会議で正論を言ったのに、なぜかシラけた雰囲気になってしまった。部下に論理的に説明しても、なぜか提案が通らない。そんな経験、ありませんか?実はその背後には、日本の組織を静かに支配する見えない力が働いています。鈴木博毅著の書籍は、山本七平氏の名著を現代の読者にも分かりやすく再構築したものです。本書が明らかにするのは、職場で息苦しさを感じる本当の理由、そして論理が通用しない組織の仕組みです。
あなたの職場を支配する見えない前提
日本の組織を動かしているのは、合理的な判断ではなく感情的な雰囲気だと本書は指摘します。この見えない力を理解できれば、なぜ自分の提案が却下されるのか、なぜ会議で発言しづらいのかが見えてきます。
本書が提示する核心的な概念は、空気が単なる雰囲気ではなく絶対的で交渉不可能な前提として機能する点にあります。この前提は集団内で許容される思考や議論の範囲を厳密に規定するのです。
一度この前提が確立されると、いかに合理的なデータや議論であっても、その前提に反するものは無条件に排除されます。集団は、あらかじめ設定された雰囲気に合致する結論しか受け入れなくなります。これが、日本の会議において論理的な説得がしばしば機能しない理由を説明しています。
具体例として、本書は旧日本海軍の戦艦大和の最後の特攻出撃を挙げています。この作戦決定の背後には、特攻こそが残された唯一の名誉ある道であるという前提が存在しました。この雰囲気が支配する場では、作戦の軍事的な無意味さや非合理性を論じることは不可能だったのです。意思決定は戦略的合理性ではなく、情緒的で非合理的な雰囲気に従う形で行われました。
なぜ論理が感情に負けてしまうのか
あなたが職場でデータに基づいた提案をしても、なぜか感情的な反応で却下される。その理由は、組織を支配する心理的メカニズムにあります。本書は、単なる前提がなぜそれほど強大な力を持つのか、その心理的エンジンを解明しています。
神聖な権威が宿るとき
物質や思想の背後に何か特別で神聖なものを感じ取る知覚様式が働きます。多くの場合、恐怖や畏怖、崇敬といった感情から生じ、論理を超えた権威を前提に与えます。たとえば、会社への忠誠という前提が神聖な義務であるかのような雰囲気を帯びることがあります。
集団内において共有された感情が前提に投影されることで、事実関係とは無関係に、その前提が直感的に正しく善いものであると感じられるようになります。これが、雰囲気が支配する環境において論理よりも感情に訴える方が効果的である理由です。
特定の条件下においては最善の選択肢かもしれないという命題が、唯一の道であるという絶対的な教義へと変換されます。これにより、あらゆる異論や多様な視点は異端として排除され、思考の硬直化が進むのです。
ムラ社会が生む忖度という病
本書は、この見えない力が日本特有のムラ社会という文化的土壌で繁殖すると論じています。ムラ社会の内部では、普遍的で外的な原理原則よりも集団の調和と内部論理が最優先されます。
それぞれのムラは独自の善悪の基準を発達させます。善とはそのムラの利益に資するものであり、悪とはそれに反するものです。これは普遍的な原理に基づく西洋的な固定倫理とは対照的です。この構造が、それぞれが自らの信じる善に基づいて行動する二つの集団が衝突する対立構造を生み出す原因となります。
忖度はこうして生まれる
忖度はこのシステムの必然的な帰結です。個人はムラの意向を先読みし、明確な指示がなくとも自発的に行動します。さらに、ムラにとって不都合な真実は、関係者全員が暗黙の了解のうちに無視することで共同体の安定を維持しようとします。
見えない圧力から脱出する実践的方法
本書は診断に留まらず、この見えない力に抵抗するための処方箋を提示します。提示される4つの方法は、単なる小手先のテクニックではなく、呪縛を解くために必要とされる根本的な思考の転換を示します。
隠れた前提を暴く質問術
いかなる言説の背後にも存在する隠れた前提を批判的に検証する行為が重要です。本当にその現状なのか、それが真実だとしても他の選択肢はないのかと問うことで、絶対的な力を剥奪することができます。ダム建設の例では、水不足という前提とダムが唯一の解決策という前提の両方に疑問を投げかけることの重要性が示されています。
この見えない力は外部の視点が遮断された閉鎖的なシステムの内部でのみ機能します。これに対する解毒剤は外部の視点を導入すること、あるいは個人がそのシステムから退出可能であると認識することです。
第三者の目で見る勇気
そのムラに全く利害関係のない第三者の視点を採用することを意味します。この問題について何のしがらみもない部外者ならどう考えるだろうかと自問することで、感情的で歴史的な呪縛から自らを解放することができます。
譲れない原則を持つ強さ
これは最も強力かつ困難な方法です。ムラの状況倫理を超越する中核的で不可侵な原理に訴えることによって、見えない力に立ち向かいます。企業であればそれは創業の理念や中核的な倫理規定でありえます。この根本主義は異論を唱える者に支配的な雰囲気に挑戦するための正当性と権威を与えます。
日本型組織で生き抜くための知恵
本書が提供する価値は、企業不祥事からネット炎上までを貫く現代日本の病理の統一理論にあります。企業による隠蔽工作、学校でのいじめ文化、ネット上の炎上といった一見無関係に見える多様な社会問題の背後に、すべて同じ根本的なメカニズムが働いていることを示します。
いずれのケースでも、集団は単純で感情的な前提を確立し、それに反するすべての異論を暴力的に抑圧します。本書は、これを単なる偶発的な怒りの爆発ではなく予測可能な社会的パターンとして理解するための分析ツールを提供しています。
本書は集団の非合理性について厳しい現実を描き出しますが、最終的には個人に対する力強い行動喚起の書でもあります。見えない力は無敵の怪物ではなく、分析し抵抗し破壊することが可能であると主張します。本書が提示する4つの対抗策は、感情的な圧力に支配された状況に理性と原則を注入することで真のリーダーシップを発揮したいと願うすべての人に具体的で段階的な方法論を提供しています。

コメント