの設計が不十分なことに起因しています。
3. 「人類学者」から始まる洞察のプロセス
3層構造の最初のフェーズ「学習」を担う代表的なペルソナが、人類学者です。
人類学者は、会議室に留まらず現場に赴き、顧客や利用者の行動を先入観なしに観察します。重要なのは、インタビューで語られる「言葉」だけでなく、実際の行動との「ズレ」に着目することです。本書では、インタビューで「健康的な食事を作っている」と話す母親の家庭を訪問したところ、台所のゴミ箱に大量のファストフードの包み紙が入っていたという事例が紹介されています。人は言葉でこうだと思っていることと、実際の行動が一致しないことがある。この「言動の不一致」こそが、真のニーズを見つける手がかりになります。
IT管理職の方に置き換えると、チームメンバーが「問題ありません」と報告するのに、実際のプロジェクトの進捗は遅れている……というのは、まさに同じ構造です。現場に足を運び、実際の状況を自分の目で観察することが、人類学者のペルソナを実践することになります。週に一度、メンバーの実作業を横で見てみる。それだけで、報告書には表れない実情が見えてきます。
4. 「コラボレーター」がアイデアを組織の壁から守る
どんなに質の高い洞察を得ても、それを組織の中で前進させられなければ意味がありません。第2層「組織」のフェーズで中心的な役割を果たすのが、コラボレーターです。
コラボレーターは、個人の手柄よりもチーム全体の成果を重んじ、部門間の壁を取り払って多分野のメンバーを統合します。上司というよりコーチのように振る舞い、対立しがちな部署同士に共通の基盤を見出すのが得意なペルソナです。
IT管理職として社内提案を進めるとき、技術部門と営業部門、あるいは経営層と現場の間に立って、双方の言語を翻訳しながら合意形成を図る場面は多いはずです。このとき「自分の提案を通す」ことだけに集中してしまうと、気づかぬうちに周囲の反発を生んでしまいます。コラボレーターのペルソナを意識して、「関係者全員にとっての利益を最大化する」視点で動くことが、長期的に提案の通りやすい信頼を積み上げることにつながります。
5. ウェスティンホテルが教える「構築」の力
3層構造の最終フェーズ「構築」を象徴する事例として、本書ではウェスティンホテルの「ヘブンリーベッド」が紹介されています。
宿泊業界における競争は長らく、立地・価格・設備のスペック勝負でした。しかしウェスティンは経験デザイナーの発想で「極上の眠り」という体験に特化し、ベッドそのものを究極の製品として設計し直しました。単なるホテルから「最高の睡眠体験を提供するブランド」へと変貌を遂げることで、競合他社との差別化に成功したのです。
これをIT管理職の日常に置き換えるとどうなるでしょうか。たとえば社内向けのシステムや業務ツールを導入するとき、機能要件を満たすことだけに注力してしまいがちです。しかし実際に使うのは現場のメンバーです。操作の手間がひとつ増えるだけで、どれほど優秀なシステムも使われなくなってしまいます。
使われるシステムは体験から設計する。
経験デザイナーのペルソナを意識して、機能の先にある「使う人の体験全体」を設計すること。これが、構築フェーズを成功させる核心です。
6. 自チームのどのフェーズが手薄か――診断の視点
3層構造の最大の実用性は、チームの現状を客観的に診断できる点にあります。
症状から逆引きすると、フェーズの欠如が見えてきます。「アイデアはあるのに、課題の定義がそもそもズレていた」と後から判明するなら、第1層「学習」が不足しています。現場観察なしに机上のプランを進めてしまっていた可能性があります。「良い案があるのに承認が下りない」「部門間の連携が取れない」という状態なら、第2層「組織」の機能が弱いサインです。「リリースしたのに使われない」「ユーザーの反応が悪い」という結果が続くなら、第3層「構築」に課題があります。
この視点を持つと、「なぜこのプロジェクトはうまくいかないのか」という漠然とした問いが、「今のプロジェクトはどのフェーズで詰まっているのか」という具体的な問いに変わります。具体的な問いには、具体的な打ち手が伴います。管理職として、この診断力を持つことの価値は非常に大きいといえます。
7. 3層構造を家庭と職場の両方で活かす
この「学習・組織・構築」という3層の発想は、職場を超えて家庭の場面にも応用できます。
たとえば子どもの受験や家族旅行の計画を立てるとき。いきなり「どこに行く?」「何を勉強する?」と解決策から話し始めてしまうのは、学習フェーズをすっ飛ばした状態です。まず「子どもは今どんなことに興味を持っているか」「家族のそれぞれが何を楽しみにしているか」を観察するところから始める。これが家庭版の人類学者の姿勢です。
妻との意思決定においても、自分の意見を通そうとする前に「互いにとっての最適解を一緒に探す」コラボレーターの立ち位置に切り替えるだけで、会話の質が変わります。在宅勤務が増えた今、家庭での役割意識を柔軟に切り替えることは、職場での管理職としての姿勢と地続きにつながっているのです。
トム・ケリーの『イノベーションの達人!』は、「どのフェーズで詰まっているか」を言語化する枠組みを与えてくれる一冊です。10のペルソナと3層構造を手に入れることで、チームの課題が初めて見えてくる。ぜひ本書を手に取り、自分のチームを診断するところから始めてみてください。

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