「効率化」「生産性向上」「コスト削減」。現代のビジネスシーンで当たり前のように語られるこれらのキーワード。しかし、あなたは気づいていますか?効率を追求すればするほど、なぜかチームの雰囲気が悪くなり、部下との関係がぎくしゃくし、自分自身も孤立感を深めていることに。
実は、この現象には科学的な根拠があります。矢野和男氏の革新的な著書「トリニティ組織:人が幸せになり、生産性が上がる『三角形の法則』」では、21年間で1兆件という膨大なデータの解析から、現代のビジネスが抱える根本的な問題を明らかにしています。
特に、IT企業で中間管理職として働くあなたのような立場の方にとって、この本の洞察は目からウロコの連続でしょう。なぜプロジェクトマネジメントの手法が逆に孤立を生むのか、なぜ効率的な組織図が社員の不幸につながるのか、そしてどうすれば幸福と生産性を同時に実現できるのか。本記事を読み終わる頃には、あなたの組織運営に対する考え方が根本から変わっているはずです。
現代組織が陥る「効率の罠」とは何か
矢野氏は、現代の経営手法そのものが孤立感を生む構造的問題を抱えていると指摘します。その中核にあるのが、私たちが疑うことなく受け入れてきた「ロジカル・シンキング」の過剰な適用です。
複雑な業務を管理可能な単位に分割するというアプローチは、一見理にかなっています。プロジェクト管理におけるWBS(Work Breakdown Structure)、階層的な組織図、部門間のサイロ化。これらはすべて、効率性を追求する論理的思考の産物です。
しかし、この分割が意図せずして人間関係を分断しているのです。マネージャーが各担当者に指示を出し、担当者同士の横のつながりは軽視される。結果として、コミュニケーションは上司を頂点とした「V字」型に固定化されてしまいます。
V字型コミュニケーションの弊害
この「V字型」とは、あなた(マネージャー)が部下のAさん、Bさんとそれぞれ話すものの、AさんとBさんの間には直接の会話がない関係性を指します。IT企業でよく見られる光景ですが、実はこの構造こそが、組織の健全性を蝕む元凶だったのです。
データ分析の結果、V字型の関係が多い職場では、従業員のストレスや孤立感が有意に増大することが明らかになっています。興味深いことに、コミュニケーションの総量やつながりの数そのものは、孤立感の軽減と関係がないのです。問題は量ではなく、関係性の「形」にあったのです。
「不要な」会議削減が生む予期せぬ副作用
「効率化のために不要な会議を削減しよう」「必要な情報のみを共有しよう」「集中して作業できる環境を整えよう」。これらは一見、合理的で正しい判断に思えます。
しかし、矢野氏の研究によると、こうした「最適化」こそがV字型関係を積極的に生み出すプロセスなのです。短期的には効率的に見えるかもしれませんが、組織の関係資本を系統的に破壊し、結果としてバーンアウト、信頼の欠如、組織全体の脆弱性を招いてしまいます。
例えば、あなたの会社で「すべてのコミュニケーションはプロジェクトマネージャー経由で行う」という厳格な管理プロトコルが導入されたとします。これは典型的なV字構造です。当初はプロジェクトの進行速度が向上するかもしれません。
しかし、半年後にはどうなっているでしょうか?異なる機能を持つチームメンバーは互いを知らず、部門間の些細な問題を上申なしに解決できなくなります。アイデアが交差する非公式な場が存在しないため、イノベーションは停滞します。短期的な「効率性」が、長期的には硬直的でサイロ化したシステムを生み出してしまうのです。
「知る必要がある」ベースの情報共有の限界
多くの企業で採用されている「need to know」(知る必要がある)ベースの情報共有も、実は問題の一部です。この考え方は、情報を必要最小限に絞ることで効率を高めようとしますが、結果として従業員の視野を狭くし、自分の仕事の位置づけを見失わせる原因となります。
これが生み出すのは、単なる情報不足ではありません。組織への帰属意識の低下と、深刻な孤立感です。自分の仕事が全体のどの部分に貢献しているのかわからない状態では、やりがいを感じることは困難です。
プロジェクト管理ツールが生む意外な盲点
IT業界で広く使われているプロジェクト管理ツールやタスク管理システム。これらは確かに業務の可視化と効率化に貢献しています。しかし、ツールに頼りすぎることで、人と人との有機的なつながりが軽視される危険性があります。
矢野氏は、組織の健全性を決定づけるのは「ネットワークの密度ではなく、そのトポロジー(位相幾何学的な構造)」だと指摘しています。つまり、どれだけ多くの人とつながっているかではなく、どのような形でつながっているかが重要なのです。
デジタルツールでタスクを振り分け、進捗を管理することは効率的ですが、それだけではV字型の関係から抜け出すことはできません。むしろ、システムを介した一方向的なコミュニケーションが、V字構造を固定化させる可能性もあります。
リモートワークが加速させる構造的問題
コロナ禍以降、多くの企業でリモートワークが普及しました。これにより、通勤時間の削減や集中できる環境の確保など、多くのメリットが得られています。
しかし、リモートワークは図らずもV字型コミュニケーションを加速させる要因ともなっています。上司との定期的な1on1ミーティングは設定されても、同僚同士の何気ない雑談の機会は大幅に減少しました。
矢野氏の研究では、「必ずしも必要ではない関わり」こそが、関係性のインフラを構築する上で不可欠だと明らかになっています。コーヒーブレイクでの何気ない会話、廊下での立ち話、ランチタイムの雑談。これらが実は、組織の健全性を支える重要な要素だったのです。
中間管理職が直面する「板挟み」の正体
あなたのような中間管理職が感じる「板挟み」も、実はV字構造の典型的な症状です。上司からの指示と現場の実情の間で調整に追われ、エネルギーを消耗していませんか?
