みなさんは、日々の生活で「これって本当に必要なの?」と疑問に思うことはありませんか。スマートフォンの2年ごとの機種変更、ファストファッションの大量消費、使い捨て文化の蔓延。これらが地球環境に与える影響を考えると、現在の経済システムに根本的な問題があるのではないでしょうか。
東京大学准教授の斎藤幸平氏による『人新世の「資本論」』は、そんな疑問に明快な答えを提示してくれます。本書は単なる環境問題の解説書ではありません。資本主義そのものの限界を指摘し、具体的な代替案を提示する画期的な著作です。
50万部を超えるベストセラーとなった本書が、なぜこれほど多くの読者に支持されるのでしょうか。それは、私たちが漠然と感じていた現代社会の矛盾を、マルクスの未発表ノートを基に体系的に解明しているからです。
本記事では、特に本書が提示する「脱成長コミュニズム」という未来像について、その具体的な実践方法を詳しく解説します。読み終わる頃には、あなたも身近なところから始められる「コモン」の実践に興味を持つことでしょう。
なぜ「緑の経済成長」では気候危機を解決できないのか
斎藤氏が本書で最も強調するのは、「緑の経済成長」や「グリーン・ニューディール」では気候危機を解決できないという現実です。多くの人が期待するSDGsや再生可能エネルギーへの転換も、資本主義の枠組みの中では根本的な解決策にはならないのです。
この問題の核心は「デカップリング」の幻想にあります。経済成長(GDPの上昇)とCO2排出量を切り離すことができるという考えは、実際には達成不可能な幻想に過ぎません。
具体的な例を考えてみましょう。ある企業がエネルギー効率の高い機械を導入したとします。一見、環境に優しい取り組みに見えますが、資本主義市場では、この効率向上を利用してコストを削減し、より多くの製品を生産・販売しなければなりません。結果として、単位当たりの効率は向上しても、全体の資源消費量は増大してしまうのです。
これが、斎藤氏がSDGsを「民衆のアヘン」と呼ぶ理由です。SDGsは私たちに「何かをやっている」という安心感を与えながら、実際には破壊的なシステムを延命させる役割を果たしているのです。
「外部化社会」の限界が露呈する現代
本書のもう一つの重要な概念が「外部化社会」です。これは、先進国が環境破壊や社会的コストを途上国に押し付けることで、自国の豊かな生活を維持するシステムを指します。
私たちが日常的に使用するスマートフォンを例に考えてみましょう。その製造には、コンゴでの過酷な鉱物採掘、アジアの低賃金工場での組み立て、そして最終的にはアフリカでの有毒な電子廃棄物処理が必要です。しかし、私たちはこの搾取と汚染の全過程を見ることなく、便利なデバイスを享受しています。
斎藤氏は、この「外部化」が限界に達していると指摘します。地球の生態学的な緩衝能力が枯渇し、これまで外部化されてきたコストが、スーパー台風や山火事といった形で先進国にも跳ね返ってきているのです。
ファストファッション業界も同様です。バングラデシュの劣悪な労働環境で作られた服を、私たちは何の疑問も持たずに低価格で購入しています。しかし、この構造は持続可能ではありません。
〈コモン〉による「脱商品化」の実践
では、斎藤氏が提案する「脱成長コミュニズム」とは具体的にどのようなものでしょうか。その鍵となるのが〈コモン〉(共有財)の拡大です。
〈コモン〉とは、市場による私的所有と国家による中央集権的管理を超えた「第三の道」です。これは、水、電力、住居、医療、教育といった基本的な財やサービスを「脱商品化」し、利用者自身が民主的に管理する仕組みを指します。
具体的な例を見てみましょう。各家庭が自家用車を所有する代わりに、地域でカーシェアリング協同組合を設立するケースです。これにより、必要な車の台数が減り、排出ガスが削減され、現在駐車場として使われている公共空間が解放されます。
この原則は、より大きな規模でも応用できます。民間電力会社の代わりに市民所有の電力網を、投機的な不動産市場の代わりに手頃な価格の住宅のためのコミュニティ土地信託を設立するのです。
すでに世界各地で、こうした「コモニング」の実践例が現れています。パリやバルセロナでは水道事業の再公営化が進み、ドイツでは市民が運営する再生可能エネルギー協同組合が広がっています。
「コミュニズム」の再定義と民主的管理
