近年、日本では「令和のコメ騒動」と呼ばれるほどの米価格高騰が続いています。興味深いことに、この現象は人口減少と米収穫量増加という一見矛盾する状況下で発生しており、多くの専門家や消費者が困惑しています。本記事では、統計データと専門家の分析を基に、この複雑な問題の真相に迫ります。
米生産量は増加、人口は減少しているのに価格高騰
生産量と人口の動向から見える矛盾
2024年の米収穫量について、農林水産省は前年比2.7%増の679万2000トンと発表しました。この増加は2018年産以来6年ぶりのことで、特に秋田県や青森県、茨城県などの東日本主産地で増産が目立ちました。一方、人口動向を見ると、2024年の日本の総人口は1億2380万2000人で、前年より55万人(0.44%)減少しています。
このデータから理論的には、供給が増加し需要が減少する状況が生まれており、米価格は下落するはずです。しかし現実には、全国のスーパーでの米の平均価格は5キロあたり4000円を超える水準まで上昇し、前年同期の約2倍という異常事態となっています。
「消えた米」問題の実態
この矛盾を説明する重要な要因の一つが、いわゆる「消えた米」問題です。2024年産の主食用米は収穫量が増加したにも関わらず、集荷量は前年より21万トンも少なくなっています。米流通評論家の常本泰志氏は、「卸業者のなかには、年間契約ではなく、安いコメを狙ってスポット取り引きをする業者がいます」と指摘し、業者間の投機的な取引が価格上昇の一因となっていると分析しています。
政府の輸出促進政策がもたらす国内市場への影響
米輸出拡大目標と補助金制度
政府は2030年までに米の輸出量を現在の8倍近い35万トンまで拡大する目標を設定しました。2024年の米輸出量は前年比21%増の4万5000トンで、輸出額は120億円に達しています。この輸出促進を支える重要な政策が、「新規市場開拓米」への補助金制度です。
政府は輸出用米を生産する農家に対し、10アールあたり4万円の補助金を支給しています。この補助金は、平均的な反収を540kgと仮定すると、玄米60kg(1俵)あたり4444円、1kgあたり74円のサポートに相当します。この手厚い支援により、多くの農家が主食用米から輸出用米への転換を進めています。
輸出政策の背景と課題
農林水産省は、国内の米需要が毎年約10万トンずつ減少していることを背景に、新たな海外需要の開拓を図る意図があると説明しています。しかし、東京大学大学院の鈴木宣弘特任教授は、「輸出のコストがかかるので、価格が高くなる」「世界の主流は長粒種(インディカ米)。日本の短粒種はマーケットが狭い」と指摘し、大幅な輸出拡大の現実性に疑問を呈しています。
三菱総合研究所の稲垣公雄氏も、「コメは国際相場で1トン約10万〜15万円だが、日本産米は今回の高騰前でも20万円以上、現状は40万円であり、穀物として売り出していくうえでは価格競争力はない」と厳しい現実を指摘しています。
減反政策の継続と市場構造の歪み
「事実上の減反政策」の継続
2018年に減反政策が廃止されたとされていますが、実際には形を変えた生産調整が継続されています。現在も農水省は翌年産米の"適正生産量"を決定・公表し、これに基づいて都道府県、市町村段階で農業再生協議会が生産指導を行っています。
元日銀副総裁は「米価高騰の根本的原因は減反政策です」と明言し、「米価が天候による供給量の減少やインバウンドによる需要の増加程度で高騰するのは、コメが日本人の主食であるため」と分析しています。実際、主食米に対する需要は価格が上昇しても大きく減少しないため、わずかな供給調整でも大幅な価格変動が生じるのです。
農政への不信と市場の混乱
宮城大学名誉教授の大泉一貫氏は、「農水省は実質的に生産調整を続け、米価を維持するために需給を非常にタイトに管理してきました」と指摘し、「農水省の発表する数字は信用できないという農政不信が背景にあり、ビジネスをしている人たちが独自にコメを集めているのでしょう」と分析しています。
この農政不信は、作況指数の信頼性にも及んでいます。農水省は2024年産の作況指数を「平年並み」の101としていますが、専門家からは「気候変動や虫害などにより、生産量と流通量との間にギャップが生じている可能性もある」との指摘が出ています。
