「この会議、明らかに間違った方向に進んでいる…」そう思いながらも、誰も異論を唱えない。あなたもそんな経験はありませんか?職場での同調圧力、ネット上での炎上、企業の不祥事隠蔽。一見無関係に見えるこれらの現象が、実は同じ病理に根差していると知ったら驚くでしょうか。鈴木博毅氏の「超」入門 空気の研究は、日本社会の様々な問題の背後にある共通のメカニズムを明快に解き明かしてくれます。特に管理職として組織を動かす立場にある方にこそ、読んでいただきたい一冊です。
企業不祥事からネット炎上まで、すべてを説明する統一理論
本書が提示する最大の価値は、現代日本社会で起きる多様な問題に共通する根本原因を明らかにしている点にあります。企業による組織的な隠蔽工作、学校でのいじめ、パワハラ問題、ネット上の集団攻撃。これらは表面的には異なる現象に見えますが、すべて同じメカニズムが働いているのです。
そのメカニズムこそが「空気」です。集団内で形成される単純で感情的な前提が、まるで絶対的な真理であるかのように機能し、それに反するあらゆる異論を暴力的に抑圧する力学が働きます。例えば不祥事を起こした企業では「我々の会社は無謬である」という空気が支配し、問題を隠蔽する方向へと組織全体が動いてしまうのです。
あなたの職場でも、論理的に見れば明らかに非効率なのに「昔からこうだから」という理由で続けられている業務はありませんか。それこそが「空気」の支配下にある証拠かもしれません。本書を読むことで、そうした状況を客観的に認識し、改善への糸口を見つけることができるでしょう。
ネット炎上の心理メカニズムを解剖する
ネット上の炎上現象は、現代社会における「空気」の暴走を象徴する出来事です。本書のフレームワークを使えば、炎上が起きるプロセスを驚くほど明確に理解できます。
ある著名人が少し物議を醸す発言をしたとします。すると瞬く間に「この人物は道徳的に破綻している」という前提が形成され、それが集団的な怒りによって増幅されます。この段階で「感情移入」が起こり、個人の感情が客観的な事実であるかのように錯覚されるのです。
さらに恐ろしいのは「絶対化」のプロセスです。本来は「特定の文脈では不適切な発言だった」という限定的な評価が、「この人物のすべてが悪である」という絶対的な断罪へと変質します。そして、この著名人を擁護したり多角的な視点を求めたりする者は、「空気が読めない」として新たな攻撃対象となってしまいます。
これは単なる偶発的な怒りの爆発ではなく、予測可能な社会的パターンなのです。管理職として部下のSNS利用を指導する際にも、この知識は非常に役立つでしょう。炎上を個人の問題として片付けるのではなく、構造的な問題として理解することで、より効果的な対策が可能になります。
職場のパワハラも「空気」が生み出す
パワハラ問題も、同じ「空気」の病理として理解できます。ある部署で「厳しく指導することが部下の成長につながる」という空気が形成されると、それは次第にエスカレートしていきます。最初は厳しい叱責だったものが、人格否定や理不尽な要求へと発展してしまうのです。
この過程では「臨在感」が重要な役割を果たします。権力を持つ上司や、長年その組織にいる古参社員の言動には、特別な権威が与えられます。その権威ある人物が示した「厳しさ」という価値観が、論理を超えた神聖なものとして扱われるようになるのです。
そして「ムラ社会」の論理が作動します。その部署内では「厳しさこそが正義」という情況倫理が支配的になり、外部の普遍的な倫理基準は無視されます。部署の利益や調和を守ることが最優先となり、不都合な真実は「父と子の隠し合い」メカニズムによって隠蔽されていくのです。
あなたの部署では、どのような「空気」が支配的でしょうか。それは本当に健全なものでしょうか。本書の分析ツールを使えば、自分の職場環境を客観的に診断することができます。
学校でのいじめと企業不祥事の共通点
学校でのいじめ問題も、企業の不祥事隠蔽も、根底にあるメカニズムは同じです。集団内で「この生徒は敵である」あるいは「問題を外に出してはならない」という空気が形成されると、それに反する行動は極めて困難になります。
いじめの場合、加害者だけでなく傍観者も「空気」に支配されています。「いじめを止めるべきだ」という正論は誰もが理解していても、その空気に逆らうことで自分が次の標的になるリスクを避けるため、誰も行動しません。これは組織内部告発者が冷遇される構造と全く同じです。
企業不祥事では、問題を認識している社員がいても、「会社の評判を守る」という空気が支配的になり、隠蔽へと向かいます。個々の社員は必ずしも悪意を持っているわけではなく、むしろ「会社のため」という善意で行動しているのです。これが本書で指摘される「善vs善」の対立構造です。
管理職として重要なのは、こうした構造を理解した上で、健全な異論が言える職場環境を意識的に作り出すことです。それは単なる理想論ではなく、組織の長期的な健全性を保つための実践的な戦略なのです。
問題の根源は日本特有の「ムラ社会」構造
これらすべての問題に共通する文化的土壌が「ムラ社会」です。ムラ社会では、普遍的な原理原則よりも集団の調和と内部論理が最優先されます。善悪の基準も、普遍的な倫理ではなく「そのムラにとって利益になるか」で決まる情況倫理が支配的です。
企業であれば会社が、部署であれば部署が、それぞれ独自の「ムラ」を形成します。そしてそれぞれのムラが独自の善悪基準を持つため、部署間の対立が生まれます。営業部門は「売上こそ正義」、管理部門は「コンプライアンスこそ正義」と、それぞれが自分たちの正しさを信じて対立するのです。
忖度もこのシステムの必然的な産物です。部下は上司の意向を、社員は経営層の意向を先読みして行動します。明確な指示がなくても、「空気を読んで」行動することが求められるのです。これは一見効率的に見えますが、暴走のリスクを常に孕んでいます。
IT企業の中間管理職として、あなたも日々この「ムラ社会」の力学の中で仕事をしているはずです。本書を読むことで、その見えない力を可視化し、より健全な組織運営への道筋が見えてくるでしょう。
多様な社会問題を貫く一本の糸
本書の優れている点は、一見バラバラに見える社会問題が、実は一本の糸でつながっていることを示してくれる点です。政治の停滞、大学のガバナンス問題、SNSでの集団攻撃、企業の不正会計、学校でのいじめ、これらすべてに「空気」という共通の病理が働いています。
この理解は、単なる知的好奇心を満たすだけでなく、実践的な価値があります。一つの問題への対処法が、他の問題にも応用できるからです。例えばネット炎上を防ぐための思考法は、職場での同調圧力に対抗するためにも使えます。
また、この視点を持つことで、ニュースで報じられる様々な事件の本質を見抜く力が養われます。表面的な事実だけでなく、その背後にある構造的な問題を理解できるようになるのです。これは管理職として組織を俯瞰する視点を養う上でも極めて有益です。
日本型組織の病理を理解することは、その中で生き抜き、時には改革していくための必須の知識です。本書はそのための最良のガイドとなるでしょう。

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