「事業承継の救世主」と期待されているM&Aの世界で、深刻なトラブルが続発しています。長年築き上げた会社が一夜にして破綻し、経営者保証を抱えたまま取り残される経営者たち。その裏側には、M&A仲介業界の構造的な問題が潜んでいることを藤田知也氏の『ルポ M&A仲介の罠』が鋭く告発しています。本書は、単なる失敗談ではなく、「成約至上主義」がもたらす現代日本の深刻な経済課題に光を当てた必読のノンフィクションです。
M&A市場の急成長が生んだ「成約至上主義」という病
事業承継問題の深刻化により、中小企業M&A市場は急激な成長を遂げました。しかし、この成長の裏側で、M&A仲介業者が売り手と買い手の双方から手数料を得る「両手契約」モデルが、深刻な利益相反を引き起こしています。
本書が暴露する「成約至上主義」の実態は衝撃的です。仲介業者は、M&Aの成約さえすれば莫大な利益を得られるため、クライアントの長期的な利益よりも短期的な成約を優先する構造的な問題を抱えています。その結果、質の低いマッチングや情報の意図的な操作が横行し、売り手の中小企業経営者が「格好の餌食」となってしまっています。
特に深刻なのは、経営者保証の解除という約束が履行されないまま、買い手が会社の現金を抜き取り、最終的に倒産に追い込むという悪質な手口です。これは単なるビジネス上の失敗ではなく、「詐欺的行為と同質の深刻な問題」として捉えられており、被害者である経営者の人生そのものを破綻させる恐ろしい現実があります。
なぜ専門家でさえ見抜けなかったのか
本書の驚くべき点は、M&A業界に精通した専門家でさえも、この業界の「闇」の深さに「思いが至っていなかった」と告白していることです。メガバンクや証券会社でM&Aに携わってきた人物が愕然としたという事実は、問題の根深さを物語っています。
この現象が起こる理由として、M&A業界の規制不足があります。明確な規制が設定されていないため、悪質なM&A仲介会社が市場に参入しやすい環境が整っており、業界全体の透明性が確保されていません。また、営業現場での過剰なノルマにより、短期利益を優先する提案が行われるケースが多く、企業オーナーにとって不利な条件での売却を進められるリスクが高まっています。
さらに深刻なのは、手数料体系の不透明性です。報酬の計算方法や具体的な内訳が明示されていない場合が多く、売却を行う企業オーナーが最終的なコストを正確に把握できない状況が続いています。
構造的欠陥がもたらす被害の実態
本書で詳述されるトラブル事例は、「代表者失踪、事業停止、内部留保ゼロ」といった、経営者の人生設計を根底から覆すような悲惨な結末を伴います。長年築き上げてきた会社が、不誠実な買い手によって瞬く間に人生を狂わされてしまう現実が克明に描写されています。
特に注目すべきは、M&A後も経営者保証から逃れられない経営者の実態です。多くの経営者がM&A後も個人保証から解放されず、買い手の杜撰な経営により会社が破綻した際、元経営者が借金を背負わされるという理不尽な状況が発生しています。
また、地域金融機関も無関係ではありません。本書では、メガバンクや証券会社だけでなく、地域に根差した金融機関の役割と責任にも焦点を当て、M&A仲介における多層的な問題を明らかにしています。
業界改革への提言と今後の課題
本書は単なる告発に留まらず、具体的な解決策の必要性も示唆しています。読者からは「M&A仲介業界に宅建業法のように、手数料も上限を設けて、資格制度も法制化すべき」という具体的な提言がなされており、不動産取引における情報格差と利益相反を解消するための法的枠組みをM&Aに適用すべきだという議論が高まっています。
M&A専門家の間では、本書を読んで「経営者が陥りやすい罠」と「後悔しないための判断基準」についての議論が活発化しています。これは、本書が業界内外に広範な議論を巻き起こす「問題提起の書」として機能していることを示しています。
中小企業庁も「M&Aに関するトラブルにご注意ください」として注意喚起を行っており、各都道府県に設置された事業承継・引継ぎ支援センターへの相談を推奨しています。
藤田知也氏のジャーナリズム手法の特徴
著者の藤田知也氏は、これまで『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』『強欲の銀行カードローン』などで、巨大な組織や業界が内包する構造的な欠陥を暴き続けてきました。本書でも、被害者の声だけでなく、連絡が取れた買い手や仲介業者側の主張も取材することで、問題の本質に迫る多角的なアプローチを取っています。
このような徹底した取材姿勢により、本書は「森功や地面師などの詐欺事件の本でも読んでるのかと思うほど酷い」と評されるほど生々しい現実を描き出すことに成功しています。著者の「正義感に突き動かされたような筆致」は、読者に強い印象を与え、M&A市場の健全化に向けた議論を喚起する力を持っています。
中小企業経営者が知るべき防衛策
本書は、M&Aを検討するすべての経営者に対し、事前知識の武装を促す啓発的な役割を担っています。M&A専門家であるBizrelayの広報担当者は、本書を読んで「M&Aの基本的な知識を備えておくことの重要性」を痛感したと述べており、売り手自身の知識武装の必要性を強調しています。
具体的な防衛策として、以下の点が重要です。契約内容の不備や記載漏れがM&A実行後のトラブルの最も多い原因となっているため、専門家による十分なチェックが必要です。また、情報の非対称性や価格交渉の失敗、デューデリジェンスの不備も重大なトラブルの原因となるため、これらのリスクを理解した上でM&Aに臨むことが重要です。
構造悪を告発する現代の必読書
本書は、個別の詐欺事件の告発に留まらず、M&A仲介業界における「成約主義」や「利益相反」といったビジネスモデルそのものが、いかにしてトラブルを構造的に生み出しているかを解き明かしています。「政府と仲介業界の怠慢」「地域金融機関の責任」といった章立てにより、問題の根源が個々の仲介業者だけでなく、監督責任を怠る政府や金融機関にもあることを示唆しています。
『ルポ M&A仲介の罠』は、事業承継の岐路に立つ中小企業経営者だけでなく、M&A業界の健全な発展を願うすべての関係者にとって必読の書です。本書が提起した問題意識は、2024年5月以降のTBSや東洋経済オンラインでの報道にも影響を与え、社会の潮流を変える力を持つ調査報道の集大成として位置づけられています。

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