なぜ部下は本音を話さないのか~山脇由貴子『教室の悪魔』が照らし出すチームの見えない危機

「最近、チームの雰囲気がどうもよくない気がする……でも、何がおかしいのかわからない」

そんなもどかしさを感じたことは、ありませんか?

1on1では「特に問題ありません」と笑顔で答える部下が、実は内側に深刻な不満を抱えている。チームの中で誰かが孤立しかけているのに、誰もそれを口にしない。会議での発言が特定の一人に偏り、他のメンバーが沈黙している……そのような「見えない問題」は、どのチームにも潜んでいます。

こうした問題の本質を深く理解する上で、思いがけない一冊が道標を与えてくれます。山脇由貴子氏の著書です。東京都内の児童相談所で19年間・2000人以上の家族問題と向き合ってきた心理専門家が書いたこの本は、表向きには学校のいじめを扱った本です。しかしその本質は、「閉鎖的な集団の中で起きる、見えない心理ゲームの構造」を解き明かした普遍的な人間学の書でもあります。

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現代のいじめは「見えないよう進化」している

まず本書の根本的な警告から始めましょう。

著者の山脇氏は言います。かつてのいじめは、殴る・金を奪うといった「可視化しやすい」行為が中心でした。ところが現代のいじめは、陰湿な心理ゲームへと移行しているというのです。

本書が挙げる具体的な事例は衝撃的です。根拠のない嘘メールが画像つきで学校内に拡散される、「汚い」と言い続けることで被害者に自己臭恐怖を植えつける……といった、外からは絶対にわからない精神的虐待の数々です。教師が「単なるからかい」と誤認してしまう温床がここにあります。

ここで重要な視点が浮かび上がります。「いじめがあればすぐに気づけるはずだ」という大人の思い込みが、実は最大の死角になっているということです。

見えないことへの無自覚が最も危険です。これは職場においても全く同じことが言えます。

あなたのチームで今、見えないルールが誰かを追い詰めていないでしょうか? 無視、情報の共有漏れ、会議での発言機会の偏り……いずれも証拠が残らない陰湿な排除の手口です。

「退屈」から始まる集団の暴走

本書の中で最も衝撃的な指摘の一つが、いじめが「明確な悪意」から始まるわけではないという事実です。

「退屈だから」という、極めて無機質な理由から始まった悪ふざけが、やがて教室全体を巻き込む集団ヒステリーへと発展していく。誰が主犯かもわからないまま、次から次へと標的への攻撃が続き、現場を見るだけでは「誰もが主犯に見える」という恐怖の状況が生まれる。被害者以外の全員が、「次は自分が標的になるかもしれない」という自己防衛から加害者側に回るのです。

この「スケープゴートの構造」は、職場でも静かに機能することがあります。

特定のメンバーがミスをするたびにチャットで揶揄されるようになる。発言が少ないメンバーに対して、自然と発言機会が与えられなくなる。リーダーが少し批判的に接するだけで、チーム全体がそのメンバーへの態度を無意識に変えていく。これらは全て、意図的ないじめではありません。しかし結果として、一人のメンバーが徐々に孤立していくプロセスそのものです。

集団の暴走は、悪意がなくても起きるということを、管理職は肝に銘じる必要があります。

なぜ被害者は「助けを求めない」のか

本書が最も深い示唆を与えてくれる章の一つが、いじめの被害者がなぜ親や教師に相談しないのかを掘り下げた部分です。

子どもたちが沈黙する理由は、「大人に言えば、事態がもっと悪化する」と知っているからです。親が学校に乗り込んでいけば、翌日から「チクった」という烙印を押されてさらに追い詰められる。その絶望的な因果関係を、被害者の子どもたちは身をもって理解しているのです。

これは、職場における部下の心理と驚くほど重なります。

「上司に相談したら、チームでの自分の評価が下がるかもしれない」「問題を報告すれば、担当から外されるかもしれない」「悩みを打ち明けたら、弱いと思われる」……。こうした恐れが複合的に作用するとき、部下は1on1でも「特に問題はありません」と答え続けます。