市場の構造変化と流通業界の動向
流通段階での価格形成メカニズム
現在のコメ価格高騰を理解するには、流通段階での価格形成メカニズムを把握することが重要です。JAが卸売業者に販売する相対取引価格は現在2万4000円台(60kg)ですが、スポット取り引きの相場は4万〜5万円程度まで上昇しています。
東京大学大学院の安藤光義教授は、「スーパーなどにコメを販売する卸売業者は、備蓄米以外のコメを去年の秋から高い価格で買い取っているため、簡単に価格を下げることはできない」と説明し、一度上昇した価格が下がりにくい構造的要因を指摘しています。
業務用需要の変化と集中化
コメの需要構造も変化しています。業務用確保の必要性から需要が大衆ブランドに集中し、特定銘柄への需要集中が価格上昇を加速させています。また、インバウンド需要の回復や外食産業の活況も、業務用米の需要増加に寄与しています。
日本米穀商連合会の相川英一氏は、「価格が高騰しているので、これまで3000万円で仕入れていたのが、いまは同じ量でも倍の金額が必要」と述べ、小売事業者の厳しい状況を明らかにしています。
国際情勢と食料安全保障の観点
輸出拡大の真の目的
政府の米輸出拡大政策には、表向きの理由以外にも複雑な背景があると指摘されています。江藤農水大臣は「輸出向けに作っていても、いつでも、コメだから国内向けにも振り向けられる」と述べ、供給力強化による食料安全保障の確保を挙げています。
しかし、専門家からは「すでに海外で契約されている場合や、緊急事態(自然災害など)で物流が滞った場合を考えると、現実には簡単ではない」との指摘もあり、この政策の実効性に疑問が呈されています。
通商政策としての懸念
キヤノングローバル戦略研究所の分析では、現在の米輸出促進政策について、「諸外国特にアメリカから通商政策上の報復措置を招き、自動車など我が国の輸出産業に甚大な被害を及ぼしかねない」との警告を発しています。輸出米の補助金がWTO協定の輸出補助金に該当する可能性があり、国際的な通商摩擦のリスクも指摘されています。
今後の展望と政策課題
価格安定化への取り組み
政府は価格安定化のため、2025年2月から備蓄米21万トンの放出を開始しました。落札価格は60kg当たり21,217円で、落札率は94.2%となっています。しかし、東京大学の安藤教授は「もう少し早く、去年、各地の農協が概算金を示したくらいの段階で出していれば、多少は価格が変わったかもしれません」と指摘し、タイミングの重要性を強調しています。
構造改革の必要性
根本的な解決には、農業の構造改革が不可欠です。農水省は価格競争力確保のため、現在の為替水準で生産コストを60kg当たり9,500円程度まで下げることを目標としています。これを実現するため、2022年4月に農業経営基盤強化促進法が改正され、農地の集約等を積極的に進めることが義務化されました。
しかし、「日本は地形的に不利だとして海外と競争できる規模にするのは難しい」との専門家の指摘もあり、現実的な政策設計が求められています。
結論:複合的要因による構造的問題への対応が急務
日本の米不足と価格高騰は、単純な需給バランスの問題ではなく、政府の輸出促進政策、継続する生産調整、流通構造の変化、農政への不信など、複数の要因が複雑に絡み合った構造的問題です。人口減少と生産量増加という基本的な需給環境とは裏腹に、政策的な介入と市場の歪みが価格高騰を引き起こしている現状は、日本の農業政策の根本的な見直しの必要性を示しています。
今後は、真の食料安全保障の確保、国際競争力の向上、消費者利益の保護のバランスを取った、より合理的で透明性の高い農業政策の構築が急務となっています。また、長期的な視点に立った構造改革と、市場メカニズムを活用した効率的な資源配分の実現が、持続可能な日本農業の発展には不可欠です。
参考情報
- 農林水産省「令和6年産水稲の収穫量」
令和6年産水陸稲の収穫量:農林水産省 - 日本経済新聞「コメ収穫6年ぶり増 24年3%増679万トン、需給なお逼迫」
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