毎日のように目にする街角のインドカレー店。バターチキンカレーとナンのセットを気軽に注文するとき、あなたはその店で働く人たちの壮絶な人生ドラマを想像したことがあるでしょうか?
実は、日本全国に4,000~5,000軒もあるインドカレー店の多くは、遠く離れたネパールから夢を抱いて来日した人々によって支えられています。しかし、その夢の実現には想像を絶する困難が待ち受けているのです。
今回ご紹介する『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』は、私たちの身近にあるカレー店を通して、現代日本の移民問題の深層に迫った衝撃の書籍です。特に本書が描く移民たちの夢と現実のギャップは、私たち日本人が知るべき重要な事実を浮き彫りにしています。
1. ネパールで語り継がれる「日本成功神話」の実態
ネパールでは日本での成功がドリーム・プランとして語り継がれています。故郷に帰った成功者たちが建てる立派な家は「カレー御殿」と呼ばれ、若者たちの憧れの的となっているのです。
しかし、室橋裕和氏の綿密な取材が明かす現実は厳しいものでした。実際には10人中2人程度しか成功しないという過酷な現実が待ち受けています。それでも多くの若者が日本を目指すのは、故郷での貧困からの脱出が切実な願いだからです。
ネパールは海外からの送金額がGDPに占める割合で世界第3位、毎日約2,000人が国外に出稼ぎに出ている「出稼ぎ国家」なのです。日本への渡航は、彼らにとって人生を賭けた一大決心といえるでしょう。
2. 平均年収20年分の借金を背負う来日の重い代償
日本への道のりは決して平坦ではありません。来日にはネパールの平均年収の20年分に相当する500万円という多額の費用がかかります。この金額は、日本人が感覚的に理解するなら、1億円以上の借金を背負うのと同じ重みがあるのです。
多くの場合、ブローカーが介在し、高額な手数料を要求します。興味深いのは、このブローカーが親戚のおじさんだったりすることもあり、単純に悪者と決めつけられない複雑な構造があることです。しかし、結果的に移民たちは借金返済のプレッシャーから、日本で低賃金労働を強いられる状況に追い込まれてしまいます。
この借金が、後に述べる過酷な労働環境を受け入れざるを得ない構造的な要因となっているのです。
3. 夢破れた移民たちが直面する現実の厳しさ
日本で働き始めた移民たちを待っているのは、想像以上に厳しい現実です。家族経営による人件費抑制や、コックを非常に安い賃金で雇用するといった労働搾取の問題が指摘されています。
経営者自身も給料を取らずに働くケースが少なくありません。成功するためには、文字通り血のにじむような努力が必要なのです。また、メニューや内装が画一的なのは、失敗を避けるための安全策であり、多額の投資をした移民たちの切実な生存戦略なのです。
さらに深刻なのは、子どもたちの問題です。親に連れられて来日した子どもたちは、日本語ができない状態で学校に入れられ、ダブルリミテッドという現象に陥ることがあります。母語も日本語も十分に身につけられず、アイデンティティの確立ができないまま荒れてしまう子どもたちが増えているのです。
4. 成功の陰で進む故郷の変化
移民の増加は、送り出し国であるネパールにも大きな変化をもたらしています。特にバグルン地域では、働き手が日本に出稼ぎに出ることで過疎化が深刻化しています。
日本で成功した者の立派な家が建つ一方で、故郷の田畑は荒れ、伝統的な生活様式が失われつつあります。この現象は、グローバル化の負の側面を如実に示しており、経済的な成功と引き換えに失われるものの大きさを物語っています。
個人の成功が必ずしも地域社会全体の幸福につながらないという、現代社会が抱える根深い問題がここにも現れているのです。
5. 私たちが見つめるべき日本社会の課題
本書が提起する最も重要な問題は、日本の外国人行政の構造的な欠陥です。日本政府は外国人を短期滞在者として扱い、長期的な社会統合の政策が不足しています。
しかし現実には、多くの外国人が家族を呼び寄せ、長期間日本に滞在しています。この政策と現実の乖離が、教育問題や社会統合の遅れを生み出し、将来的な社会リスクとなる可能性があります。
飽和したカレー業界で失敗した移民が闇社会に取り込まれる懸念や、次世代の子どもたちの教育問題は、もはや移民コミュニティだけの問題ではありません。私たち日本社会全体で向き合うべき課題なのです。
まとめ:身近なカレー店から見える日本の未来
『カレー移民の謎』は、私たちの身近にあるインドカレー店を通して、現代日本が直面する移民問題の本質を鮮やかに描き出した傑作です。移民たちの夢と現実のギャップは、単なる個人の物語を超えて、日本社会の構造的な問題を浮き彫りにしています。
安価で美味しいカレーの裏側には、移民たちの血のにじむような努力と、時として過酷な現実があります。しかし同時に、彼らの持つエネルギーや創意工夫は、日本社会にとって貴重な財産でもあるのです。
今後の日本が真の多文化共生社会を築いていくためには、まず現実を正しく理解することから始める必要があります。本書は、その第一歩となる貴重な一冊といえるでしょう。

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