矢野氏のデータ分析によると、V字の中心に位置する人は特に大きな心理的負荷を受けることが判明しています。利害が異なる複数の人々の要求に応えようとすると、どちらかを選択し、その過程で調整にエネルギーを割く必要があります。時には負の感情を抱くことも避けられません。
これは単なる職階の問題ではなく、関係性の構造そのものに起因する構造的な問題なのです。どれほど優秀なマネージャーであっても、V字構造の中では疲弊することを避けられません。
「効率的な」組織図の落とし穴
多くの企業の組織図は、上から下への指揮命令系統を明確にした階層構造になっています。これは責任の所在を明確にし、意思決定を迅速化する上で重要です。
しかし、この論理的分割により、組織図のつながりはすべてV字型で構成されることになります。トップから平社員まで、あらゆるレベルでV字関係が再生産され続けるのです。
結果として、分割は人の視野を狭くし、自分の仕事の範囲だけを見ることになります。周りが見えなくなり、自分の仕事の位置づけがわからなくなる。これが組織全体に蔓延する孤立感の根源です。
データが示す「効率性のパラドックス」
矢野氏の21年間にわたる研究で最も衝撃的な発見の一つが、効率性の追求が実際には組織全体の生産性を低下させるという「効率性のパラドックス」です。
1兆件のデータ解析から明らかになったのは、一見非効率に見える「三角形」の関係性を多く持つ組織の方が、実際には高い生産性を実現しているという事実です。三角形とは、あなたとAさん、あなたとBさん、そしてAさんとBさんの間にもつながりが存在する関係です。
「到達度」の向上が生む相乗効果
なぜ三角形の関係が生産性向上につながるのでしょうか?矢野氏はその理由を「到達度」の向上に見出しています。
現代の複雑な業務では、一人の知識や能力だけでは対応しきれない課題が数多く存在します。三角形の関係性があることで、必要な情報や支援により迅速にアクセスできるようになります。問題解決のためのリソースへの「到達度」が飛躍的に向上するのです。
例えば、あなたがプロジェクトで困難に直面した際、V字関係では上司にエスカレーションするしか選択肢がありません。しかし、三角形の関係があれば、同僚同士が直接相談し合い、より迅速で適切な解決策を見つけることができます。
信頼関係の質的変化
さらに重要なのは、三角形の関係が生み出す信頼の質的変化です。V字関係では「用事だけのつながり」になりがちですが、三角形では「仲間同士の関係」が生まれます。
この違いは、単なる業務上の効率性を超えた効果をもたらします。信頼に基づいた関係では、複雑で暗黙知的な情報の共有が可能になります。マニュアル化できない経験や勘、創発的なアイデアなど、真の競争優位の源泉となる知識が組織内を自由に流れるようになるのです。
今日から始められる「三角形」の作り方
では、具体的にどうすれば効率性のパラドックスから抜け出し、真に生産性の高い組織を作ることができるのでしょうか?矢野氏が提案する「トリニティ・シンキング」は、従来のロジカル・シンキングとは正反対の3つの視点から構成されています。
1. 自らの損得だけからものを見ない
プロジェクトの成功を、自分の部署の成果だけで測るのではなく、「共利」(相互利益)の観点を持つことです。他部署の成功も自分の成功として捉えることで、自然と協力的な関係が生まれます。
具体的には、定期的に他部署のメンバーとの情報交換会を設けたり、プロジェクトの成果指標に他部署への貢献度を含めたりする取り組みが考えられます。
2. 境界線を柔軟に捉える
「自分と他者」「担当範囲と担当外」「社内と社外」などの区別にこだわらず、越境的な協力を奨励することです。
これは決して責任の所在を曖昧にするということではありません。むしろ、明確な責任範囲を持ちながらも、必要に応じて境界を超えてサポートし合える関係性を構築することです。
3. 「非効率」な関わりを歓迎する
雑談や一見業務と関係のないコミュニケーションを、関係性のインフラとして積極的に評価することです。
「時間の無駄」と切り捨てがちなこれらの活動こそが、実は組織の健全性と創造性を支えています。リモートワーク環境でも、オンラインコーヒーブレイクやバーチャル飲み会などを通じて、こうした機会を意識的に創出することが重要です。
効率を追求すればするほど孤立が深まる。これは現代の働き方が抱える最大のパラドックスです。しかし、矢野和男氏の「トリニティ組織」が示すように、真の生産性は人と人とのつながりの質にこそあるのです。あなたも今日から、効率だけでなく関係性の質にも目を向けた組織運営を始めてみませんか?きっと、想像以上の成果と働きがいを手にすることができるはずです。
#NR書評猫736 矢野 和男著「トリニティ組織」


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