仕事に疲れた40代管理職が衝撃を受けた「総理にされた男」最大の読みどころとは?

毎日の会議で板挟みになり、上司と部下の間で悩み続けているあなた。理想と現実のギャップに疲れ果てていませんか?

そんなとき、一冊の小説が私の価値観を根底から揺さぶりました。中山七里氏の『総理にされた男』です。この作品には、日々の判断に迷う管理職にこそ読んでほしい、究極の決断場面が描かれています。

特に注目すべきは、作品のクライマックスで展開される「どんでん返し」です。単なるプロットの仕掛けではなく、あなたの倫理観そのものを問い直す衝撃的な展開が待っています。

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究極の選択が突きつける現実の重さ

『総理にされた男』の真骨頂は、物語の終盤で主人公が直面する憲法と人命という二律背反のジレンマにあります。

異国で発生したテロ事件において、日本人人質が時間ごとに殺されていく絶望的な状況。外交ルートは機能せず、残された選択肢は二つだけです。

「全員が死ぬのを座して待つのか?」それとも「憲法違反を承知で特殊部隊を出すか?」

法治国家の原則を守り20人を見殺しにするか、それとも憲法を破って人命を救うか。あなたなら、どちらを選びますか?

感情と理性の狭間で揺れる読者の心

主人公・加納慎策は「何よりも国民の生命が大切」という信念から、特殊部隊の派兵を決断します。

彼の言葉が印象的です。「政治が人間の所業である限り、その基盤となっているのは理屈よりも感情のはずです」

この場面を読んだとき、私自身が深く考えさせられました。日々の業務で「正しい判断」を求められる管理職として、理屈では間違っていても人間として正しい行動とは何かを。

作戦成功後、憲法違反として批判が殺到します。しかし慎策は、NHKのDボタンを使った国民投票という大胆な方法で、自らの決断の是非を国民に問います。

中山七里ならではの「どんでん返し」の真価

「どんでん返しの帝王」として知られる中山七里氏ですが、本作での仕掛けは単なるプロットの驚きを超えています。

この国民投票という「非現実的な展開」こそが、読者の心に深く刺さるのです。なぜなら、作者が私たち一人ひとりに「あなたならどう判断するか」を直接問いかけているからです。

書評の中にも「何だか心に突き刺さる」「理屈では間違っている影武者総理を描きながらも、作者が本当に問いかけたいのは『政治家の仕事とは、そもそも何であったのか』という根源的な問い」という声があります。

管理職が直面する日常の判断に通じる普遍性

この究極の選択は、私たち管理職が日々直面する判断と本質的に同じ構造を持っています。

会社のルールを守って部下を見捨てるか、それともルールを破ってでも部下を守るか。売上目標を達成するために無理を強いるか、それとも人間らしい働き方を優先するか。

法と倫理、理性と感情の間で揺れる経験は、リーダーシップを担う立場なら誰しも持っているはずです。

読後も続く深い余韻と自問自答

本作の「どんでん返し」が他の作品と決定的に違うのは、読者の道徳的・政治的仮定を根本から揺さぶる点です。

単なる物語のひねりではなく、あなたの価値観そのものを問い直す「究極のどんでん返し」なのです。読み終わった後も長く心に残り、日常の判断場面で何度も思い出すことになるでしょう。

中山七里氏は、その得意技である「どんでん返し」を用いて、より高次の芸術的・批評的目標を達成しています。娯楽性を保ちながら、読者の深い考察を促す作品として、まさに真骨頂と呼ぶにふさわしい仕上がりです。

理想のリーダーシップを考えるきっかけに

『総理にされた男』は、政治小説でありながら、現代のリーダーが抱える普遍的な課題を鋭く描いています。

主人公の純粋な判断は、時に既存のルールや慣習を破ることもあります。しかし、その根底にあるのは「困っている人を放っておけない」という、リーダーに最も必要な資質ではないでしょうか。

日々の業務に疲れ、理想と現実のギャップに悩む管理職の皆さんにこそ、この衝撃的な読書体験をお勧めします。

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NR書評猫391 中山 七里 総理にされた男

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