現代人が陥る「脳化社会」の罠 ~なぜ私たちは身体を忘れ、生きづらさを感じるのか~

あなたは最近、こんな感覚を覚えたことはありませんか?

頭では理解しているつもりなのに、なぜかうまくいかない。SNSで情報を集めて「知った気」になっているのに、実際の場面では全く活かせない。勉強や仕事で知識を蓄えているはずなのに、なぜか充実感がなく、むしろ疲労感ばかりが募る。

もしそうであれば、あなたは現代社会特有の「脳化社会」という病理に巻き込まれているかもしれません。

解剖学者・養老孟司氏の名著『バカの壁』は、この現代人が抱える根深い問題を、脳科学の視点から鋭く解剖しています。本書を読むことで、なぜ現代社会で生きることがこれほど困難なのか、その構造的な原因が明らかになり、より豊かで自然な生き方へのヒントを得ることができるでしょう。

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現代社会の根深い病理「脳化社会」とは何か

養老氏が『バカの壁』で最も警鐘を鳴らすのが、現代社会の「脳化社会」化です。これは、人間が身体感覚や無意識から切り離され、意識と情報の世界に過度に依存するようになった状態を指します。

私たちの日常を振り返ってみてください。朝起きてスマートフォンでニュースをチェックし、通勤中もSNSを見続け、仕事中はパソコンに向かい合い、帰宅後もテレビやインターネットで情報を摂取する。こうした生活では、実際に身体を動かし、五感を使って体験することが極端に少なくなっています

養老氏は、この状態を「情報の入力ばかりで、身体を使った出力がない」状態と表現しています。まるで頭でっかちの状態で、知識は蓄積されるものの、それを実際に活用する身体的な経験が伴わないのです。

脳化社会の最も大きな問題は、意識がすべてをコントロールできると錯覚してしまうことです。しかし実際には、食事、睡眠、身体の衰えといった制御不能な身体の側面は厳然として存在し、これらを無視することで様々な矛盾が生じます。

「情報」と「身体」の決定的な違いが生む現代の混乱

養老氏が指摘する重要な洞察の一つに、「情報は不変だが、身体は常に変化する」という対立軸があります。

情報の世界では、昨日検索した内容も今日検索した内容も基本的に同じです。デジタルデータは劣化しませんし、保存された知識は変わりません。ところが、私たちの身体は日々刻々と変化しています。細胞は生まれ変わり、体調は変動し、年齢とともに機能も変わっていきます。

現代人の大きな誤りは、この不変である情報の法則を、変化する身体にも適用しようとすることです。「昨日の私と今日の私は同じ」という不変の情報として自分を固定化しようとするのです。

しかし、これは自然の摂理に反する行為です。人間は本来、万物流転の中で常に変化している存在なのに、情報処理のように固定的に自分を捉えようとするから、現実との間に矛盾が生じ、精神的なストレスの源となるのです。

「マニュアル人間」が増加する背景にある深刻な問題

現代社会では、組織や共同体から「共通了解」を徹底的に求められる一方で、「個性を発揮しろ」という矛盾した要求が突きつけられています。この結果として生み出されるのが、「マニュアル人間」という存在です。

マニュアル人間とは、本質的な自己の個性を隠し、「求められる個性」だけを器用に演じ分ける人々のことです。彼らは社会が求める画一的な「情報としての個性」を身につけ、状況に応じてそれを使い分けます。

この現象の根本にあるのも、脳化社会の病理です。社会が「個性の尊重」を唱えながら、実際には情報として管理しやすい「個性」しか求めていないという欺瞞があります。真の個性とは、身体的な体験や感覚から自然に生まれるものなのに、それを情報として定型化し、マニュアル化しようとするから矛盾が生じるのです。

現代の多くの人が感じる「自分らしさがわからない」という悩みも、この構造から生まれています。身体を通じた自然な体験ではなく、頭で考えた「個性」を追求しようとするから、かえって自分を見失ってしまうのです。

身体性を取り戻すための具体的なアプローチ

では、この脳化社会の罠から抜け出すためには、どうすればよいのでしょうか。養老氏は、意識的に自然や身体性に触れることの重要性を繰り返し強調しています。

まず大切なのは、「知識の入力」だけでなく「身体を使った出力」を増やすことです。例えば、料理、掃除、運動、散歩、手作業など、実際に身体を動かし、五感を使う活動を意識的に生活に取り入れることです。

また、「わかったつもり」になることをやめることも重要です。情報を頭に入れただけで理解した気になるのではなく、実際に体験し、試行錯誤を通じて身体で覚えることが大切です。

養老氏は「知るということは、自分がガラッと変わること」と述べています。これは、知識の蓄積が目的ではなく、自己の変容を伴う体験的な学びこそが重要だということを意味しています。

さらに、固定的な自己同一性への執着を手放すことも必要です。「私はこういう人間だ」という固定観念にとらわれず、常に変化し続ける自然な存在として自分を受け入れることで、精神的な負担が大幅に軽減されます。

現代社会における身体性回復の実践的意味

脳化社会からの脱却は、個人の幸福にとどまらず、社会全体の健全性にも関わる重要な課題です。

SNSやデジタル技術が発達した現代だからこそ、意識的に身体性を取り戻す必要があります。スマートフォンの前には確かに生身の身体がありますが、その感覚を察知してくれる相手の身体や感覚がない状態でのコミュニケーションは、本質的な理解を妨げます。

仕事においても、データや情報だけに頼るのではなく、現場感覚や身体的な直感を大切にすることが重要です。特に管理職の方であれば、部下との関係においても、マニュアル的な対応ではなく、相手の身体的な状況や感情を感じ取る力を養うことが求められるでしょう。

また、子育てや教育においても、知識の詰め込みだけでなく、身体を使った体験や自然との触れ合いを重視することが大切です。これは、次世代が脳化社会の病理に陥ることを防ぐ重要な取り組みでもあります。

結び:バランスの取れた生き方への道筋

養老孟司氏の『バカの壁』が示すのは、現代社会の「脳化」という病理と、それに対する根本的な処方箋です。意識と身体、情報と体験、不変と変化のバランスを取り戻すことが、現代人にとって最も重要な課題なのです。

情報化社会の利便性を享受しながらも、私たちは本来の人間らしさを失わないように注意深く生きていく必要があります。それは、頭で理解するだけでなく、身体で感じ、体験を通じて学び、常に変化し続ける自分を受け入れる生き方です。

本書は、そうしたバランスの取れた豊かな生き方への具体的な道筋を示してくれる、現代人必読の一冊といえるでしょう。

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NR書評猫583 養老孟司 バカの壁

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