多くの人が「コミュニズム」という言葉に抵抗を感じるかもしれません。しかし、斎藤氏が提示するコミュニズムは、20世紀の権威主義的な社会主義とは全く異なるものです。
彼が再定義するコミュニズムは、「コモン」(共有)を語源とする本来の意味に立ち返ったものです。それは、トップダウンの国家統制ではなく、ボトムアップの民主的プロセスによって〈コモン〉を拡大していく社会変革の道筋なのです。
この変革は、労働組合、協同組合、地域団体といった「アソシエーション」によって駆動されます。これらの自発的で自治的な集団が、段階的に社会の基盤を変えていくのです。
重要なのは、これが遠い未来の理想論ではなく、現在進行形の実践だということです。地域菜園、道具の共有ライブラリー、コミュニティエネルギー協同組合など、身近な取り組みから始められるのです。
豊かさの概念を根本から変える
「脱成長コミュニズム」が目指すのは、単純な経済の縮小ではありません。社会的に不必要で生態学的に破壊的な生産を計画的に縮小させる一方で、人間の幸福に不可欠な部門(ケア、教育、再生可能エネルギー)を拡充させることです。
この社会では、豊かさの定義が根本的に変わります。商品の大量消費ではなく、共有財と自由な時間の「ラディカルな潤沢さ」を追求するのです。
たとえば、現在私たちは通勤に多くの時間を費やし、ストレスを抱えながら働いています。しかし、〈コモン〉が拡大した社会では、より短い労働時間でより豊かな生活を実現できるでしょう。
また、現在の社会では、教育や医療さえも商品として扱われがちです。しかし、これらを〈コモン〉として捉え直すことで、すべての人が平等にアクセスできる社会基盤を構築できるのです。
マルクスの晩年思想から学ぶ持続可能な社会
斎藤氏の議論の理論的基盤となっているのが、彼の専門分野であるマルクスの晩年思想の研究です。従来の「生産力至上主義者」というマルクス像は、実は不完全な理解に基づいていたのです。
晩年のマルクスは、資本主義的な農業や工業が引き起こす「物質代謝の亀裂」について深く考察していました。これは、人間と自然の間の循環が資本主義によって断ち切られることを指します。
また、マルクスはロシアの農耕共同体の研究を通じて、ヨーロッパ中心主義的な発展段階論を疑問視し、「定常型経済」の可能性を探求していました。
この再発見されたマルクスの思想は、現代の環境危機に対する洞察に富んでいます。斎藤氏は、この「エコロジカル・マルクス」の視点から、脱成長コミュニズムの理論的正当性を示しているのです。
今日から始められる〈コモン〉の実践
「脱成長コミュニズム」は壮大な理念ですが、私たちは今日からでも小さな実践を始めることができます。
まず、消費パターンの見直しから始めましょう。本当に必要なものだけを購入し、可能な限り修理して長く使用する。これだけでも、無駄な資源消費を減らすことができます。
次に、地域のコミュニティ活動に参加してみてください。地域の図書館、公民館、市民農園などは、すでに〈コモン〉の要素を持っています。これらの活動を通じて、共有と協力の価値を実感できるでしょう。
さらに、エネルギー分野での実践も可能です。太陽光発電の共同購入、地域エネルギー協同組合への参加など、市民主導のエネルギー転換に関わることで、〈コモン〉を拡大できます。
職場や学校でも、資源の共有やリサイクルの仕組みを提案してみてください。小さな変化でも、集まれば大きな力になります。
未来への希望を現実のものに
斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』は、現代社会の根本的な問題を鋭く指摘しながら、実践可能な解決策を提示してくれます。特に「脱成長コミュニズム」という概念は、私たちが目指すべき社会の具体的なビジョンを描いています。
重要なのは、この変革が私たち一人ひとりの日常的な実践から始まるということです。〈コモン〉の拡大は、遠い理想ではなく、今ここから始められる現実的な取り組みなのです。
気候危機と社会的格差が深刻化する現代において、本書は単なる批判書ではありません。未来への希望と具体的な行動指針を与えてくれる、極めて実践的な書物です。
私たちは今、歴史的な転換点に立っています。従来の発想を転換し、共有と協力に基づく新しい社会を築いていく時が来ているのです。本書を読んで、あなたも〈コモン〉の実践者として、持続可能な未来の創造に参加してみませんか。

コメント