相談されないことは、問題がないことではない。本書はそのことを、臨床現場からの重い言葉で教えてくれます。

「解決しようとする焦り」こそが二次被害を生む

本書が最も実践的なアドバイスとして提示しているのが、親の「問題解決の焦り」への強い警告です。

いじめが発覚したとき、多くの親は事実関係を確認し、加害者を特定し、責任を追及しようとします。しかし著者はそれを強くたしなめます。無理に事実を聞き出そうとする行為が、被害者の子どもにとってフラッシュバックを引き起こす辛い体験になるからです。

まず親がすべきことは、二つだけ。学校を休ませて物理的な安全を確保すること、そして絶対的な味方であると伝えること。子どもが自発的に語り始めるまで、ただ受け止めて待つことです。

これを管理職の文脈に置き換えると、非常に明快なメッセージになります。

部下から悩みを相談されたとき、すぐに「解決策」を提示しようとするのは逆効果になりえます。「原因は何だ」「誰が悪い」「改善策をすぐ出せ」という問いかけは、部下をさらに追い詰めることがある。

まず聞くこと。解決は、その後の話です。

部下が「この人には何でも話せる」と思える関係性を築いてはじめて、本当の問題が見えてくるのです。

絶対的な味方になることが信頼の礎となる

著者が繰り返し強調するのが、「絶対的な味方として機能すること」の重要性です。子どもがいじめに遭っているとき、親が最初にすべきことは問題の解決ではなく、どんなことがあっても子どもの側にいるという無条件の安全感を伝えることだと説きます。

このメッセージは、部下との関係構築においても核心をついています。

「この上司に報告すれば、自分は守られる」という信頼感がないチームでは、問題は常に水面下に潜ります。逆に、「何かあれば必ずフォローする」という態度を日常の中で積み重ねることが、心理的安全性の高いチームを作る唯一の道です。

信頼は宣言ではなく積み重ねで生まれます。

部下が小さなミスを正直に報告してきたとき、頭ごなしに責めずに受け止める。会議で発言の少ないメンバーに声をかける。そういった日々の小さな行動の集積が、絶対的な味方としての信頼を形成していきます。

家庭での子育てにも通じる、受容の力

本書の知恵は、職場だけに留まりません。中学生・小学生のお子さんを持つ親御さんにとっても、本書は極めて実践的な危機管理マニュアルです。

我が子がいじめに遭っているかもしれないと感じたとき。真っ先に「誰にやられた?」「学校に話しに行く」という行動に出ることが、実は子どもをさらに傷つけてしまうことがある。本書はその事実を、多くの臨床事例をもとに具体的に示しています。

子どもが「今日、学校に行きたくない」と言い出したとき、叱責よりも先に「そうか、辛いんだね」とただ受け止めること。その一言が、子どもにとって最大のセーフティネットになります。職場での1on1も、実は同じ構造です。

「今週、少し元気なさそうに見えたけど、何かあった?」 そのひと言を自然に言える上司でありたい、という思いが本書を読むと自然に湧いてきます。

気づく力が、チームも家庭も守る

山脇由貴子氏の本書は、いじめ問題を語った書物であると同時に、「見えない問題に気づく力」を育てる一冊です。閉鎖的な集団の中で起きる心理的な排除の構造、沈黙の中に埋もれるSOSのサイン、そして解決しようとする焦りが逆効果になるメカニズム……これらすべては、職場というもう一つの閉鎖空間においても、静かに作動しています。

気づくこと。受け止めること。焦らずに寄り添うこと。

この三つを実践できる管理職は、必ず部下からの信頼を勝ち取ります。本書は、そのための視点と勇気を、2000人以上の子どもたちと向き合ってきた専門家の言葉で与えてくれます。ぜひ一度、手に取ってみてください。きっと、チームと家庭の両方で、新たな気づきが得られるはずです。

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