料理で繰り広げられる心理戦!高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』が描く_食_の真実

みなさんは、「手料理を作ってもらう」という行為に、どのような印象をお持ちでしょうか。愛情表現?おもてなしの心?

しかし、芥川賞受賞作品『おいしいごはんが食べられますように』を読むと、その常識が根底から覆されます。この小説では、食べることや料理することが、愛情ではなく支配の道具として描かれているのです。

本記事では、高瀬隼子氏が描く「食」をめぐる心理戦の巧妙さと、現代社会に潜む人間関係の歪みについて深く掘り下げます。きっとあなたも、普段何気なく交わされる「食」のやり取りに、新たな視点を見つけることでしょう。

おいしいごはんが食べられますように (講談社文庫)
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第1章 手作りお菓子に隠された「見えない圧力」

物語の中心人物の一人である芦川は、職場に手作りのお菓子を持参し、恋人の二谷には「おいしいごはん」を作って振る舞います。一見すると、これは愛情深い女性の優しさの表れに見えます。

ところが、高瀬隼子氏はこの料理行為を全く異なる角度から描写しています。

芦川の料理は「慰めや喜びの源泉ではなく、心理的な対立の媒体」として機能しているのです。彼女が丹念に作り上げる料理やお菓子は、実は感謝と彼女の価値観の受容を要求する、一種の感情的な強制なのです。

これは現代社会でも頻繁に見られる現象です。「せっかく作ったのに」「時間をかけて準備したのに」という言葉の裏に隠された、相手への期待や要求。料理を受け取る側は、その「善意」を拒絶することの困難さを感じ取り、結果として相手の思惑通りに行動せざるを得なくなります。

第2章 インスタント食品が象徴する「自由への渇望」

一方、語り手である二谷は全く対照的な食生活を送っています。彼が好むのはインスタントラーメンやコンビニ弁当。芦川が自室から帰った後にカップ麺を食べる行為は、一種の「禊(みそぎ)」として描かれているのです。

この対比は実に鮮やかです。

・芦川の手料理 → 感情的な束縛を伴う「重い」食事
・二谷のインスタント食品 → 自由で軽やかな「解放」

二谷のインスタント食品への嗜好は、単なる手抜きや無関心ではありません。それは共有された食事という社会契約からの自由を象徴しているのです。

インスタント食品は効率的で、孤独で、感情的な重荷を伴いません。感謝の表明も、喜びの演技も必要としません。二谷がそれを食べる行為は、芦川との間で強いられる不誠実な演技から自らを浄化するための儀式なのです。

第3章 「丁寧な暮らし」という名の価値観の押し付け

芦川が体現する「丁寧な暮らし」という価値観も、この小説では批判的に描かれています。

手作りの料理、心を込めたお菓子作り。これらの行為は表面的には美しく見えますが、その裏に潜む「こうあるべき」という価値観の一方的な押し付けが問題なのです。

二谷はこの押し付けを「押しつけがましい」と感じ、息苦しさを覚えます。芦川のケーキが「もったり、甘ったるい、ニチャニチャ」と表現されるのは、味覚の問題ではありません。この強制された親密さに対する二谷の心理的な嫌悪感の表れなのです。

現代社会でも、SNSで「丁寧な暮らし」を発信する人々の投稿に、同様の息苦しさを感じる人は少なくないでしょう。その美しさの裏に隠された「あなたもこうあるべき」というメッセージが、無意識のうちに受け手にプレッシャーを与えているのです。

第4章 食べることの本質とは何か

この小説が提示する最も重要な問いは、「食べることの本質とは何か」ということです。

従来、食事は人と人をつなぐ温かい行為として捉えられてきました。しかし、高瀬隼子氏は「食」が支配と被支配の関係を生み出すツールでもあることを鋭く指摘しています。

・料理を作る側 → 相手に恩を売り、感謝を要求する立場
・料理を受け取る側 → 断りにくく、相手の期待に応えなければならない立場

このような非対称な関係が、一見美しい「食事の分かち合い」の背後に存在しているのです。

タイトル「おいしいごはんが食べられますように」は、まさに痛烈な皮肉となっています。登場人物たちは、彼らの人間関係の中に真の「栄養」を見出すことができない絶望的な状況に置かれているのです。

第5章 現代人が抱える「食」への複雑な感情

この小説を読むと、私たち現代人が「食」に対して抱く複雑な感情が浮き彫りになります。

効率性を求める現代社会では、食事も最適化の対象となっています。時間をかけずに必要な栄養を摂取できればそれで十分、という考え方も一つの合理的な選択です。

しかし、そのような価値観は「手料理への憧れ」や「丁寧な食生活への理想」と対立します。この対立こそが、二谷と芦川の関係に投影されているのです。

高瀬隼子氏は、どちらが正しいかを判断するのではなく、この対立が生み出す息苦しさと緊張感を丁寧に描写しています。それによって、読者は自分自身の「食」に対する価値観を再考することになるのです。

まとめ 「食」から見える人間関係の真実

『おいしいごはんが食べられますように』は、「食」を通じて現代人の人間関係の歪みを鋭く描いた傑作です。

料理をすること、分け合うこと、そして食べるという日常的な行為が、実は支配と親密さをめぐる複雑な心理戦の舞台となっている。この視点は、私たちの日常生活に新たな気づきをもたらします。

手作りの料理に込められた「見えない期待」、インスタント食品が象徴する「自由への渇望」。これらの対立を理解することで、より健全で対等な人間関係を築くヒントが見えてくるのではないでしょうか。

ぜひ本書を手に取って、「食」をめぐる心理戦の巧妙さと、そこに映し出される現代社会の本質を体験してみてください。きっと、普段の食事に対する見方が変わることでしょう。

おいしいごはんが食べられますように (講談社文庫)
芥川賞受賞作&30万部のベストセラー世界各地で翻訳続々!最高に不穏な仕事×食べもの×恋愛小説!解説:一穂ミチ「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」真面目で損する押尾は、か弱くて守られる存在の同僚・芦川が苦手。食に全く興味...

NR書評猫181 高瀬 隼子著[おいしいごはんが食べられますように」

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